Pleasure

、遊園地へ行かないか」
「え?」
まるっきり棒読みでそう桐山に言われた は、思わず唖然とした。
「どうして急に?」
「何となく、そうしてみたいと思ったんだ」
行く用意もしてある、と言って桐山は二枚のチケットを差し出して見せた。

は桐山の顔を訝しげに見た。
「何となく、て割には用意がいいんだね」
「…そうか?」

桐山は全く変わらない表情で、首を傾げた。

実は、これはヅキの提案だった。
三日ほど前の事。
、帰らないか」
桐山がいつもの様に にそう言うと、 は「ごめん桐山くん、今日は三村くんたちと帰る約束しちゃって」
「そうか」
ごめんねー、とすまなそうに言って、走り去って行く を、桐山は静かに見ていた。

やがて帰ろうと思い、下駄箱に行くと、月岡ことヅキと偶然会った。
「あら、桐山くん、 ちゃんと一緒じゃないの?」
「今日は三村達と帰るそうだ」
感情の篭もらない声でそう言った桐山。
けれどその様子が何となく寂しそうに見えて、ヅキは「あら、そうなの、残念ね」と気の毒そうに言った。
「ああ」
「ねえ、桐山くん、 ちゃんと一緒に帰れなくて寂しい?」
「…よくわからない」
「このままだと、三村くんに ちゃん、取られちゃうかもしれないわよ?」
「なぜだ?」
「三村くんはいつだって積極的に、 ちゃんの事好きってアピールしてるもの」
「そうなのかな」
「だからあ、桐山くんも、ちゃんと ちゃん捕まえておかないと」
桐山はそっと目を伏せ、何かを考えている様な顔をした。
「月岡、どうしたら は三村の所へ行かず、俺と帰ってくれる様になるのかな」
桐山は真剣な面持ちでそうヅキに訊いた。

まあ…桐山くん…。
なんだか健気で可愛いわねv応援したくなっちゃうv
ヅキは思わず目を潤ませた。
「桐山くんも、もっと ちゃんに積極的に近づいていけばいいのよ」
「どうやって近づけばいいんだ?」
「一緒に遊びに行ったりするとか...そうね、遊園地とか」
「遊園地か…行った事がないな」
「女の子はそういうの好きなのよ」
「そういうものか」
ヅキは桐山に勧めて、遊園地のペアチケットを買わせ、「これで ちゃんに一緒に行こうって誘ってみたら?」とアドバイスしたのだった。


「でも楽しそうだし、いいよ。いつ行くの?」
は嬉しそうだった。
月岡の言う通り、 もこういうのが好きなんだな、と桐山は思った。
「今度の日曜がいいと思っているんだが」
「日曜?わかった。空けとくね。えっと…チケット代…」
「いや、それなら心配いらない。大した金額ではないから」
「え?何か悪いね…ありがと。」
は少し申し訳なさそうな顔をしてから、「じゃあ日曜、楽しみにしてるね」と桐山に笑顔で言い、走って行った。

桐山はやはり無表情で、その場に立ち尽くしていたが、ふいに後ろを向き、「これでいいのかな?月岡」とぽつりと言った。

―OKよ、桐山くんv
ヅキは笑顔でガッツポーズをした。
…机の影に隠れながら。
そのすぐそばを通りかかった織田敏憲が、まるで得体の知れないものを見るかの様な目でそんなヅキを眺めながら、小さく「下品なやつめ」と呟いた。

日曜日。
待ち合わせ場所に先に着いていたのは だった。
頬を僅かに紅く染めて、 は桐山を待っていた。
まだ待ち合わせの時間には十分程早い。
―ちょっと早く来すぎちゃったかな。
そう が思って居た時だった。


「あ、桐山くん!おはよ…」
おはよう、と言い掛け、 は思わず固まった。
の目は、釘付けになった。
…桐山の服装に。
「どうかしたか?」
桐山は全身黒いスーツ姿だった。
K応ボーイが着ていそうな、最高級ブランドの、しわひとつないスーツ。
きっちりと整えられたオールバックがベスト.マッチしていた。
どう見ても中学生には見えない。
「…何でもない」
すごい。何だかよくわかんないけど…桐山くんはすごい…
しかも、恐ろしい程、よく似合ってるし。
「行こう、
「う、うん」
スタスタと歩き出す桐山の後を追いながら、 は「何か私、すごい人と
一緒に遊園地来ちゃったのかも...」と、複雑な気持ちでいた。
すれ違う通行人の視線が痛い。


