Cureless

城岩町立城岩中学校三年B組は、今年度のプログラム対象クラスに選ばれた。
それは、クラスメイト同士で殺し合いをすることを意味していた。
そうしなければ、生き残れない。
生きて帰れるのは、たった一人なのだから。


桐山和雄(男子六番)は、
イングラムM10サブマシンガンを手に、診療所へ向かって
集落の中を歩いていた。

彼は左手で腹のあたりをおさえていた。
白い指の間から、真っ赤な血がたらたらと流れ出していた。


コイントスの結果、
桐山はこの殺人ゲームに乗ることに決めた。
彼は彼の指示通りに、南の端に来た桐山ファミリーの
メンバー―つまり、普段彼を慕ってついて来ていた
沼井充(男子十七番)、笹川竜平(男子十番)、黒長
博(男子九番)、そしてたまたまそこに居合わせた
金井泉(女子五番)を、なんのためらいもなく殺した。

最後に沼井充を殺した後、桐山和雄は沼井の穴だらけの
亡骸に触れた。
桐山はこめかみに、不可解な疼きを覚えた。

その時、一瞬だけ、桐山に隙が生まれた。

がちゃっ、という音に反応して、身体をそちらに向けた時だった。
銃声が響き、桐山は腹に鋭い痛みを感じた。
彼はちょっと顔をしかめた以外、ほとんど
表情を変えないまま、狙撃手の方へ向けて、
イングラムの引き金を引いていた。

ぱらららら...、と壊れたタイプライターのような音が響いた。

しかし、距離が離れ過ぎていた。
もうそこに人影は無かった。

桐山は腹に、再びずきり、という痛みを覚えた。

至近距離では無かったため、それ程重傷ではなかったものの、
弾が腹にくい込んでしまっている。

このゲームを、手負いの身で続行することは自殺行為だ。
とりあえず、傷を治療出来る場所を探すのが先決と考え、
桐山はこうして歩いている。

ほどなく診療所が見えて来た。
彼は注意深く、イングラムを構えたまま―、
そのドアを開けた。
先程のこともある。もう桐山に油断は
無かった。

ドアを開けるとほぼ同時に、桐山の視界に一人の少女の
姿が飛び込んだ。

普通ならそこで、彼はイングラムの引き金を引いている
はずだった。

そこにいるのが、 (女子 番)だと
一瞬で気付いていなかったならば。

「桐山...くん...?」
は、ちょっと驚いた顔をして―
しかしすぐに、穏やかな微笑みを浮かべて、
「どうしたの?」と桐山の方を見て尋ねた。

その顔を見て―恐らく、本人も気付いていなかったのだろうが、
桐山和雄の無表情の顔が、ほんの少しだけ緩められた。


は、桐山和雄とまあまあ親しい間柄だった。

桐山はファミリーの人間を除けば、用が無い限り他人と話すような
事はほとんどなかった。
彼の持つ独特の威圧感、恐ろしく整った顔立ち、虚無的な瞳に、
クラスメイトたちも何となく近寄り難い印象を受けていた。
彼に関する噂も物騒なものばかりだった。

しかし、三年生になってからこの城岩中に転校して来た
は、そんな事など全く気に留めていないかのように
席が隣になった桐山に話しかけて来た。
話しかけられれば、桐山も淡々とではあるが返事を返す。

彼女は元々、人なつこい性格なのだろう。それでいて、媚びて
いたりだとか、なれなれしいといった感じは全くしない。
は少し小柄で、美人と言うよりは可愛らしい印象の顔立ち
をしていた。誰にでも気さくに話しかける彼女に、好意を寄せる
者は、男女問わず多かった。
桐山ファミリーのメンバーたちも、「 っていいよな。」などと
話すことがあった。(ヅキは例外としても。)

桐山は、そういう話題に興味が無さそうだった。
ただ、 と話している時、彼の、感情の全くこもっていなかった
瞳に、ほんの少しではあるが―優しく、穏やかな光が宿っていること
があった。その桐山の微妙な変化に気付く者は誰一人として居なかったが。


