Caress of Venus

「… 、今日、俺の家に来ないか。」
「…え?」
桐山の突然の提案に、
は思わず聞き返してしまった。

「いいの?」
「ああ。 は嫌か?」
「ううん!全然…」
「そうか。それなら、放課後、いつもの場所で待っている」
「わかった。また後でね、和雄!」
は桐山と別れて、自分の教室に戻った。

凄くどきどきしていた。
何だかとても嬉しかった。
付き合ってちょうど一ヶ月半になるけれど、 はまだ一度も桐山の家に行った事が無かったから。

と桐山が付き合いだしたきっかけは、突然の桐山の告白からだった。
桐山は、地元では知らぬ者などいない位有名な不良グループのリーダーで、
いつも取巻きを連れて歩いてる、ちょっと怖い人、という印象を持っていた。
は一年の時桐山とクラスが一緒だったのだが、一度も話した事は無かったし、ほとんど接点も無かった。

三年になったばかりのある日。
がいつも通り委員会の仕事で、図書館に一人で残っていた時。
何の前触れもなく、突然桐山がやって来た。
「… 。」
「あ、桐山くん…どうしたの?」
いきなり真正面に来て話し掛けられたので、 は内心凄くどきどきしていた。
なんか、気に障ることでもあったのかな。どうしよう。
なんだか怒ってるみたいだし…。
桐山はその時も全くの無表情だった。
今でこそ大分見慣れたけれど。その時はやはり怖かった。
桐山は抑揚のない声で、ぽつりと言った。

「俺は… の事が、好きらしい。」
「えっ?」

桐山が突然そう言った時はとても驚いた。
桐山は顔も頭も良い、喧嘩でも負けた事が無い、完璧な人で。
自分なんかには全く興味が無いだろうと思っていたのに。

「…本当に…?…何で私なんかと?」
が思わずそう訊くと、
桐山はいつもと変わらない、淡々とした口調で話し始めた。

一年生の時から のことが気になっていた事。
ただその気持ちが何なのか自分でもよくわからなくて、ただ見ているだけだったと言う事。
クラスが変わってから、あまり に会えなくて、何かが足りないような気分になっていた事。
その事を、取巻きの人達―桐山ファミリーのメンバーたちに話すと、「それは の事が好きなんだよ」と言われた事。
「よくわからないが、俺も多分そうなのだろうと思った。だから、その事を、 に伝えようと思ったんだ。」
まるで他人事の様に冷静に話す桐山に、 は少し戸惑った。
桐山はその後、表情を変えないまま、今度はこう言った。

「…この後は、どうするものなのかな。」
「―え?」
「… に、俺が を好きだという事を伝えた。その後はどうするものなんだ?」
はびっくりした。突然告白された上に、「どうすればいい」なんて聞かれたら誰だって驚くに違いない。

思わず は答えた。「…普通は、付き合って、って言うと思う…」
桐山は暫くの間考えるようにして、「…付き合うとは、どうする事なんだ?」と に訊いた。
桐山は、本当に、何も知らないみたいだった。

は顔を少し紅くしながら、答えた。
「…どこか一緒に出かけたりして…普段より多く、一緒に居る事じゃないかな…。」
も、それまで付き合った事が無かったから、上手くは言えなかったのだが。
「…そうか」
桐山はまた少し考え込むようにしてから、 の方を見て、言った。
「…俺は、 と一緒に居たいと思う。だから、俺と付き合ってくれないか?」
全く表情を変えないまま、そう言った。


あれからもう一ヶ月半だもんね。

放課後。
教室を後にした が、図書室の扉を開けると、
いつもの席に座って、桐山が本を読んでいた。
「和雄」
が声をかけると、桐山はそっと顔を上げた。
「ごめんね、遅くなって」
「いや」
桐山は読んでいた本を閉じると、「じゃあ、行くか?」と静かに に訊いた。
「うん」
桐山はすっと椅子から立ち上がった。
の方に手を差し出した。
、荷物を」
「え?平気だよ?」
「いや、俺が持つ」
桐山は手を差し出したまま、 を見ている。
はそんな桐山の様子に苦笑した。
「ありがとう。じゃあお願いします」
桐山は頷くと、 から鞄を受け取った。

「二個も持って大丈夫?重くない?」
「大丈夫だ」
と桐山は、並んで廊下を歩いていた。
すれ違う生徒達の中には振り返る者もいるが、もうあまり気にならなくなった。
「和雄」
「何だ?」
「今日、和雄なんかいつもより優しいね」
「そうか?」
「うん」
は桐山を見上げた。
桐山はやはり無表情で を見ている。
その桐山に、 は微笑みかけた。
「何か、すごく嬉しい」

がそう言うと、桐山は「そうか」と一言だけ言って、
少し目を細めた。
そうしている時の桐山は、不思議ととても穏やかな顔をしている様に見えた。
校門を出た。

五月の半ばでも、まだ肌寒い日が続いていた。
それに、今は、夕方。
少し気温が低くなって来た様だ。
息が、白かった。
はぶるっと身体を震わせた。
「寒いね」
はそう言って、桐山の方を見上げた。
「和雄、寒くない?」
桐山はその の顔を見ると、また少しだけ目を細めた。
「ああ、少し、寒いかもしれないな」
桐山が、荷物を持っていない方の手で、そっと の手をとった。
ひやっとした感触に、少し は驚いた様に桐山を見た。
「和雄?」
の方が、温かい」
桐山は相変わらず無表情だが、どこか優しい目で を見ていた。
はまた少し顔を紅くする。
「じゃあ、このまま、手繋いで行く?」
「ああ」

桐山と は、手を繋いで歩いた。
そう言えば、こうして手を繋いだのも初めてのことだった。


「和雄!」
「どうした?」

が突然声を上げたので、桐山は少しだけ驚いた様に、眉を持ち上げた。
「すごい、綺麗な夕日」

二人が歩く道の先、
地平線に。
夕日が沈みかけていた。

は足を止め、その夕日に見とれていた。
の白い肌を、紅い夕日が鮮やかに照らしていた。
「...。」
桐山は黙っていた。
その澄んだ瞳にも、紅い夕焼けの緋色が映りこんでいた。

桐山は、夕日ではなく、
その夕日に照らされた、 を見つめていた。

「ああ、綺麗だな」

桐山はそう静かに言った。
「和雄?」
が振り返った。
桐山の手に、力が篭もった気がしたから。

振り向いた の肩に、桐山がもたれかかった。

「和雄?どうしたの?いきなり」
はびっくりした様に訊いた。
桐山は黙っている。

「…道の真ん中でこんな事してたら…恥ずかしいよ…」
の頬が紅いのは、夕日に照らされたせいだけは無い様だった。
その の言葉に、桐山はそっと顔を上げて、言った。

「では、家ならいいのか?」

はその桐山の問いに、更に顔を紅くする。

少しの間のあと、
「うん」
小さな声で、 は言った。

桐山はそっと目を伏せた。

「では、早く行こう。
そう言ってまた桐山は を見つめた。

は頷いた。
桐山と目を合わせたまま。
やはり、桐山の目は優しい感じがした。


桐山が、 の手を引いた。
いつのまにか二人の体温が伝わって、
二人の手は同じ温度になっていた。



おわり

後書き:
タイトルはラルクのアルバム「true」より。

この一週間後に桐山はプログラムに選ばれて、主人公の所には二度と帰って来ません。
桐山がこの日不思議と優しかったのは、どこかで自分のたどる運命を予想していたから、
ということにしてください。
最後に撃たれた時、桐山は少しだけこの夕日の事を思い出すんです。
綺麗だった主人公の事も。

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