「え?何?」
桐山に呼ばれて、慌てて は返事を返した。
「俺は、こういう所に来るのが初めてだから、よくわからないんだ。 は、どこへ行きたい?」
桐山は無表情でそう に訊いた。
「…うーん…そうだね…」
はちらりと視線を右に移した。
そこにあるのは、ここのメインとも言える、
「日本一早くて怖い」とされる、ジェットコースター乗り場。
並んでいる人もまばらだった。
「じゃあ…あれ乗ってもいい?」
は絶叫系の乗り物が大好きだった。
遊園地に来たら、よほど混んでいなければ一番最初に乗ってしまうほど。

「ジェットコースターか…」
「桐山くん、高い所苦手?」
「いや。こういうのも面白いんじゃないか」

桐山は無表情で言った。
は、初めてジェットコースターに乗る人をいきなりこんなのに乗せていいのかな、と少し思ったけれど。
―きっと桐山くんなら大丈夫だよね。
何の根拠も無くそう思い、「行こう、桐山くん」と桐山の手を引いて、乗り場の最後尾に並んだ。

ほどなく二人の順番が回って来た。
安全ベルトをしっかり締めて乗り込む。

「桐山くん、怖くない?」
「ああ」
桐山は全く顔色を変えずに言う。
強がっている風にも見えない。

ガタガタと音を立てて、ジェットコースターはレールを昇って行く。
不気味な程ゆっくりと。
やがて最高位置に達した。
うわ…高い…
さすがの も、この高さは初めてだった。
人がゴミの様に見える…。

ガチン。固定される音。そして一気に発射。
急降下。
「キャー!」
は思わず声を上げた。
いや、声が上げられるうちは余裕なのだ。
ものすごいスピードでジェットコースターはレールを滑り降りていく。
は隣の桐山を見た。
やはり、無表情。
突風に煽られてもオールバックはほとんど崩れていない。
そして、声一つ上げず黙っている。
は何故かほっとしていた。
絶叫マシンに乗って悲鳴を上げる桐山の方が、きっと怖い。

ジェットコースターは何周も、もの凄いスピードで回転して乗客の恐怖を煽り、「もう二度と乗るか」という感想を抱かせた。
あまり混んでいなかった理由が、 にはなんとなくわかった。
桐山は終始無口、無表情のままだった。

「はあ、疲れた…」
はすっかり疲れてしまった。
さすがの も、怖かった。
桐山の方は何事も無かったような様子で、少しだけほつれたオールバックを、コームで整えながら、「ああいうのも悪くないな」とぽつりと言った。

それから二人でソフトクリームを食べて一休みしてから、おばけやしき、観覧車と色々なアトラクションを楽しんだ。
特におばけやしきでは、驚いた が桐山にしがみつくなど、いい雰囲気になる場面もあったのだが。
桐山は少しも動じた様子を見せず、おどかすおばけ役の人を嘆かせた。

やがて、夕方になった。
「そろそろ帰ろうか、桐山くん」
「ああ」

桐山と は並んで歩いた。
「今日楽しかったね」
「ああ」
の言葉に、淡々と返す桐山。
少し、間があった。

「…何かさ、デートみたいだよねこれ」
がやや俯き加減に、そう言った。
桐山は少しだけ眉を持ち上げた。

すぐに無表情に戻って、言った。
「俺はそれも悪くないと思う」

が顔を上げた。
ほのかに頬を紅く染めて。
「…私も」

桐山は、その の言葉に、また眉を少し上げたが。
「そうか」
そう一言言って、視線を後ろに移した。

「今日は俺が送ろう」

道の脇にある植え込みから、不自然にそう書かれた紙が覗いていた。
桐山は、 の方に視線を戻して、言った。
、今日は俺が家まで送ろう」
「え?」
「もう暗くなってしまったから」
「うん…ありがと」

また暫く沈黙。
桐山が、ふいに の手を引いた。

「桐山くん?」
「何となく、こうしたいと思ったんだ。ダメかな」
「…ううん。全然…」
「そうか」

二人は手を繋いだまま、遊園地の門をくぐり、すっかり暗くなった空の下、歩いていった。

「…何とかうまくいったみたいね」
がさりと木の陰から、ヅキが這い出してきた。
「もう、最初はどうなることかと思って居たけど」
実はこのデートの間中ずっと二人を尾行していて、桐山に何度も秘密の指示を送っていたヅキ。
「でも、最後に手繋いだのは…指示してないわよ?」
ヅキはそう独り言のように呟いた。
「とりあえずはうまくいってよかったわねv桐山くんv」

おわり


戻る