『最愛』

二月十四日。
桐山邸では毎年恒例のパーティ―が開かれていた。
美しく着飾った名家の令嬢達が集い、華やかな雰囲気を醸し出している。

そんな中、この桐山家の次期当主たる桐山和雄は、その集団には溶け込もうとせず、
会場の人ごみから離れた一角に置かれた椅子に一人座って、窓から覗ける満月をただ
静かに眺めていた。

今日ばかりはいつものオールバックをごく普通に下ろし、皺一つ無い漆黒のスーツを身に
纏っている。
月明かりに照らされた端正な顔立ち。
彼はそこに居るだけで、ひとつの生きた芸術作品と化していた。

何人かの娘はその桐山の姿をぼんやりと見つめては、溜息をついた。
彼女達が今日この屋敷に集まったのは、他でもない。
この少年の心を射止め、彼の花嫁候補として名を連ねる為だった。

そんな彼女達の思惑に気付いているのかいないのか。
桐山は相変らず窓の外に視線を注いでいた。

「和雄」
落ち着いた低い声に呼ばれ、桐山はゆっくりと振り向いた。

「あの中の娘では、不服かな」
「いえ、そういうわけではありません」
「無理はしなくてもいいよ」

声の主―このパーティの主催者にしてこの桐山家の現当主、は
息子の顔をおかしそうに見て、含み笑いをしつつ、言った。
「この次は、もっと桐山家にとって利用価値のある会社の娘を招待しよう」

彼は無表情のままの息子に、意識的に低めた調子の声で言った。
「お前もいずれ時が来たら、誰か決めなければいけないよ」


それから何人もの娘が桐山の傍に寄ってきて、
「詰まらないものですけれど」
そう言いながら、高そうな装丁のチョコレートを差し出してきた。

しかし桐山はそんな彼女達に対し、静かに首を振って。
「いや、そう言うのは必要ない」
一人残らず断った。

どんなに美しく、どんなに家柄の良い娘も。
桐山和雄の無感動な心を動かす事は叶わなかった。

ここに来るまでは期待に胸を膨らませていた娘達も、
帰る時にはひどく自尊心を傷つけられ、沈んだ面持ちで
父親への言い訳を考えながら帰路に就いた。

どうでも、良かったのだ。
誰が来ようが来まいが、どうでも。
桐山にとっては、皆変わり映えのしない者ばかり。
誰でも、同じだった。自分にとって何の価値もない。

ただ、一人を除いて。

パーティが終わり、漸く自室に戻る事を許された桐山は、
そっと学生鞄を開けた。
そこにあるのは、可愛らしい包装紙に包まれたチョコレート。
昼間、あの子がくれた。
桐山にとって唯一特別な、あの子が。

「桐山くん、あのね...」
恥ずかしそうに頬を染めて。
「チョコ、作って来たんだ。良かったら、食べて」
昼間、そう言って、 はこのチョコをくれた。

形や装丁に於いては、先ほどの令嬢達が持って来たものに比べ遥かに
見劣りするだろう。
けれど。

桐山にとっては、何よりも価値があるものに思えたのだ。
が自分のために作ってくれたチョコレート。

桐山は丁寧に袋を開け、中から取り出したチョコレートのひとつをゆっくりと
口に含んだ。

チョコレートは甘く優しい味がした。
どうしてか、
桐山は今まで食べてきたチョコレートの中で、一番美味しいと感じた。

の顔を思い浮かべた。
桐山の冷たい目が、ほんの僅かではあるけれど。
優しく細められて、凍りついていた表情が緩んだ。


次の週の水曜日の事だ。
それまでずっと休んでいた桐山は、漸く登校して来るなり、月村 を呼び止めた。
「桐山くん...」
は少し表情を強張らせていた。
桐山が、答えをくれると思ったのだろう。

「少し、付き合ってくれ」
「―え?」
驚いた の手を引き、
桐山は屋上を目指した。

行き交う生徒が此方を振り返り、 はそれを気にかけていたが、桐山自身はそんなものに
目もくれず、ただひたすら歩いて行った。


屋上に着くと、桐山は改まったような調子で言った。
「この間の事なんだが」
「...うん」

緊張の為か、 の瞳が不安げに揺れている。
桐山はそんな の様子に、僅かに目を細めた。

「...俺に出来るお返しを、考えていたんだ」

ははっとしたように桐山を見上げた。
「桐山くん...」

桐山は、そっと の左手を取った。
そうして、優しくその薬指に何かを嵌め込んだ。

はその大きな目を更に大きくして、桐山を見た。
「桐山くん...これ...」
「少し、早過ぎたかな」

桐山はひどく穏やかな顔をしていた。
静かな声で続けた。
「だが、俺にとっては早くても遅くても、同じ事だと思った」
桐山は の手をぎゅっと握って、言った。
「俺は、 が好きだ」

はまた驚いた顔をした。
そうして、そっと視線を伏せて、
自分の指に嵌め込まれたものを見た。
銀色に光る環。
ちりばめられた小粒のダイヤモンド。

は視線を桐山の方に戻した。

「桐山くん...すごく、嬉しいよ」
泣きそうな顔をして。

桐山は頷き、そうしてそっと を自分の胸に抱き寄せた。
腕の中の が、ひどく大切なものに思えた。
少し前までの自分ではとても考えられなかった。
他人を、大切に想う事など。

「いずれ、誰か決めなければならないよ」
父親の言葉を思い出した。

―答えは、決まっている。
俺には しか、いないんだ。


おわり


後書き:バレンタインリク、最後を締めくくるよしえ☆様からのリクで
「御曹司の桐山に、お嬢様たちがチョコを持ち込むのだが、
桐山はそいつらを無視してヒロインのチョコを選び、さらにホワイトデー待たずして、
お返しの婚約指輪をプレゼント。」との事でしたが...微妙ですね(汗)。
桐山が主人公だけは特別、って話を書きたかったのですが...どうにも。
お待たせしてすみません。リクありがとうございましたvこれからも宜しくお願い致しますv



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