さようならを言うとき

 どうか気づいて

 あなたには何かが足りなかったこと

 どうかお願い

 あなたはきっと、幸せになる権利を持っていたこと

 さな


  は、今年も会社の繁忙期がひと段落した5月23日、実家のある香川県城岩町に帰っていた。

 父親も母親も、帰るたび少しづつ年老いていった。
 何かあったらいつでもこちらに戻って来いと言われても東京にこだわり続けたのは、
 ふるさとに眠る「彼」の存在を感じる瞬間を少しでも減らしたかったから。

 矛盾しているようだが、彼の命日だけは思い切り感傷に浸りたかった。



 中学生のころの恋人、桐山和雄の命日―。



 告白したのは のほうだった。
 桐山ファミリーのボスという肩書を最初は恐れもしたが、勇気を出した。


 ―放っておけない感じ、と形容すればいいのだろうか。そんな気持ちを彼は に抱かせた。



 「 、俺には付き合うということがよくわからない」
 「教えてくれないか、俺にはよくわからない」

 彼のわからない、を少しづつ減らすために。
 少しでも彼をいい方向に導きたかった。

 傲慢な思いだったかもしれない。彼を「変えたい」だなんて。…



 時には挫けもした。彼は、いつも何も言ってくれなかったから。




 こぼれてもこぼれても注ぎ続けた。底なしのコップに愛情を。
 いつか少しでも彼が何かを感じてくれることを祈って。

 彼が「何かを感じていない」ことに、沼井たちは気づいていなかったのだろうか。

 距離を縮めた後は、悲しいくらいに分かった。彼が抱える「空虚」の存在が。




 「ねぇ、和雄。私は何か、あなたに残せたかな」

 冷たい墓石の下で、物言わず眠る彼に問いかける。
 そこにいない「魂」は、ちゃんと彼の魂は、天国へ導かれただろうか。

 お願いだから、今度生まれ変わってくるときは、幸せになってね。



 最後の年、一緒に行った神社。
 初詣であなたはこんなことを言ったっけ。


 「和雄。…初詣なんだから、ちゃんとお祈りした?なんてお祈りした?」
 「… と仲直りできるように。」
 「……え?」
 「ずっと、『怒って』いたのだろう?」
 「え?怒ってなんてないよ?」
 「よくはわからないが、 は俺といるとき怒っているんじゃないかと思ったんだ」


 そんな風に貴方には見えていたんだね。
 だったら、私が貴方といて、どれだけ幸せだったかも、わかった?


 「 。…どうしたら、許してくれるんだ?」

 少しだけ困ったようにこめかみをいじりながら話す貴方。

 とてもとても、大好きだった。


 私の気持ちも。自分の気持ちも。ぜんぶ、ぜんぶ。


 あなたは理解できたはずだから。


 「私の気持ち、ちゃんとわかったら、ね」

 世界中の知識を詰め込んだというあなたでも、私の気持ち分からないなんて。

 そんなの、悲しすぎるから。



 お願いだから、今度はあなたがとびきり幸せな場所に生まれてこれますように。
 そして、いっぱいいっぱい、幸せを感じられますように。

 できるなら、私もそのそばにいられますように。…


 おわり




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