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城岩中学校からさして離れていない場所に、新しいコンビニエンスストアが出来たのは、
四月に入って間もなくのことだった。

開店記念ということで、ソフトクリームの試食会などが無料で行われたりして、
その店は盛況を極めた。

一方で、地元の不良グループがたむろする場所にもなった。
県下にその名が知れ渡った「桐山ファミリー」のメンバーたちも、当然。

「ボス、飲み物買ってくるっすよ。何がいいですか」
繁華街に向かう途中、その新しいコンビニの前で、桐山和雄に黒長博はいつもの如く問いかけた。
「…コーヒーを」
そう一言返し、桐山は、真新しいコンビニの自動ドアから見える店内にちらりと目をやった。
あの中がどうなっているのか。
桐山は未だ知らずにいた。



コンビニ



「今日は転校生を紹介する」
新学期最初の登校日のことだった。
三年B組の担任、林田昌朗は弾んだような声で、約三週間ぶりに顔を合わせる生徒たちに告げた。

月村、入ってきなさい」
林田が開いたドアの方を向き手招きすると、間もなく、一人の少女が教室の中に入ってきた。
月村佳澄です。神奈川から来ました。よろしくお願いします」
僅かに緊張したように頬を紅くして、佳澄は軽く会釈をした。

林田はちょっと思案する風に首を捻り、教室を見渡した。
(昌ちゃん、ここ、ここ)
男子不良グループ「桐山ファミリー」の一員、月岡彰がひらひらと手を振り、自分の隣りの空席を指差した。
林田は苦笑し、隣りの佳澄を見た。
「席は、月岡の隣りが空いているな。月村、あそこでいいか?」
「はい」
月岡の正体を当然ながら知らない佳澄は、素直に頷き、指示通り、ドア側の一番後ろの方に位置する
月岡の隣りの席に座った。
「よろしくね。わかんないことがあったら何でも聞いてちょうだい」
「は…はい」
軽くウィンクして、そう言った月岡の容姿と言動とのギャップにさすがに驚き、佳澄は目を何度か瞬かせた。
「おい、ヅキ。いきなりそれじゃ驚いちまうだろ」
「あら。そうかしら?」
黒髪の生徒が大部分なこのクラスにあって、短く明るい茶髪にパーマをかけた、やはり桐山ファミリーの一員である
沼井充が、横から月岡をたしなめるように言ったが、月岡はきょとんとするばかりだった。
そのやりとりがおかしかったらしく、佳澄は微笑んだ。
「まあ、こいつも悪い奴じゃねえから、安心して平気だぜ。よろしくな」
少しぶっきらぼうな物言いではあるけれど、彼の言葉は、佳澄の緊張を解くに十分であった。
「よろしく」
充の言葉にそう返して、佳澄はまた微笑んだ。


それから休み時間になり、最初に声をかけて来た幸枝と話が弾むと、他の主流派の女子たちも集まってきて、佳澄は
なんなくクラスに馴染むことが出来た。

「最初に月岡君に声かけられて、驚いたでしょう?あの人、言いにくいけどちょっと変わってるから」
「うん。最初は。でもすごくいい人だよね。横の人も…」
「ああ、沼井くん?あの人、見た目は怖そうだけど、優しいから大丈夫よ。ただ…」
「ただ?」
幸枝は言葉を濁し、ドア側の、一番後ろの端の席に目をやった。
佳澄は首を傾げ、幸枝が見ているほうに視線を移した。
後ろ髪を長く伸ばした、一風変わったオールバックに、研ぎ澄まされたような、鋭く冷たい目。
溜息が出るほどに美しい少年がそこに座っていた。

「あの人は?」
「桐山くん。沼井くんたちが入ってる、不良グループのリーダーなの」

佳澄は少し目を丸くした。
「そうなんだ。…全然、そんなふうに見えないけど」

ごつい顔にリーゼントの月岡は、オカマ言葉を話す所さえ抜かせば凄みのある不良に見える。
充は女子には優しいようだが、いざとなれば相手に猛犬のように向かっていくような、そんな好戦的な
光を目に宿していた。

けれど、不良のリーダーといわれた桐山はーそんな言葉とはおよそ無縁な、静かな雰囲気を身に纏っていて。
佳澄がじっと桐山を見詰めていると、桐山がつと視線をこちらに向けた。
ーあ。

一瞬だけれど、彼と目が合った気がした。




数日もすると、佳澄は学校に来るのが楽しくて仕方がなくなった。
転校する時は、元居た場所への思い入れも強く、どこか憂鬱な気分だったのが嘘のようだ。
全員と仲良くしているわけでもないけれど、このクラスは佳澄にとってとても居心地が良かった。

越してきて最初の土曜日、佳澄は放課後一人で下校していた。
佳澄が住んでいる場所は、仲のいいクラスメイトとは別方向だったので、その点は少し寂しく思った。

佳澄はまだ見慣れぬ風景を目に留めながら歩いた。
元住んでいた場所よりもずっと、この町は自然が残っていて、新鮮に感じた。

暫く歩いていると、前方から誰かがやって来た。
ーあれって…。
佳澄は幾度か瞬きをした。

黒い学生服を身に纏い、こちらに向かってくるのは、あの桐山和雄であった。



佳澄が足を止めると、桐山も気づいたらしく立ち止まった。
一瞬、固まった。
顔を知らないわけではないが、まだ言葉を交わしたこともない相手。
どう反応していいかわかりかねた。

