相思相愛
「あーあ、やっぱ作ってくるんじゃなかった…」
は、雲ひとつ無い程よく晴れた、真っ青な冬の空を見上げて、溜息をついた。
ここは誰も居ない昼休みの屋上。
昨夜
は、自分に出来る限り一生懸命、今日のための、一年に一度しかない今日という
日のためのチョコレートを、たったひとりの人のために作った。
彼とはまだ数度しか話した事はない。
それも皆事務的な用事で、だ。
けれど、
は彼が好きだった。
ただのクラスメイト、それだけしか彼と自分の繋がりは無い。
彼は県内トップ企業の社長の御曹司で、しかも不良グループの
リーダー。
成績も常にトップクラスで、運動も思わず見とれてしまうくらいうまい。
そして、見るものを惹きつけずにはいられないほど整った顔立ち。
彼は自分なんかが届く存在じゃない。
先程彼の席のすぐ傍まで行きかけたものの、
は結局チョコを渡す事が
出来なかった。
ほんの少しの勇気が、出せなかった。
は膝の上に載った、自分の作ったチョコレートの入った箱を見つめた。
…食べて欲しかったな。桐山くんに。
そう思ったら、涙が溢れて来た。
渡せなかったチョコレート。
でも、捨てる気にはどうしてもなれなくて。
は丁寧に自分で包んだそのチョコの包装紙をぴりぴりと破った。
「ずっと桐山くんの事が好きでした」
そう書かれたメッセージカードを放った。
やがて出て来た、
ハート型のチョコレート。
はそれを少しの間眺めた後、
思い切って口に含んだ。
口に広がる甘味が悲しかった。
はまた新しい涙が自分の頬を伝うのを感じた。
その時、
の背後でぎいっ、という音が響いた。
泣いていた
はびっくりして後ろを振り返った。
もう最後のひとかけらを食べてしまった後の事だった。
は目を丸くした。
「桐山くん…」
「
」
そこに居たのは、
がチョコを渡そうとしていた、
桐山和雄その人だった。
今日は珍しく、取巻きの沼井たちは連れていない。
桐山は、ゆっくりと
の居る方へと近づいて来た。
は鼓動が早まるのを感じた。
「何をしているんだ?こんな所に居たら風邪をひく」
桐山は
のすぐ隣まで来て、腰を下ろしながら言った。
「…うん、ちょっと」
は言葉を濁した。
そして桐山から視線を外した。
ここでやっていた事は言えない。
それに…。
桐山はそんな
をただ静かに見つめていたが、
やがて、ちょっと驚いた様に眉を持ち上げて、言った。
「
、泣いているのか」
「あ…」
は少し慌てた。
こんな顔では、隠す方が無理と言うもの。
けれど、
恥ずかしくて。
が何も言う事が出来ずにいると、桐山は
「何か辛い事があったのかい?」
と、幾らか穏やかな調子で尋ねてきた。
は無言で首を振った。
桐山が自分なんかの事を気にかけてくれている。
それは嬉しかったけれど。
まさか泣いている原因が目の前の桐山にあるなんて、
言い出せる筈がなかった。
桐山は不思議そうな顔をして
を見ていたが、
ふと気がついた様に自分の足元に落ちていた一枚の
紙を拾い上げた。
「…これは?」
「あ…!」
は顔を上げて桐山を見て、そして
ひどく慌てた。
それは。
が先程もう必要ないと放った、
桐山に宛てたメッセージカードだった。
が気が付いた時にはもう手遅れだった。
桐山は静かな表情でじっとそのカードを読んでいた。
「あ…あの…」
はどうしたらいいかわからず、ただおろおろしていた。
少しして、桐山はカードから視線を外し、再び自分の足元を
見た。
が破った包装紙が散らばっていた。
桐山は相変らず静かな調子で、
に訊いた。
「俺にくれるためのチョコだったのかい?」
は一瞬びくっと身体を震わせ、それから、観念したように
「うん…」と力無く頷いた。
桐山はやはり静かに「そうか」と一言だけ言った。
そうして、
の方をじっと見つめた。
は慌てた。
「あ、でも、もうないよ…食べちゃった…から…」
桐山に見つめられて、また心臓が高鳴るのを感じながらそう言った。
桐山はほんの僅かに眉を持ち上げてから、
また
に訊いた。
「食べたのは、今か?」
「あ、…うん」
「そうか」
の答えを聞くと、桐山は少しの間黙って、何かを考えている様な
素振りを見せた。
がそんな桐山の様子に戸惑っていた時だった。
桐山が、
の方に身を乗り出してきた。
…桐山、くん?
桐山の綺麗な顔が、視界いっぱいに広がった。
そして、気がついたときには、
柔らかいものが口唇にそっと触れて。
そのまま、
温かい何かが
の口唇の内側に進入して来た。
え…?
はやっと気が付いた。
そっと触れたそれは桐山の口唇であり、
内側に入って来たのは、
桐山の舌だったのだ。
桐山はそのまま、
の口腔を味わう様に舌を絡ませて来た。
そんな事をされたのは初めてだった
は、
ただただ顔を紅くして、桐山のなすがままになっていた。
「…甘いな。…悪くない。」
やがて満足したらしく、
口唇を離した桐山が、固まったままの
に悪びれる事無く言った。
「…
?」
が顔を真っ赤にしてぼんやりしているのに気付いたか、桐山は
の
火照った頬にそっとその白い手を当てて、
の顔を覗き込んだ。
「大丈夫かい?
」
はこくりと頷いた。
桐山の手はどこかひんやりとしていて、
火照った肌に馴染んで心地良かった。
桐山はそんな
の様子に、少しだけその冷たい目を細め、どこか
穏やかな表情を形作った。
昼休みが終わってしまっても、桐山と
は二人きりで屋上に居た。
その間桐山と
は色々な話をした。
どうしてこんな寒い日に桐山ファミリーの人と一緒にではなく、わざわざ一人で
こんな所まで来たのか、という
の問いに、桐山はこう答えた。
「
が、一人で教室を出て行くのが、見えたんだ。その時
は何だか辛そうな顔をしていた。
だから俺は
の後を追いかけた」
桐山は、淡々と続けた。
「ずっと前から、思って居た。…
の事が気になる。
の事を見ていたいと」
驚く
を真っ直ぐ見つめながら、桐山は凛とした声で言った。
「俺はきっと、
の事が、好きなんだ」
は思わず、訊き返してしまった。
「本当、に?」
桐山は静かに頷き、それから、すっと
の肩に手を回して抱き寄せた。
「少し…こうしていてもいいかな」
再び真っ赤に頬を染めた
の耳に、少し乱れた桐山の鼓動が聴こえて来た。
「…うん」
も頷いた。
桐山は
に嬉しい返事をくれた。
はそんな桐山がとても愛しいものに思えて、ぎゅっと桐山の背中に
手を回して、抱きついた。
さっき泣いていた事が嘘の様な、幸せな気持ちでいっぱいになりながら。
おわり
後書き:バレンタインリク、ラピス様から「桐山(原作)にチョコを渡そうとするけど、結局渡せず。しかたないので屋上で自分の
チョコを食べていると、そこへ来た桐山がヒロインのチョコを口移しで取る(食べる)。」という
リクでした。何か調子乗ってベタ甘にしてしまいました(汗)。砂吐きますね...メルフォ作り
失敗してリクエストもう一度送っていただく羽目になってしまった上にこんな話でごめんなさい。
リクエストありがとうございましたv漸く幸せな話が書ける様になってきた気がします...。
これからも宜しくお願い致します。
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