夏の憂鬱
八月。
お盆を過ぎたら、もう夏休みも残りわずか。
受験生なら、必死に勉強してなきゃいけない時期。
私、
も例に漏れず、進学塾なんかに通ってるけど。
時々意識が飛んでしまう。
「
ー!アイス食べて帰ろうよ!」
「うん」
「どうしたの?なんか顔色悪いよ?」
「え?大丈夫だよ。ちょっと昨日眠れなかっただけだからさ。」
本当は、眠れないのは昨日だけじゃない。
あの日からずっと、熟睡できてない気がする。
新学期が来るのが憂鬱。
このままずっと休みだったらいい。
そうしたら、あの―。
先生と生徒の消えてしまったB組を見なくて済むから。
そこに行っても、誰もいないことを思い知らされずに済むから。
あの日。
旅館に着いても、桐山くんのクラスだけいなかった。
先生は、「バスの事故の関係で、B組は引き返した。怪我人はいない」
なんて、言ってたけど。
何か、胸騒ぎがおさまらなかった。
それは三日間ずっと続いた。
友達と夜まで騒ぎながら、空元気だな、と自覚する。
桐山くんに電話したいな、と思ったが、あいにく今日に
限って携帯を家に置いて来てしまっていた。
私は桐山くんに、帰ったら見せてあげようと思って、
綺麗な風景を沢山写真に撮った。
本当は、桐山くんと撮りたかったんだけど。
桐山くんにもおみやげを買った。
桐山くんも、今年受験生だし、合格祈願のお守り。
こんなのなくても楽勝そうだけどね。
三日目の夕方、
一瞬だけ。
一瞬だけ、凄く頭が痛くなった。
すぐに、おさまったけど。
なんだか身体が寒くなった。
…私、やっぱり。
桐山くんのこと好きなのかもしれない。
今だって、桐山くんのことばっかり考えてる。
…桐山くんはどうなのかな。
好きでもないのに、…キスしたりしないよね?
でも、ただ興味があっただけなのかも。
―本当は、どうなのかな。
帰ったら、聞いてみよう。
恥ずかしいけど。
―桐山くんに、会いたいな。
その夜、夢を見た。
なんだか暗いところに、私と桐山くんは二人きりでいた。
桐山くんは―いつもと同じ綺麗な顔をしていて。
でも何か―凄く悲しそうな顔に見えた。
「―
、俺には時々、よくわからなくなるよ。」
「―え?」
「自分で自分のことが、よくわからないんだ」
桐山くんはそう言って、私の方に身体を向けると、
そっと、私を抱きしめた。
「桐山くん?」
彼に抱きしめられたのは初めてだった。
なんだかいつもと様子が違う。
初めて、キスされた時と同じで。
「―
に―会いたいと思った。…こうしていたいと思ったんだ。」
「桐山くん…」
どうしてだろう、なんだかすごく不安な気持ちに襲われた。
「また、いつでも、会えるよ。帰ってきたら」
私がそういうと、桐山くんは何も言わずに、
じっと私の顔を見つめた。
真っ黒で綺麗な、吸い込まれそうな瞳。
「… 。俺は、今でもよくわからない。」
静かにそういうと、桐山くんはいつものように私にキスをした。
「でも」
そっと顔を離して、桐山くんは、今度はいくらか強い口調で―
それでもやはり、とても静かな調子で、
「こんな風に思ったのも、こんなことをしたいと思ったのも、
が初めてだったんだ。」
桐山くんは私を抱きしめる手に力を込めた。
私も、黙ったまま、桐山くんの胸に顔をうめた。
なんだか冷たい感じがした。
「桐山くん、私も―」
桐山くんのこと…
桐山くんと目が合った。
桐山くんは、やっぱり無表情で。
でもなぜか、私には、とても寂しそうな顔に見えた。
そこで目が覚めた。
六時だった。
皆を起こさないように洗面所へ行き、鏡を見ると
涙を流した痕があり、目も真っ赤だった。
私は、夢を見ながら泣いていたのだ。
皆が起きてないうちでよかった。
顔を洗いながら、さっきの夢を思い出す。
凄くリアルな夢だった。
最後の、桐山くんの―あの顔を思い出して、また
泣きそうになった。
凄く、悲しい顔だった。
…でも、夢だったんだから。
また、会えるんだから。
二十四日は行きと違って、大分早い時間に帰りのバスに乗った。
ぐったりして家に帰って来ると、お母さんが青ざめた顔をして出てきて、
「よかった、
のクラスが選ばれなくて本当に良かった。」
そう言って私を抱きしめた。
…選ばれる?何の事?
