LOVEppears
「和雄、いつも通りクリスマスは空けて置け。今年は取引先の重役達が来る事になっている」
「はい、お父さん」
桐山和雄は、親子同士であるとはとても思えない程簡潔なやりとりを終えると、中国四国地方でもトップクラスの企業を経営する父親―実は義父なのだが―の部屋を後にした。
彼に妻はおらず、実子も無かったので、養子として迎えられた桐山が会社の後継者としてほぼ決定していた。
毎年、クリスマスになると、彼は自宅に近隣の著名人や会社の役員達を招いて、豪勢なパーティーを開いた。
桐山は、会社の跡取息子として、毎年出席した。
そこで求められる事は、ただ品の良さそうな少年として振る舞い、桐山家の後継ぎに相応しい態度で来客に接する事だった。
桐山は、物心つくかつかないかの頃から、父親のその期待を裏切った事はない。
これからも、きっと、そうだ。
だが。
父親の部屋を後にして、自室に戻る途中、桐山は考えた。
クリスマス。
そう、毎年決まって家のパーティーに参加して来た。
他に予定も無かったし、特に不都合は無かった。
だが、今年は。
部屋のドアを開けた。
机に置かれた紙包みを、そっと取り上げた。
そうして、桐山は少しだけ眉を顰めた。
紙包みを片手に持ったまま、携帯電話を取り出す。
発信履歴を押した。
何回かの呼び出し音の後、
「はい」
少し慌てた様な声が受話器の向こうから聞こえてきた。
「すまない、寝ていたか?」
「ううん、大丈夫」
電話を取った相手は、同じクラスの
。
と桐山が付き合いだしてから、もう四ヶ月になる。
「クリスマスのことなんだが、やはり」
「…そっか…」
少し、弱々しい声が聞こえた。
「すまない」
「ううん、平気だよ。和雄の家の用事だもん、しょうがないよ」
の声は、僅かに震えている様だった。
「
、だがこの埋め合わせは必ずする」
桐山はそんな
の気持ちを察して、少し穏やかな調子で、そう
に言った。
「うん、ありがと、和雄、またね」
「ああ、また電話する」
通話終了を告げる音。
桐山は、暫く電源を切らずにその画面を見つめていた。
―クリスマス、か。
別に。
パーティに参加したい訳では無い。
そこで求められるのは、ただ桐山家の後継ぎとして、座っている事。
去年までは、その事になんの疑問も持たなかった。
だが、今年は。
桐山は、目を少し細めた。
と過ごしたら。
きっと、「楽しくなる」に違いないクリスマス。
けれど、父親に逆らう事など、出来ない。
物心ついた時から、そう徹底的にしつけられて来た。
クリスマスって、特別な日なんだよ、和雄!
そう嬉しそうに言った
の顔を思い出す。
胸が締め付けられる様に痛むのを、桐山は感じた。
「あーあ、今年のクリスマスは泉たちと集まるか...」
付き合って最初のクリスマスを、桐山と迎える事が出来ないなんて。
は溜息をついた。
楽しみに、していた。
その日のために、マフラーも編んだ。
当日渡して、びっくりさせようとか、
色々、考えて。
「和雄と一緒に、クリスマスパーティしたかったな」
もう一度、溜息をついた。
今日は22日の夜。
もう冬休みは始まっていて、桐山には会えない。
桐山は、少し、忙しい様で。
落ち込んでいた
だが、同じクラスで、幼馴染の金井泉から電話がかかって来て、「うちでパーティやるから
もおいでよ」と誘われると、明るく振舞う事は忘れなかった。
24日。
は朝から泉と天堂真弓、藤吉文世、榊祐子と言った特に仲の良い友達と一緒に街に出かけてショッピングを楽しみ、夕方からは泉の家のパーティーに行った。
料理の上手な泉の母親が腕によりをかけて作った美味しい料理が振舞われ、
たちは楽しく話しながら、時を過ごした。
桐山の事も、一時的ではあるが、忘れていられた。いい気分転換になったと思う。
夜。
「またねー、
。本当にひとりで平気?」
「大丈夫だよー、またね、みんな」
泉の家を後にしてから、真弓達と別れ、
は一人で夜の道を歩いていた。
「寒いなあ…」
コートを着て、手袋をはめているのにまだ寒い。
「雪降りそうだな…」
は、空を見上げた。
―和雄。
和雄、今頃、どうしてるかな。
和雄に、会いたいな。
そんな事を考えながら、
が歩いていた時だった。
「おい、ちょっと、君」
少し酒が入っている様な声が、後ろから聞こえた。
は、背筋に寒気が走るのを感じた。
数人の、気配。
男達の、気配。
は振り向かずに、走り出そうとした。
―遅かった。
ぐいっとコートのフードを引っ張られた。
「やめて…!」
「何だよー、逃げる事ないだろお」
「おじさんたち、クリスマスなのに暇なんだよ。ちょっと相手してくれよ」
「嫌です、離して!」
「騒ぐんじゃねえ、大人しくしてろ」
髪の毛を引っ張られて、痛みに
は顔を顰める。
―助けて。
怖い、怖いよ。
助けて…。
来るはずはないと、わかっている。
けれど。
やはり頭に浮かんだのは、彼の名前。
―和雄。
助けて…。
和雄…。
は、ぎゅっと目を閉じた。
その時。
「な、何だてめえは?ぐっ…!」
どさりと、人が倒れる音がした。
―え?