の問いに答えること無く、
桐山はその場を後にしようとした。
何故、傷の治療という本来の目的を果たさずに立ち去ろうとする
のか、彼自身にもよくわからなかった。
ただ、 の顔を見た時、再び桐山のこめかみは疼いていたのだ。
彼の心拍数は、傷ついたせいもあるのだろうが、通常に比べかなり
上がっていた。それは、とても珍しいことだった。


「あ...待って、桐山くん...。」
のその言葉に、桐山はドアに掛けていた手を離した。
の顔を見つめる。彼女の大きな瞳が、不安そうに揺れていた。
目元が心持ち赤く腫れているように見える。
どうやら は、桐山の様子がいつもと違うと感じたらしい。
無理も無かった。桐山の色白の顔は、普段よりさらに血の気を失っていて、
今にも倒れそうに見えたから。
は桐山の方へ駆け寄り、そして自分が感じた違和感の訳を知った。
―桐山が、傷を負っている事に。
「桐山くん...!どうしたの!?その怪我...!」
「...さっき、撃たれた。少し、油断したよ。」
桐山は特にいつもと変わらない、無機質な声でそう答えたが、
その肩は僅かに上下していた。
「...手当てしなきゃ...。桐山くん、中に入って。」
はそう言うと、桐山の身体を支えるようにしてベッドのある部屋へ
と導いた。
が桐山のことを警戒している様子は全く無かった。
ただ、桐山の身を案じることで頭がいっぱいのようだ。
桐山はそんな を、無表情で見ていた。

「桐山くん、傷見せて。」
ベッドに座った桐山は、 にそう言われると
無言で学生服の上着を脱いだ。
白いシャツの腹部が、血で真っ赤に染まっている。
それを見ると、 は辛そうに眉を顰めた。
桐山には、自分が怪我した訳でも無いのに、何故 がこんな顔を
するのかが、よくわからなかった。
ただ、その顔を見ると、桐山の胸はわずかに痛んだ。

は、救急箱を持ってきて、消毒液を含ませた綿で桐山の傷口を
拭っていたが、次から次へと流れ出して来る血に戸惑っているよう
だった。まして桐山の傷には、弾が食い込んでいるのだ。
はその弾を抜いてあげたかったが、うまくやらないと、桐山
は痛がるだろうし、傷だって悪化してしまうだろう。

桐山は、そんな の様子に気付いたのか、穏やかな調子で言った。
、ピンセットを取ってくれないか。弾は、俺が自分で抜く。」
「...あ...うん、わかった。」

はすぐに従った。
多分、そういうことをやるのは桐山の方がよく知っているだろうと思ったので。
がアルコール綿で消毒したピンセットを渡すと、桐山はためらうことなく
腹の傷にピンセットを刺し込み―、短く息を洩らすと、一気に引き抜いた。
その瞬間、 はぎゅっと目を閉じた。
弾は一個だけだったが、弾を引き抜いた傷口からは相変わらず血がたらたらと
流れ出していて、 にはひどく痛々しく見えた。

は桐山の傷口に、消毒薬を染み込ませたガーゼをそっとあてがい、
包帯を巻いた。
桐山はそんな の様子を、静かに見ていた。
「桐山くん、痛い?...お腹...。」
「...耐えられない程じゃない」
「ごめんね、何か私、結局何もできなくて。」
「いや。」
はまた辛そうな顔で桐山を見ていた。
いつもの明るく、よく笑う とは別人のようだった。



もう時計は六時を十分程過ぎようとしていた。
このゲームが開始されてから四時間近く、桐山が南の端で
沼井たちを殺してからは三時間が経過していた。
つい先程、六時ちょうどに流れた最初の放送で、桐山が殺した
四人を含む九人の名前が呼ばれた。

桐山は特に顔色を変える事無く、放送を聞きながら禁止エリアをチェックした。
この診療所はまだ禁止エリアに入っていないため、何者かがやって来ない限り安全
と言えたが、桐山は警戒を怠っては居なかった。

