Dolls

プログラム開始から二日目の夕方。
は、木陰でひとり休んでいた。
朝流れた放送は、三十八人目の死を告げた。
残っている生徒は片手で数えられる位。

は溜息をついた。
初めこそ必死で逃げていたけれど、今はもうどうなってもいいような
気持ちになっていた。
仲の良かった友達はみんな死んでしまった。一度も合流する事なく。
狂気を宿した瞳で、銃を向けて来た男子生徒もいた。
その銃弾が腕を掠り、 は傷を負った。
今もずきずきと疼いている。
けれど、今はそんな傷など忘れてしまうくらいの虚脱感が身体を支配していた。
首にはめられた冷たい銀の環が爆発するのを待っていてもいい気がした。
ただ、ひとつ。
気がかりな事があった。

彼の事が、心配だった。

「桐山くん…」
彼の名前を呟く。
ゲーム開始以来、一度も会えていなかった。
颯爽と教室を出て行ったあの後ろ姿を思い出す。
彼は、どうしているだろうか。
まだ名前を呼ばれていない。

と桐山の付き合いは長いようでもあり、短いようでもあった。
二年生から同じクラスだったが、きちんと話すようになったのは
三年生になってから。

から、話し掛けたのだ。勇気を出して。
桐山は威圧感のあるのは声と雰囲気だけで、慣れてしまえば少しも
怖い人ではなかった。
の桐山への気持ちは憧れから、親しみ、そして愛しさへと変わって
いった。

桐山はそのうち を苗字ではなく名前で「 」と呼ぶようになった。
彼が名前で呼んでいたのは、沼井充と だけだった。
はそれが嬉しかった。
少なくとも自分は桐山にとって特別なのだと。
そう、思えて。

彼に会いたかった。
生き残れるなんて、思っていないけれど。
せめて、最後に。

がさっ、と音がした。
目の前の背丈の低い木が揺れた。
ああ、誰か来たんだろうか。
けれど、もう逃げるほどの気力がなかった。

さよなら…桐山くん…。
は目を閉じた。


聞き覚えのある声がした。
はゆっくりと瞼を持ち上げた。
はっとした。

そこには、
桐山和雄が立っていた。
いつも通りの無表情の、桐山が。
「桐山くん…」

桐山は右手にマシンガンを下げていた。
無言で の方に歩み寄ってくる。
は理解した。

―ああ。
桐山くんは。
このゲームに、乗ったのだ、と。

すぐ目の前まで来た、
桐山の黒い学生服は所々赤黒く汚れていた。
返り血、だろう。

桐山は をただ静かに見ていた。
も黙って、桐山を見ていた。
怖いとは思わなかった。
たとえ桐山がゲームに乗っているとしても。
彼に殺される事は。
少しも、怖くなくて。

は微笑んだ。
力の無い声で、言った。
「よかった…会いたかったんだ、ずっと…」

の言葉を聞くと、桐山の無表情の顔が僅かに変わったように見えた。
桐山のオールバックの髪はほつれかけていた。
そして色白の肌にはどこか生気が無い。
彼も、疲れているのだ。
そう がぼんやりと思っていると、桐山が腰を下ろした。

は驚いた。
桐山は の方に身を寄せると、そのまま にもたれかかって来た。
「桐山、くん?」

桐山は の肩に顎を乗せて、小さな声で言った。
「少し…休ませてくれないかな」

桐山の身体の重みを感じた。
は桐山の背中にそっと手を回して、目を閉じて言った。
「いいよ…」

腕に重みが加わった気がした。
腕の傷はまだ痛んでいたけれど、その重みは心地の良い
ものだった。

夕陽が西の空に沈む。
辺りは段々と暗くなる。

は桐山を抱いたままぼんやりとしていた。
桐山の静かな寝息が聞こえた。
安心しきっているのだろうか。
は目を細めた。
そうして、桐山の頭を撫でた。
そうしていると、 も落ち着けた。

よく見ると、桐山の学生服についているのは返り血だけではなかった。
桐山の身体は傷だらけだった。
一体、何人と戦ったのだろうか。

腕の中で桐山が身じろいだ。
「… ?」
桐山の口調は少し戸惑っているようにも聞こえた。

「…大丈夫?桐山くん」
が訊くと、桐山は力無く顔を上げて、 を見た。

「…あぁ」
そう言った桐山は、ひどく苦しそうだった。
傷が、深いのだろうか。

は桐山の頭を撫で続けた。
桐山のほつれた髪を直してやる様に、そっと指で梳く。

その指が桐山のこめかみに触れると、桐山はほんの少し驚いた様に、
眉を持ち上げた。
「どうしたの?痛かった?」
「いや」
桐山は目を閉じた。
「そこに触れられていると…悪くない感じがする…」
小さな声で言った。その声からはいつもの威圧感が消えていた。