「てめえ…!よくも!」
そう怒鳴る男の声。
そして、その後。
ぼごっ、と鈍い音が響いて。
の髪を掴んでいた男の手の力が、急に緩んだ。
―何?一体何が…。
はおそるおそる、目を開けた。
目の前で、男がだらしなく白目を剥いて崩れ落ちるのが、見えた。
そして、その視線の端に。
見慣れたオールバックの少年が、
向かって来たもう一人の男に向けて、素早く掌底を叩き込む瞬間が映った。
ミシイ、と嫌な音がして。
男が後ろに声も無く吹っ飛んだ。
「和雄…!」
は、少年の名前を、呼んだ。
少年が、伏せていた視線を、そっと持ち上げた。
見間違うはずが無い。
そこに居るのは、桐山だった。
会いたくて、仕方無かった。
桐山の、姿。
「どうして…?」
驚く
の方に、桐山がゆっくりと近づいて来た。
「
」
「和雄…」
桐山が、手を伸ばし、そっと乱れた
の髪を撫でた。
「大丈夫か?」
「…うん」
「そうか」
桐山は、そう言うと、少し目を細めた。
そして、
を自分の胸に抱き寄せた。
「和雄?」
は少し、赤面する。
「無事で、よかった」
少しだけ感情が篭もった様な、桐山の声。
「和雄…家のパーティーは」
「ああ、そんなものよりも」
桐山の、自分を抱きしめる手に力が篭もった様な気がして、思わず
は桐山を見上げた。
桐山は、どこか穏やかな顔をして、
を見ていた。
「俺は、
と一緒に過ごしたかった」
そう、桐山は言った。
は、思わず涙が出てきそうになるのを、必死に堪えた。
―桐山は。
パーティーを、抜け出してきたのだ。
と、過ごす為に。
「なぜもっと早くこうしなかったんだろう。すまなかった。もうこんなに遅くなってしまった」
「ううん、いいよ、これで、充分だよ、和雄」
はそう言って、笑った。
「和雄、来てくれたもん。すごく嬉しい」
「…
」
「和雄、家そのまま出て来たの?すごい寒そうな格好だよ?」
「ああ」
桐山が、そう言うと、
は微笑して、「あ、そうだ、和雄、これあげる」
と言って、自分の首に巻いていたマフラーを外し、桐山の首にかけた。
桐山は、驚いた様に少し目を丸くした。
「
…これは」
「私とおそろいの、和雄にあげようと思って編んでたんだけど、家に置いてきちゃったから」
はちょっと恥ずかしそうに、言った。
「クリスマスプレゼントだよ、和雄」
桐山は、少しの間黙っていた。
やがて、ありがとう、と言い、片手に抱えていた紙包みを、
の方に差し出した。
「和雄…?」
「俺も、
に渡したくて、持って来た。…開けてみてくれないか?」
は、少し驚いた。
そして、笑顔になった。
嬉しかった。
桐山も。
桐山も、自分にプレゼントを用意していてくれたのだ。
「ありがとう、和雄。開けるね」
「ああ」
は丁寧に、紙包みの封を解いた。
中には、小さな箱が入っていた。
それも、開けた。
「和雄…これ…」
は、驚いた様に桐山を見た。
そこに入っていたのは、指輪。
本物の、ダイアモンドの、指輪。
「俺は、もうしている」
桐山は、すっと自分の左手を差し出して見せた。
銀色の環が、薬指で光っていた。
「…和雄…ありがとう…すごい嬉しい」
「そうか」
は、はめるね、と言って指輪を取り出したが、その手はすっと桐山に取られ、
桐山の手で、
の薬指にはめられた。
「ありがとう、和雄」
はそう言って、笑顔になった。
―嬉しかった。
クリスマスは、一緒に過ごす事は出来ないと思って居たのに。
こんなに嬉しい事が、待っていたなんて。
「
」
「え?」
桐山に呼ばれて、
が空を見上げると。
「雪…」
ちょうど、二人が揃うのを、待っていたかの様に。
降り出した、真っ白な雪。
「ホワイトクリスマスだね、和雄」
「ああ」
「何か、すごい嬉しい」
「そうか」
桐山は、そう言うと、
を抱きしめる手に、力をこめた。
桐山は、ぼんやりと考えた。
家では、今大変な騒ぎになっているだろう。
帰ったら、どうなるか、予想もつかない。
こんな事をしたのは生まれて初めてだったから。
けれど。
の、嬉しそうな顔が見れたから。
何が起ころうとあとは構わない、そう桐山は思って居た。
パーティーを抜け出してきたお陰で。
やっと自分は、初めて「楽しい」クリスマスを過ごす事が、出来たのだから。
おわり
戻る