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俺がこの世に生を受けた日は、どうした偶然か、ある宗教の祝日と重複していた。
明るく、眩い光に包まれて、…それから一切の光の遮断された暗闇の中一人取り残される。
何もない、誰も居ない、闇の中で俺は一人もがいている。
何かを求めて。…来るはずのない誰かを待って。
聖夜
「桐山くん、そんな格好で寒くないの」
「ああ」
佳澄は自分の手を、ほんのり紅く染まった頬に当てながら桐山に訊いた。
編み上げのマフラーに、厚手のコートを身に纏った、完全防寒の佳澄に比べ、桐山のほうは至極薄着であった。
もう吐息は白くなり、霜の降りる季節。冬真っ只中の、十二月二十五日。クリスマス。
満足な娯楽施設のない城岩町の商店街は、それでも今年最後のイベントに備えて、優雅な装飾が施されていた。
きらびやかに光るライト。窓に吹き付けられた白いスプレー画。深緑のもみの木。真紅のポインセチア。
「ケーキ、美味しかったね」
「ああ」
佳澄は上機嫌のようだった。
つい先ほどまで、二人は桐山ファミリーのみんなで開いたクリスマス・パーティに参加していた。
昨日のイブはクラスの友達ともパーティをしたという佳澄。
「お前、二日連続でケーキもチキンもなんて、太るんじゃねえか」
からかい半分に笹川がそう言ったのに、頬を紅くして抗議していた。
佳澄がどうしてそんなに体重に拘るのか。…桐山には良く理解できなかったが。
ファミリーのメンバーたちが本格的な酒盛りに移ろうとしたところで、二人、抜け出してきた。
城岩町商店街に飾られる、大きなクリスマスツリーを一緒に見たい、その佳澄の願いを叶えるために。
頬に当たる風は、刺すように冷たい。いつ雪が降ってきてもおかしくない。
寒くないの?
よくわからなかった。体感温度はいつもと同じだ。行動に支障をきたすほどではない。
昨晩出席した、毎年父が主催するクリスマスパーティの会場では、完璧な空調整備がなされていたが、
安いストーブひとつしか用意されていなかった充の家も、負けないくらいに暖かかった。
六人で狭い部屋にいたせいだろうか。・・・それとも、他に何か?
ふっと息をつくと、白い煙が立ち昇っていった。
佳澄のほうに視線を落とす。笑顔で応えられた。ほんの少し、心拍数が上がったように感じた。
「桐山くん!あそこ!」
嬉しげな声を上げ、佳澄が指差す。そこには見事にライトアップされたクリスマスツリーがそびえたっていた。
「…あれが」
桐山は僅かに目を細め、ツリーを見詰めた。まぶしいくらいに光っている。
「綺麗だね」
うっとりしたような調子で佳澄が言った。綺麗、と言う感覚はよく分からなかったが、悪くないとは思った。
「ああ」
幻想的な雰囲気。良く見れば、周りには自分たちより少し年かさと思われる男女が数組、仲睦まじげに寄り添っている。
「ここ、絶対桐山くんと一緒に来たかったんだ」
「…そうか」
佳澄の髪を、そっと撫でてみる。不思議と今はそういう気分だった。
前にそうしたときは、子ども扱いしないでよ、と言って佳澄は怒っていたが。
今日は怒らなかった。むしろ、なぜか嬉しそうな顔をした。
「桐山くん」
「何だ?」
佳澄は自分の持っていた大き目の紙袋を探り、二つの包みを取り出した。
「桐山くん、誕生日と同じ日だもんね。ちゃんと二つ用意したよ」
その佳澄の言葉に、桐山は僅かに目を丸くした。
佳澄の気遣いがー予想外のものであったので。
佳澄が差し出した紙包みを、おずおずと受け取る。
「…ありがとう」
「あとで見てね。…恥ずかしいから」
佳澄がちょっと顔を紅くしてそう言ったのに、桐山は頷いた。
紙包みを彼にしては珍しいくらい、大切そうに鞄の中に仕舞った。
「俺も、佳澄に用意してきた」
桐山は自分も佳澄へのプレゼントを取り出した。
「ありがとう」
嬉しそうな顔をして桐山からプレゼントを受け取った佳澄は、しかしすぐに気の抜けたような表情をした。
「どうかしたかな」
「これ。…ヅキちゃんがこういう袋にしろって言ったんでしょ」
「ああ。…なぜ分かるんだ」
「ヅキちゃんが選びそうな柄だもん」
佳澄はそう言って、可笑しそうに笑った。
桐山はそうかな、と言い首を捻った。
包装は、女の子が喜ぶものがよく分からなかったので、月岡にアドバイスしてもらった通りのものを選んだ。
中に入っているものは、自分で、いろいろ考えて選んだ。
これは桐山と、開ける佳澄にしかわからないもの。
「桐山くんの欲しいものって、何?」
「わからない。…何でも俺は構わない」
十二月に入ってすぐに、佳澄とそんな会話をしたことがあった。
俺には良く分からなかった。…本当に。あの時からずっと考えてはいるけれど。
ライトアップがいよいよ映える時刻。桐山と佳澄は、二人で並んで相変わらずツリーを眺めていた。
「来年は桐山くんが本当に欲しいものあげたいな。…考えといてね」
佳澄がツリーを見詰めながら言った。来年のことを考えるのは、少し気が早すぎる気もするけれど。
…俺が欲しいものなんて、あっただろうか。
望めば、大抵のものが手に入る。一度弾いてみたいと言えばバイオリンが届けられ、例え言い出さなくとも定期的に新しい服が
届き、自分はそれを身に着ける。空腹を訴える前に、栄養に配慮された料理が振舞われる。
日常生活において、困ったことなどただの一度もない。けれど。
一度も、「満たされた」と感じたことはなかった。
ふう、と溜息をついた。
…佳澄を見詰める。佳澄は満足げな表情をしていた。
佳澄は、違う?