安心して眠って居る訳にもいかない。ただ、彼は傷を負って
居る分体力を消耗していた。少しでも休んで疲れを取っておかなければ、
これからの行動に支障が出る。

そこで桐山は、 に一時間づつ交代で眠ることを提案し、
つい先程まで仮眠を摂っていた。
そして今は、 が眠っている。

桐山はベッドに横たわったまま、傍らに居る の寝顔を見ていた。
にベッドで眠るよう勧めたのだが、怪我人を床で寝かせる訳にはいかない
が強く言ったので、こうして休んでいる。

―疲れているんだな。
は桐山と違い、仮眠では無く本当に眠ってしまっているらしい。
一時間では目覚めないかも知れない。
桐山が側にいることで、安心しきっているようだ。
この、誰も信じられないはずのゲームの中で。
そして、 は気付いていなかったが、桐山はもう
このゲームに乗っているのだ。

そして、既に四人のクラスメイトを手にかけた。
桐山は、そのことに関して、後悔や罪悪感などというものを
全く感じていなかった。ゲームに乗ることさえ、彼はどちらでも
よくて、コインを投げて決めた位なのだ。
桐山は生まれつきそうだった。
今まで、物事に対し何かを感じたことなど無かった。

ただ、なぜか を殺す気にはならなかった。
それは、いつもの「何となく」や「どちらでもよかった」
と言う気持ちからでは無いようだった。

桐山は静かに寝息を立てている に、毛布をかけてやった。
それが、彼の思いやりなのかどうか。ただ、桐山は が風邪
を引いてはいけない、と思った。

桐山は先程の の、悲しそうな顔を思い出した。
ドアを開けた時、目が少し腫れていたから、自分が来るまでの間
泣いていたのだろう。
は自分と違って、このゲームに参加させられることを悲しんで
いたのかもしれない。

桐山には「悲しい」というのがどんな気持ちなのかわからなかったが。

桐山の傷を見たときも、 は辛そうな顔をしていた。

どうしてそんな顔をするのか、桐山にはよくわからなかった。
その顔を見た時、どうして自分の胸が苦しくなるのかも、
わからなかった。

それから目覚めた と交代して、最後まで眠っていたのは桐山だった。
桐山が目を覚ますと、 は台所で朝食の用意をしていた。

ベッドから起き上がり、上着を羽織って台所に来た桐山に気づくと、
「おはよう、桐山くん。傷の具合はどう?」
と、教室で見せるような、あの屈託の無い笑顔で桐山に微笑みかけた。
「ああ、大丈夫だ。」
「よかったー!」
そう言うと、 はまた嬉しそうに笑った。
それを見た桐山の胸に、何か温かいものが広がったが、
桐山の表情には全く表れることはなかった。

が作っていたのは、と言ってもお湯に溶かして温めただけなのだが、
ポタージュスープだった。
怪我をしている桐山でも食べられる、消化のいいものをと、 が選んだ
ものだった。
桐山は食欲はあったらしく、滞る事無くスープを口に運んだ。
も、食べている時は静かなので、しばしの間沈黙が続いた。
やがて、スープを飲み終えた桐山が口を開いた。
、さっき俺が来た時、何故泣いていた?」
ははっとしたように桐山を見上げた。そこにはいつも通り、
全くの無表情の桐山の顔がある。

「気がついてたんだ。」
「目が腫れていた。」
は桐山に向けていた視線をそらした。そして何か、
辛い事に耐えているかのように、眉を顰めながらいった。
「私ね、まだ信じられないんだ。このクラスで殺し合いしなきゃいけ
ない、なんて。」
「...。」
「分校から出てすぐ、天堂さんが死んでて。そしたら、私の方にボウガン
が飛んで来て。私、怖くて―。もう逃げることしか頭に無くて、気がついたら
ここに来てたの。」
はその時の恐怖が蘇るらしく、自分で自分の身体を抱きしめて震えていた。
「それからずっと、嘘みたいって思ってた。だって国信くんとも、文世ちゃんとも、
さっき、バスの中で話してたばっかりなんだよ、なのにー。」
の目は潤み始めていた。
また、この顔だ。 のこの悲しい顔。
桐山には理解出来ないけれど、見ると、胸が締めつけられそうになる顔。
は何故、そんな顔をするんだ?」
「え?」
桐山の、全く脈絡の無い質問に、 は虚をつかれたような顔をする。
「涙を流したり、顔が歪んだりする時、その人間が苦痛を感じていると
いうことは、知っている。だが、俺はその苦痛がどんな苦痛なのかはわからない。
俺は、傷を負った時以外の痛みというものを感じたことがない。」
は驚いたような顔をしたまま桐山を見ていた。
桐山は珍しく饒舌に続ける。
「俺はこのゲームが始まった時にも、何も感じなかった。ただ、ここへ
来て、 のその顔を見た時―何だか、胸が苦しくなった。それから、
がその顔をする度、胸が痛むんだ。こんなことは、初めてだ。」
はその大きい目をさらに大きくした。
「桐山くんがそう感じるのは、私に対してだけなの?」
「ああ。」
はしばらくの間、戸惑ったように桐山を見ていた。そして、まだ少し目に
涙を溜めていたが、頬を心持ち紅潮させ、はにかんだように言った。
「何か、嬉しいな。それ。」
「...?」
桐山はまたよくわからない、といった顔をした。
「私、さっき桐山くんが怪我してここに来た時、凄く心配したんだよ。」
「何故だ?」