「今もニュースでやってるわ。」
お母さんにそう言われてテレビを見ると、五月二十二日から二十三日にかけて
行われていた今年度プログラムについての続報だった。
私が丁度修学旅行に行っていた間に、どこかの中学の生徒達が殺し合って
いたのだ。
少し胸が痛んだけど、それはそれ、知らない中学の生徒の事だから、それ以上
の感慨は沸かなかった。
次のアナウンサーの言葉を聞くまでは。
「対象となっていた香川県城岩町立城岩中学校三年B組の生徒はー」
ーえ?
私は耳を疑った。信じられない思いで画面を見つめた。
「優勝者は男子五番、川田章吾くん。」
知っている人の名前だった。
川田君の顔もテレビに映った。
アナウンサーは政府が発表したことを詳しく伝えていたが、
ほとんど頭に入らなかった。
プログラム担当教官と兵士九人が殺されたとか、
そう、優勝した川田君も遺体で発見されたとか、
確かそんな事を言っていたけど。
私の頭を支配していたことは、たった一つだった。
ー桐山くんは?ねえ、桐山くんは?
修学旅行に行く日、行きに会って話したことが、まるで昨日の事のように
思い出された。
一緒に写真撮ろうね、と言った時の、優しい顔。いつものように、
「それも面白いんじゃないか」と言っていた桐山くん。
桐山くんとの思い出が、一瞬で頭を駆け巡った。
「防衛軍のヘリが毒ガスを散布した為、詳しい現場検証は明日午後になる予定
です。発表があり次第お伝えいたします。」
そこで画面は切り換わった。
私はまだ夢を見ているような気持ちで、画面を見つめていた。
その夜は全然眠れなかった。
私は信じていた。桐山くんが、どんな形であれ脱出して、生き延びていると。
桐山くんなら、出来ない事じゃない。
だから、信じていた。また会えると。
次の日は臨休だった。私は家で朝からずっとニュースを見ていた。
担当教官殺人事件のことなんて、今はどうでもいいと思った。
もう夕方の六時になる頃、続報が流れ、現場検証と、生徒の遺体の回収が
行われたことを告げた。
画面にほんの一瞬、山積みになった死体が映ったが、見ないことにした。
二人、行方不明になっている生徒がいると発表された。
でも、桐山くんの名前は呼ばれなかった。
私には、もうわかってしまっていた。
アナウンサーが死亡した生徒の名前を読み上げていく。
その度に、生徒の顔写真も一緒に画面に映った。
五番まで読み上げた。
ーお願い、言わないで。
わかってても見たくない。聞きたくない。
「男子六番 桐山和雄くん」
名前とともに映し出された、見慣れたオールバックの、
無表情な顔。
わかってても、聞きたくなかったー。
私はその日、一日中自分の部屋にこもって、一人で泣いていた。
もう、会えないんだ。
もう、一緒に海も見れないんだ。
もう、電話もかかってこないんだ。
こんな形で別れるなんて。
こんなことなら、ちゃんと、「好き」だって言えばよかった。
私は、桐山くんのこと、大好きだったよ。
あのとき、夢で会った時やっと気がついた。
桐山くんも、そうだったって、思っていいの?
―教えてよ。
聞きたいことはいっぱいあった。
言いたいこともいっぱいあった。
でも、もう何もかも遅すぎた。
私は去年桐山くんと二人で来た海を、今日も眺めている。
一人で。
隣にいるはずの桐山くんはもういない。
波の打ち寄せる音。
子どもたちのはしゃぐ声。
海で戯れている人たちの声。
強い日差し。
日差しが翳って。
人がどんどん少なくなって。
もうすっかり、暗くなってしまって。
去年と違うのは、
桐山くんが―いないこと。
私は声を殺して泣いた。
たった一人で海を見ながら泣いた。
おわり
後書き 暗い。なんで初ドリがこんなに暗く長く。これはドリームなのか?
なんだか自信ないです。てゆうかパラレルです。桐山はあんな人じゃないです。
終わり方があまりに救いようがないので、ちょっと番外編も考えてます。
見捨てないでやってください。切実。
ちなみにタイトルの「夏の憂鬱」はラルクのアルバム「heavenly」
に入っている曲です。だいぶ昔の曲ですが、最近聴いてこの話を思いつきました。
曲のイメージぶち壊し。 凄くいい曲なので是非聴いてみて下さい。