change of mind
「
、ちょっといいか」
「はい?」
終礼が終わって、教室を後にしようとした
を、林田が呼び止めた。
「何ですか、先生」
は少し林田を見上げる様にして問いかけた。
「ちょっと頼みごとなんだが」
林田は手に持っていた封筒を差し出して、言った。
「桐山に渡す書類が溜まって来ててな。今日はあいつの周りのやつは皆休みだし、悪いんだが家に帰る途中にでも、桐山の家に届けてくれないか?」
「え…あ…はい…」
「どうした?」
「いえ、別に」
は林田からぎこちなく封筒を受け取った。
「悪いな、
。頼んだぞー」
林田が去って行っても、
は固まっていた。
どうしよう。
そう、桐山の家は確かに
の家のすぐそばなのだが。
桐山の家は、とにかく大きい。
この辺りでは、同じクラスの織田敏憲の家と並ぶ豪邸。
学校へ行く時門の前を通るのだが、真っ黒な車がいつも停まっていたり、怖そうな男の人達が何人も出入りしていたりと、穏やかな雰囲気ではない。
中国地方でもトップクラスの企業の社長が住んでいるとなれば当然なのかもしれないが。
そんな所に訪ねていくのには、かなり勇気がいる。
桐山とは親しくない訳ではない。
何度か話すうちに、本当は優しい人なのだとわかったし。
桐山はこの所一週間ずっと休んでいて。
少し、心配はしていた。
「大丈夫かな、桐山くん」
ついこの前、勉強を教えてくれた桐山の姿を、思い浮かべた。
「あの時は、元気だったのに」
は溜息をついた。
あの家に行くのはやっぱり怖いけど。
でも。
桐山くんどうしてるか…気になるし。
は鞄から、小銭入れを取り出した。
中には百円玉が四枚。
「プリント渡すついでに…」
は学校を出た後、まっすぐ桐山の家には向かわずに、商店街の方へと歩いて行った。
少しして、
は胸に小さな花束を抱えて桐山の家の前にいた。
「うーん…やっぱ緊張する」
大きな門は堅く閉ざされている。
インターホンを押すのも躊躇われた。
「きっと執事さんとかが出るんだろうなあ…」
桐山くんには、会えないかな。
でもいいや、その時は家の人に頼んで…。
がようやく決心して、インターホンのスイッチを押そうとした時。
キキキ、というブレーキ音と共に、黒い車が
のすぐ隣に停まった。
「あ…」
がちゃっとドアが開いた。
そして、車から白髪混じりの、初老の男が降り立った。
男は
の姿を認めると、少し笑って。
「お嬢さん、何か家に御用かな?」と優しい声で尋ねた。
「あ…あの…」
は緊張のあまり声が詰まった。
品の良い服装。
明らかに上流家庭の人間、という雰囲気。
…桐山くんの…お父さん…?
でも…桐山くんに全然似てないな。
はたどたどしい口調で言った。
「あ、あのこれ…先生が…和雄くんに渡してくれって…」
「和雄に?ああ、ありがとう」
男性は手を差し出した。
は恐る恐る封筒を手渡した。
その時、触れた彼の手が。
何だかとても冷たい気がしたのは、気のせいだったろうか。
「和雄には私から渡しておくよ」
「あ…あの」
「ん?どうしたのかな」
「和雄くん…大丈夫なんですか?病気とか...」
それを聞いた桐山の父の顔から、急に笑みが消えた。
ははっとする。
どうしよう、余計な事聞いちゃったかな…。
「いや、和雄は少し風邪が長引いているだけだよ。心配する程の事じゃない」
桐山の父はそう感情の篭もらない声で言うと、「では失礼」と、
に背を向け、同乗していたらしい使用人の開けた門の向こうへと歩いて行った。
は少し複雑な思いで、小さくなって行く男性を見ていた。
どうしてだろう。
何だかあの人…凄く怖い。
笑っていても、何故かそれは明らかに作り物じみた笑顔だった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ただいま」
桐山の父は出迎えた使用人達にそう一言だけ言って、玄関に上がった。
彼はそのまま、長い廊下をまっすぐ歩いて行った。
やがて一つの扉の前で立ち止まる。
「和雄、入るよ」
「はい」
扉を開けた。
桐山はベッドに横たわっていたが、父親が来たのに気付くと、すっと起き上がった。
「…今日は、何の訓練だったかな」
桐山の父は淡々と息子に尋ねる。
「防弾チョッキごしに撃たれる訓練です」
「そうか、成果は?」
「同箇所に十五発が限度でした」
「そうか、次はもっと上の記録を目指せ」
「はい」
それだけ言うと、桐山の父は息子に背を向けた。
傷ついて休んでいる息子を労わる言葉などひとつもない。
しかし、思いついた様に振り返った。
「ああそうだ、同じクラスの女の子がプリントを持って来たよ。確か、
さんと言ったかな」
「…
が?」
桐山の父はわが目を疑った。
明らかに、息子の表情に変化が訪れたのだ。
驚いた様に眉を持ち上げた後、少しだけその冷たい目を細める。
自分の目の前で、息子がこんなにも優しい表情を見せたのは、初めてだった。