佳澄がとりあえず軽く頭を下げると、桐山は少し首を傾げてから、言った。
「…月村」
「ーえ」
月村佳澄」
佳澄は目を丸くした。
彼が突然佳澄のフルネームを口にしたので。
「転校生だったな」
桐山は無表情を崩さず、淡々と言った。
「あ…うん」
そう言えば、林田に教室で紹介されたのだ。
名前くらい覚えられていても不思議ではない。
しかしそこでまた、会話が途切れてしまった。

…気まずい。
佳澄はもじもじした。
桐山みたいな人とどう話していいかよくわからなかった。

彼は相変わらずの無表情で、じっと佳澄を見詰めていたが、やがてつとその視線を、道の向かい側にあるコンビニに移した。
佳澄はその視線を追い、目を瞬かせた。
「あ、このコンビニ、こっちにもあったんだ」

やっと話題が出来たと思った。
このコンビニは、元住んでいた場所で、友達と足繁く通った店だった。
全国チェーンの店だから、あって当然といえば当然なのだが、
何だかすごく懐かしかった。

「すごくおいしいんだよ、ここのソフト」
そう言って、佳澄はしまった、と思った。
桐山は無表情のままだった。
彼が、そんなことに興味を持つはずがないのに、余計なことを言ってしまったかもしれない。


「…そうか」
暫くして、彼はぽつりと言った。

「いつも、黒長が買ってくるからいいと言って…俺はまだここに入ったことがないんだ」


佳澄はとっさには桐山の言葉を理解しかねた。
黒長…といえば、あの月岡や沼井たちに混じって、桐山の傍に居る少し背の小さな男の子だ。
彼が進んで、桐山の買い物を引き受けているということだろうか。
佳澄が首を捻っていると、桐山はすっとコンビニのほうに足を踏み出した。

「…ここのソフトクリームが、美味いんだな」
桐山は佳澄のほうを振り返ってそう言い、それからじっとこちらを見詰めてきた。

はっきりとは口にしないが、どうやら、ついてきて欲しがっているようだった。
「…うん」
何だかその様子が可愛く見えて、佳澄は微笑んだ。
二人で並んでコンビニに入った。

ソフトクリームは、ちょうど春にあわせて期間限定の苺味が出されていた。
もうひとつ、バニラ味もあって、どちらも食べたくなった佳澄は、結局ミックスを頼んだ。
桐山も同じものを選んだ。

佳澄が小銭を出そうとすると、桐山に制された。
「たいした金額ではない。俺が出そう」
「え、でもいいよ。悪いもん」
「気にすることはない」

男の子におごってもらったのが初めてだった佳澄は、顔を紅くした。
「…ありがとう」
佳澄が頭を下げると、桐山は不思議そうに首を捻った。


「支払いは、これで頼む」
桐山はレジに並ぶと、光り輝くプラチナカードを差し出して、言った。
店員も佳澄も唖然とした。
そういえば彼は、県下屈指の大企業の社長の御曹司なのだと、誰かから聞いた。



コンビニの前では少し気が引けるので、二人は近くの公園に行ってソフトクリームを食べた。
桐山の食べ方が上品なので、佳澄は思わず見とれてしまった。


「…悪くない」
コーンまで残さず食べ終えて、ぼそりと無表情で呟いた桐山の様子が可笑しくて、佳澄はまた笑った。
何だか桐山の印象が変わった気がした。


公園のある高台から降りる階段に差し掛かったとき、ちょうど、陽が暮れる時間になっていた。

「わあ…」
佳澄は足を止めて、感嘆の声を上げた。
高台から見下ろした、城岩町の家々はオレンジ色の陽に照らされて、とても綺麗だった。
桐山と寄り道をしなければ、うっかり見逃していたであろう風景。

「いいとこだね。城岩町って」
「そうか?」
「うん。ここも、ここに住んでる人たちも、いい人ばっかりだし」
手すりによりかかりながら、佳澄は言った。
桐山はそんな佳澄を黙ってじっと見ていたが、やがて口を開いた。

「俺も」
「え?」
「俺も、中学に入ってから、ここに越してきたから…まだこの町のことは、よくわかっていないかも
しれない」

沈みつつある夕陽のほうに視線を移し、桐山は静かな声で言った。
佳澄は目を丸くし、そんな桐山を見た。
彼もまた、自分と同じようにこの城岩町にまだ馴染んでいないのだ。
それがなんだか、少し嬉しい気がした。
「じゃあさ、これから一緒にいろんなとこ行こうよ」
佳澄がそう言うと、桐山はちょっと驚いたように瞬きをした。

「…そうだな」
それからそっと目を伏せた。
長い睫に縁取られた彼の目は、どこか優しい色を含んでいるように見えた。



公園を出ると、佳澄はふう、と息をついてから、桐山を見上げて、言った。
「…喉渇いちゃった。…桐山くん、またコンビニ寄ってもいい?」
「ああ」

夕焼けに染まったコンビニまでの道を、二人は並んで歩いた。
佳澄にとっても、桐山にとっても、新しい生活が始まろうとしていた。



おわり




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