「…そう?」
は微笑した。
そうしてまた桐山の頭を優しく撫でた。
が撫でているその場所には、桐山自身も知らない傷があった。
もう二度と治らない、傷が。

そして。
暫くそうしていた。
もう夜になっていた。

放送が聞こえて来た。
告げられた名前は三人。

もう、桐山と しか、残っていない。
その放送を、 は他人事の様な気持ちで聞いていた。

桐山はまた眠っているようだった。

は桐山を起こさない様に、静かに傍らに置かれた
自分のデイバックを開けた。

そこには一丁の拳銃。
まだ一度も使っていない。
弾は既に込められていたけれど。

それを、 は取り出した。
自分のこめかみに、その銃口を押し当てる。

これで、うまく死ねるといいな。
は自分でも驚く程、落ち着いていた。
桐山は自分を殺さなかった。
それだけで、嬉しかった。

だから、桐山が眠っている間に別れを告げようと思った。

―桐山くんは、生き残ってね。
大好きだから。
生き残って欲しかった。
桐山に。

引き金に力をこめようとした時だった。

…」
桐山の苦しそうな声が聞こえた。
ははっとした。
桐山は澄んだ瞳で、じっと此方を見ていた。

桐山はすっと手を伸ばして、 の銃を握った手を掴んだ。
強く引き寄せられた。
はその手を離そうとしたが、桐山の力はとても強くて、
抗う事などできなかった。
は驚いた。
桐山は、 の銃を自分の胸に押し当てていた。
「桐山くん…!」
、もう、疲れたんだ」
そう言った桐山の口調はどこか悲しげだった。

桐山は淡々と言った。
「休ませて、くれないか」

は思わず叫んだ。
「駄目だよ!」
の感情的な部分が、その言葉をきっかけに回復してきた。

「私は桐山くんに生きてて欲しいから…!」
「生きていても、俺は何も感じない」
桐山は の言葉を遮るように、そう言った。
「それに、もう、助からない…」

は胸をつかれる様な気がした。

桐山の胸、 が銃を押し当てているその箇所の少し下、
桐山の腹が真っ赤に染まっている。
どうして、そんなひどい傷に今まで気がつかなかったんだろう。
けれど、気付いたところで、もう手当てのしようがない。
何も、ない。
の目から涙が零れた。

「どうして…」

桐山はそんな を、相変らず感情の篭もらない目で見ていた。
先程より一段と、その顔には血の気がなかった。

「ずっと、わからなかった。自分が何をしたいのか…」
桐山は静かな声で続けた。
「ただ… に会いたかった、それだけは、わかった…」

涙が止まらなかった。
桐山くん、
私と同じ事考えて…?


「終らせて、欲しい。 に」
桐山はそう言った。
桐山の手にはもう力が篭もっていなかった。
苦しそうに、浅い呼吸を繰り返しているだけだった。
の銃を持った手が震えた。

「…桐山くん…」
「なんだ?」

は涙をこらえながら、言った。
「私ね、桐山くんの事、大好き」

桐山はその の言葉に少し驚いた様だった。
すぐにその目が細められた。
「…そうか」
桐山はどこか優しい表情で、言った。
「きっと、俺も」


は銃を持ち直した。
「桐山くん…」
また溢れそうになる涙を必死に堪えた。

桐山が、苦しまないように。
一瞬で、逝けるように。
桐山の胸に、銃口を押し当てた。

桐山が、最後に、小さな声で言った。
…」
―ありがとう。

ばん、と音がした。
初めて引いた引き金の感触はどこまでも固く、冷たかった。

雨が降りそそいでいた。
冷たくない雨。
と、もう動かない桐山の白い顔に降りそそぐ。

「桐山くん…」
端正に整った桐山の死に顔は悲しいほど穏やかで、まるで眠っているようだった。
は桐山の髪を優しく撫で続けた。

涙が零れた。
今度は我慢する事などなく。
は、泣いた。
「桐山くん…」

優勝者の名前― の名前を告げる放送が響いて来たが、
その声は の耳に入らなかった。

おわり

後書き:暗すぎ。日記でも書きましたがもう当分暗い話は書きたくないです(涙)。
桐山が帰る安心出来る場所が主人公の居る所だったっていう話にしたかったんですが。
ボス怪我しすぎ(汗)。
誰か私に明るい話のアイデアを下さい(切実)。
ちなみに題名は浜崎あゆみのアルバム「Rainbow」の中から。