[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
夏
の憂鬱
桐山くんといると、何だかすごく居心地が良くて、安心した。
波が打ち寄せる音がする。
電話している時に、私が「泳げないんだけど」と言ったら、桐山くんは、
「別に、泳がなくてもいい。ただ、 佳澄 と海が見たかっただけだ。」
なんてことを言っていた。
そうして、夏の凄く暑い日差しの下、泳がないでただ海を見てる奇妙な
私たち。
子どもたちのはしゃぐ声。
海で戯れている人たちの声。
対照的に、とても静かな桐山くんの表情。
普段だったら、沈黙に耐えられなくなって喋っちゃうんだけど、今日は
そんな気分になれなかった。
私たちは、ただ静かに海を眺めていた。
日差しが翳ってきて。
人がどんどん少なくなってきて。
もうすっかり暗くなってしまうまで。
ほとんど話すこともなく私たちは海を見ていた。
なんでそんなに長く、ただ海を見ていたのか。
今ではよくわからないけど。
「…佳澄 」
しばらくして、桐山くんはいつもの綺麗な顔で私を見た。
―でも、何か、いつもと違う?
そう思った途端。
次の瞬間にはその綺麗な顔が私のすぐ目の前にあって。
口唇に何か柔らかい感触がそっと、触れた。
「きっ…桐山…く…」
私は思わず口唇を押えた。
顔全体が、赤くなっていくのがわかる。
桐山くんの方は、全然、何事も無かったかのように、
いつもの綺麗な、無表情の顔だった。
「なんで…こんな…こと…」
声がうまく出せなかった。
こんなことされたの、初めてだった。
桐山くんは、淡々と答えた。
「何だか、俺にもよくわからないんだが…佳澄 にそうしてみたいと思ったんだ」
彼はそういうと、またいつものように
左のこめかみを押さえた。
それから少しして、私たちは二人で帰った。
最初は凄く恥ずかしくて、桐山くんの顔がまともに
見れなくて、「わ、私、帰るね!」とか言ってしまったんだけど、
「一人で帰るのは危ない。俺が、家まで送ろう。」
と、全然意識してない桐山くんに、私の方がかえって
馬鹿馬鹿しくなってしまって。
こうして、一緒に帰っている。
私は隣にいる桐山くんを見上げた。
彼の横顔は、月明かりに照らされて、
―凄く、凄く綺麗だった。
この人に、さっき、本当に…キスされたのか。
それを思い出してまた赤面しそうになる。
意識するなと言う方が無理だ。
...なんだか夢でも見てるみたいだ。
桐山くんの顔がふいに私の方を向いた。
思わず私は目をそらした。
鼓動が一気に速さを増す。
「… 佳澄 」
桐山くんは、なんだかとても…
なんだかとても、優しそうな…顔をして。
「また、佳澄とこうして海を見に来たい」
そう言って、固まったままの私の頬に優しく手を添えて、
二度目のキスをした。
その年は、台風とか用事とか、色々重なってしまって、
もう一度桐山くんと海に行くことは出来なかった。
電話で桐山くんは、
「また、来年行けばいいじゃないか」
と励ましてくれた。だから私も、
「うん。また来年絶対行こうね!」
と言ったのだった。
それからも、桐山くんとは何回か出かけた。
その度に、桐山くんは私にキスをした。いつも、何の前触れもなく、突然。
怒るべきなんだろうけど、何故か「やめて」って言う気になれない。
ただ私は顔を赤くしていた。
そんなことをしているにも関わらず、
桐山くんが私に「好きだ」っていうことはなかった。桐山くんは、今までと
何も変わらない態度で、私に接して来る。
意識してるのは、私だけで。
でも桐山くんに、「どうしてキスするの?」なんて
もう恥ずかしくて聞けなかった。それが、どこかもどかしかった。
桐山くんのことが気になる。
でも、これが「好き」って気持ちなのか分からなかった。
私は今まで、こんな気持ちを感じたことがなかったから。
そして、私たちは中三になった。
クラス替えがあって、私はC組、桐山くんはまたB組
になった。
結局一緒のクラスにはなれなかった。
「桐山くん、B組なんだ。いいなあ、楽しそうな人いっぱいで。
充くんとかも一緒なんでしょ?」
「ああ、充も、笹川も黒長も彰も同じクラスだ。」
「へえー、桐山ファミリー勢揃いなんだ。」
本当に楽しそうだ。
B組には結構仲の良かった泉や幸枝、加代子もいた。
「でもまあ、隣のクラスだし、近いからまた遊びに行くね。」
「ああ。」
そうしていつものように時は過ぎた。
桐山くんから何度か電話があって。
私からも何度かかけることがあって。
B組にも、遊びに行って。
今までとほとんど変わらない日々が過ぎた。
五月。
久しぶりに桐山くんと帰りが一緒になった。
「桐山くん、修学旅行に持ってくもの、もう揃えた?」
「ああ。…そう言えばまだだな」
「ええー?あと二週間しかないよ。行かないの?」
「別に、どっちでもいいと思ってたが」
「それなら、行こうよ!楽しくなるよーきっと。」
「それも悪くないんじゃないか」
五月二十一日。修学旅行当日。
少し寝坊してしまった私は、急いで集合先に向かっていた。
よく注意していなかったので、前を歩いていた人にぶつかってしまった。
「あ…ごめんなさい」
そういうと、その人が振り向いた。
桐山くんだった。
「あ…桐山くん」
「― 佳澄 か。」
桐山くんは倒れた私が起き上がるのを手伝ってくれた。
「やっぱり行くんだね。」
「ああ、それもいいんじゃないかと思ったからな。」
「あっち行ったら、写真いっぱい撮ろうね!」
「風景をか?」
「違うよ!桐山くんと私と、みんなでだよ!」
それを聞くと、桐山くんは少しだけ穏やかな顔をした。
後書き
今回で終わらすつもりが...。なんか思ったより長くなりました。
次で多分終わります。暗くなりそうです。苦手な人すみません。
しかし、ボスの別人っぷりが凄い...。ボスはあんなことしませんね。絶対。