「どうした?お前らしくもない。そんなに驚く程の事ではないだろう」
「はい」
桐山はベッドから立ち上がった。
少し、眉を顰めながら。
撃たれた箇所が痛む様だ。
「和雄、どうした」
「…言いたい事があるので…
に会ってきます」
桐山はそれだけ言うと、早足で部屋を出て行った。
桐山の父はそんな息子の後姿を、ただ呆然とした様子で見ていたが。
少しだけ、眉を顰めた。
「あ、いけない」
は家のすぐ前で立ち止まった。
桐山にお見舞いに渡そうと買った花を渡すのを忘れていたのだ。
「でも…今から戻るの…怖いな」
先ほどの桐山の父のことを思い出して、
は震えた。
どうしてかはわからないけれど、凄く、怖かった。
その時。
「
」
「え?」
突然声をかけられて、
は慌てて振り返った。
「桐山…くん?」
一瞬、
は誰だかわからなかった。
桐山はいつものオールバックを下ろしていたし、制服も着ていなかったから。
一週間ぶりに会う、桐山。
「あの、大丈夫だったの?」
「ああ」
「プリントを、持って来てくれたのだと聞いた。すまなかったな」
「それを言うために…わざわざここまで来たの…?」
「ああ。そうだ。迷惑だったかな?」
「ううん…全然」
は何だか複雑な気持ちだった。
桐山に会いたかった気持ちと、まだ桐山に無理をさせてはいけないと言う気持ちが半々だった。
「…
?」
俯いて考え込む
に、桐山がちょっと眉を顰めながら訊く。
「あ、うん、ごめん。何でもない…」
は慌ててそう桐山に言った。
それから、
「あっ、そうだ、これ…」
は片手に持っていた花束を、桐山に差し出した。
桐山は驚いた様に瞬きをした。
「これは?」
「お見舞いにって買って来たんだけど、さっき、お父さんにプリントだけ渡して、
渡し損ねちゃったから」
は少し照れた様に頬を紅くしながら、言った。
「でも元気そうでよかった。心配してたんだよ」
「………」
桐山は、黙っていた。
の差し出した花束を見つめながら。
「桐山くん?」
心配になって、
は桐山の顔を覗き込む。
「
」
桐山が口を開いた。
は少し顔を紅くした。
桐山の顔が。
無表情なのに、とても優しそうな顔に、見えたから。
「ありがとう」
桐山はそう言って、花束を
から受け取った。
に別れを告げ、屋敷に戻った桐山は、
からもらった花を花瓶に生けて、ベッドサイドの机の上に飾った。
白い可憐な花は、殺風景だった桐山の部屋を明るいものにした。
桐山がベッドに座って、その花を静かに眺めていると、また扉の向こうから、
「入るよ」と言う声が聞こえた。
「珍しいな、お前が花を飾るなんて」
部屋に入って来た桐山の父は、驚いた様にそう言った。
「もらったんです」
「あの女の子にかい?」
「はい」
そう言った桐山は、また少し穏やかな顔をしている様に見えた。
そんな息子の様子に、桐山の父は、また眉を顰めた。
気に入らなかった。
息子が他人に興味を持つ事が。
桐山の父にとって、桐山はただ従順に従っているだけの人形であればそれで良かった。
どれだけ優秀な子供を作る事が出来るか。
あらゆる方法を試す、その被検体として。
桐山の父は、物心つくかつかないかのうちから、桐山に徹底的な特殊教育を受けさせた。自分とは血が繋がっていない分だけ、冷酷にもなれた。
桐山はどんな過酷な教育にも弱音一つ吐かず、見事な結果を残して見せた。
いい拾い物をしたと、桐山の父は思って居た。
だが。
「最近お前は変わって来ている」
父親にそう言われると、桐山はすっと顔を上げた。
その顔はやはり、無表情。何の感情も篭もらない。
「余計な事は、考えなくていい。お前はいずれ財閥を継ぐ人間だと言う事を忘れるな」
「はい」
桐山の父は少し乱暴に、桐山の部屋のドアを閉めた。
桐山はベッドに横たわったまま、花瓶に挿した花をじっと眺めていた。
撃たれた箇所が疼いて、まだ痛みが取れない。
だが、明日は学校に行こうと思った。
が渡してきた花束に付いていたメッセージカードに、
「早く元気になって学校来てね」と書いてあったから。
「これは、余計な事なのかな」
桐山はカードをそっと机の引き出しにしまった。
読み終わったものを取っておく事など、
初めての事だったかも知れない。
「どうしても、そうは思えない。どうしてなのかな」
桐山は少し俯いて、こめかみを触った。
わからない。
わからないけれど。
明日は
の顔が見たい。
だから学校に行く。
それは、確かだと。
そう、思いながら、桐山は目を閉じた。
おわり
後書き:6000番GETかもん♪様へ。桐山父が出てくる夢です(汗)。
最初桐典で考えて苦戦して、結局一ヶ月も待たせてしまいました。ごめんね。
ちょっとこれは夢なのか?って感じですが。私の考える桐山の家庭の事情って事で(汗)。
こんなものですみません。これからも色々と宜しくです。ありがとうございました。
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