ふいに、視界が真っ暗になった。
明るい光が消え、何も見えない。誰も居ない。
夢の中と同じだ。
はっとして、目を擦った。
ぼんやりとだが、元の風景が視界に収まってくる。
隣には、ちゃんと佳澄が居た。
つきりと、胸にこみ上げてくるもの。ー安堵感と呼ぶべきものだろうか。
「佳澄。…俺が欲しいものは」
桐山が切り出すと、佳澄は虚をつかれたように顔を上げて桐山を見た。
「…俺が望んでいることは」
闇の中でもがいているイメージが、まだ頭に浮かんでいた。
「俺は、充たちや、佳澄のようになりたい」
自分と佳澄たちとの間の隔たり。
闇はそれを具現化しているかのようだった。
「俺に出来ない何かがある感じがするんだ。」
ーそれができるようにならなければ。
ずっと自分は暗闇の中でもがき続けるのだろうと思った。永遠に。
そこまで話し終えた桐山の顔は、相変わらずの無表情だった。
人形のように美しく。しかしどこまでも熱を伝えてこない。
佳澄は静かに、桐山の話を聞いていた。少し意外そうな顔で。
「…何かって…何かな?」
「よくわからない」
桐山は即答した。佳澄は少し困ったような顔をした。
「桐山くんより私のほうが出来ないこと、いっぱいあると思うけどなあ…」
そうひとりごちてから、佳澄は桐山を見詰めて、言った。
「私は、桐山くんみたいになりたいって思ってたよ。すごいなあって。でも、私が頑張っても、桐山くんにはなれないじゃない?」
「…あぁ」
…確かに、それは、そうだ。
俺と佳澄は、違う個体なのだから。
しかし、俺は…。
「…それに、私は変わらなくていいって思うな」
更に言葉を継ごうとしたところを、佳澄に止められた。
桐山は僅かに目を丸くした。
…なぜ?
佳澄は、真剣な顔をしているように見えた。
「充くんも、笹川くんも、黒長くんも、ヅキちゃんも、みんな桐山くんのこと大好きじゃない」
ふう、と息を吐いてから、佳澄は続けた。
まっすぐに桐山を見詰めて。
「…私も、桐山くんが好き。今の桐山くんが大好き」
こめかみが、鈍く疼いた。
少しだけ。
目の奥が、熱くなったような気がした。
「…好き…」
佳澄の言った言葉を、反復するように口にしてみた。
本の中でしか知らない言葉。良くは理解できない。ただ、相手を肯定する…。
共に在ることを認め、受け入れる。そんな意味を持つ言葉ではなかったか。
自分がそう思われている。そんな自覚を、いまいち持つことはできなかったけれど。
佳澄はぎゅっと桐山の手を握ると、にこっと笑った。
「私、すぐ思ってること顔に出ちゃうから、桐山くんが羨ましいよ」
…悪くない、感じだった。
「…ありがとう」
暗闇の中で、差し伸べられた手を見つけたような気がした。
冷たかった手は佳澄の手に包まれて、温かくなる。
冷たいねえ、と言って佳澄はびっくりしたような顔をして、桐山を見上げた。
「やっぱり、寒かったんでしょ」
「ああ」
桐山は頷いた。
雪は降っていないけれど。空気は凍るようだ。
佳澄の手を、ぎゅっと握り締めた。
そのあと、佳澄を自分の胸に抱き寄せた。
「…桐山くん」
少し小さな、佳澄の声が聞こえる。
「…恥ずかしいよ、桐山くん」
けれども、強いて拒むほどの力もない声。
桐山は佳澄を離さなかった。
…離したくなかった。
もう、欲しいものなんてなにもないのかもしれない。
十五回目の誕生日も。…それから先も、ずっと。
例え暗闇の中に居ても。
今の自分の傍に寄り添ってくれている存在があり続けるならば。
おわり
後書き:一日遅れのメリークリスマス。
イヴにアップしたかったんですが、遅れてしまいました。
ラブ度は低めだし、使い古したネタだけど。
「Special Day」での桐山と主人公の関係の続き。かな。
私の中での設定、桐山の誕生日はクリスマスです。
この話を読んでくださった方と、この話の中での桐山が、少しでも
幸せになれるように。
そう考えて書きました。
そう言う意味では、私の夢小説を書く上での原点に帰った作品ですね。
リハビリ中ですが(汗。
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