はテーブルの向こうにいる桐山のすぐ側まで来て、
座ったままの桐山の首に手を回して抱きしめた。
が桐山に、そんなことをしたのは初めてだった。
桐山は、黙ったまま、 のなすがままになっていた。
「私ね、初めて会った時から、桐山くんのこと大好きだったんだ。」
は可愛らしく頬を染めて、そう言った。
「大好き...?」

桐山は、自分を抱きしめたままの の方を見て、首を傾げた。
「俺には、よく、わからない。その、好きという気持ちも」
は少し悲しそうな顔を桐山に向けたが、急に恥ずかしく
なったらしく、桐山を抱きしめていた手を解こうとした。
だが、その手は桐山に止められ―、逆に立ち上がった桐山の胸
に抱き寄せられていた。
「桐山くん...?」
学生服ごしでも、桐山の胸が高鳴っているのがわかった。
「だが、さっきの の、笑った顔と、俺を
好きだと言った顔を見た時、何だか、悪くない感じがした。」
「それって...。」

「しばらく、こうしていてもいいかな。なんだか、こうしていると、
よく、わからないがー悪くない気がするんだ。」
は頬を真っ赤に染めたまま、桐山の顔を見上げた。
こんな事をしていても、桐山の表情はいつもと同じで、全く
変わっていない。ただ―錯覚だったのかもしれないけれど、 には桐山の
顔が、いつもより優しい感じに見えた。
は、あとで自分の、普段だったら考えられないような大胆な行動を思い出して
一人赤面することになるのだが、桐山の方は何事もなかったかの如く平然としていた。

この、プログラムという異常な状態の下で―、いや、だからこそというべきか、
何も無い、ただ虚無的な闇が広がっているだけに見えた桐山和雄の心に、ほんの少しだけ、
それは、感情と呼べる程のものであったかはわからないが、確かに何かを「感じる」
気持ちが生まれた。

遅すぎたのかもしれないが。
それでもそれからの桐山は、 と行動を共にしていた。
桐山はそれから先のことを、もし最後に残ったのが自分と だった時のこと
を考えていなかった。いや、考えようとしたが、またこめかみが疼き、胸に痛みを
感じたので、中断した。

今は の側にいる、桐山の頭の中にはそれだけしか無かった。

おわり




あとがき  ああー長かった!私に短編は無理のようです。
毎度ながらボスが偽。主人公もあんまり可愛く書けなかったし。残念。
なんか原作桐山を考える時、どうしてもプログラム関係の話になってしまいます。
本当は明るくほのぼのした話を書きたいのに...。
今回の話、一応プログラム終了まで考えてたんですが、ハッピーエンドで終わらせたく
て、ああいう終わり方にしちゃいました。
今回は桐山が怪我したらどうなるのかなと思って書いたんですが、実際はボスそんなに
鈍くないし、ボスを撃った奴も相当な使い手ですね...。無理やりでしたね。
タイトルはやはりラルクのアルバム「へブンリィ」からお借りしました。
当分アルバムからタイトルお借りしそうです。すいません。



Created by DreamEditor