Powder Snow -粉雪- あとがき
 
 充と桐山の関係というのは、私が原作を読んだときにもっとも救いになるもので、同時にもっとも悲しいものでした。
 桐山はもっとも近しい存在であったはずの充すら殺してしまった。その行動は桐山の空虚さを象徴しています。

 もしここで、桐山が充を殺した後、何もせずに去っていたら、私は桐山にここまで惹かれなかったと思います。
 でも、桐山は充を殺した後、こめかみを一回だけ疼かせていた。そのあとに出生の秘密だけが淡々と説明されていて。
 桐山を単純な「悪」と決め付けることが出来なくなってしまいました。

 何の感情も持たないかに見える桐山が、中学1年生からずっと一緒にいた充。
 一見、スポーツ、勉強、家柄全てにおいて完璧な男である桐山に、劣悪な環境で育った不良である充が盲目に従っている、一方的な関係であると思われることが多かったように思います。
 初読時は、私自身充は桐山の「空虚」を理解出来なかった存在として捉えていました。それを責める気持ちもあったかもしれない。
 でも、2002年から様々なバトロワの二次創作小説を読み、考察を読み、もう一度原点である桐山と充の関係を捉えたときに、その考えは変わりました。

 桐山と充は、お互いに足りないところを補う関係だったと思います。
 桐山はたくさんの能力を得た代わりに、「人」と関わること、「自分」を捨ててきた。
 充は劣悪な環境に育ったけれど、仲間がいたし、簡単には覆されない「意思」を持っていた。
 そして充は、七原が「一種肌触りに近いような違和感」を抱き、川田が「理解不能」と切り捨ててしまう桐山の空虚さをものともせずに、受け入れた。真正面から「それ」と認識しなかったにしても、プログラムに至るまで、充は桐山の「怖い部分」を「怖い」と切り捨ても逃げもしなかった、それはとてもすごいことだと思います。

 だからこそ充は桐山にとって「特別」だったと思います。

 たとえ二人は高校が離れても、目指すべき方向が違っても。
 全部を理解しあうことは出来なくても。
 きっととても信頼しあえる、尊い関係を築くことが出来たと私は思います。

 それを理解し合うのに、14年という年月はあまりに短すぎました。
 原作で二人は悲しい結末を迎えたけれど。
 だからこそ私は二人に「救い」をもたらしたかったし、分かり合って欲しいと思い、何年も二人の関係を書き続けることができました。
 原作の二人の関係は、私にとってとても大切なものです。

 原作を読んで、私なりの「救い」を書くまでの間に出会ったたくさんの二次創作、考察の作者様にも、とても感謝しています。

 私の捉えた二人は、この場所で分かり合うことが出来ました。
 理想像でも、限りなくある可能性のひとつとして考えていただければ幸いです。


 このお話は、レミオロメンの「粉雪」の歌詞を見たときに思いつきました。
 


2006年2月14日 月乃宮 玲