あたしは誰も殺したくなかった。
殺されたくもなかった。
だから、ひたすらに逃げた。
このゲームから。
この現実から。
月の満ちる夜
目の前には海が広がっている。まるであたしの心をなだめてくれるみたいに、静かにざばんと打ち寄せる波。
あたしは息を吐きながら、そこにうずくまった。苦しくて悲しくて、涙が出てきた。
−どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
どうして、なぜ?思っても無駄なことは分かってる。でもこの理不尽な現実を、あたしはどうしても受け入れることができなかった。
デイバッグに手をかけた時だ、後ろから冷たい手で触れられたのは。
「金井。」
「きゃあっ…」
あたしは思わず、後ろを振り向かずに走りだしていた。聞き覚えのある男の子の声。でもあたしは無視して、逃げだした。今は皆敵に思えた。…たったひとり、好きだった男の子を除いては。
でも、あたしの足では限界があった。手首をつかまれて振り向かされる。少しも息を切らしていない男子―桐山くんの顔が、月の光に照らされてそこにあった。
「あ…」
「金井。俺にはよくわからないんだ。このゲームに乗るべきか、それとも坂持と戦うべきか。…だから、コインで決めようと思う」
まるでテープレコーダーみたいに無機質な声が、あたしの頭の中でこだました。
桐山くんは、あたしの手首をつかんだまま、ぴん!と勢いよくコインを指ではじいた。
それが落ちてくるのを、あたしはぼんやりと見ていた。
「裏だったよ。…俺は、金井を殺す」
桐山くんが相変わらずの感情のこもらない声でそう呟くのを聞いたとたん、あたしは現実に引き戻された。
「いやっ…放してっ…」
でも桐山くんは放してくれなかった。機械みたいに冷たくて頑丈なその手は決してあたしを放してくれなかった。
−ああ、あたし、ここで殺されるのかな。…
生まれて初めて、諦観めいた考えが頭をよぎった。
パパ。ママ。家のハーブ。テニススクールの先生。幸枝たち。
−信史くん。
サヨウナラ。
あたしの首元に冷たいナイフの感触。続いて伝わった鋭い痛み。あたしの意識はそこで途切れた。
おわり
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