神様もう一度だけ。


五月。
私、 の好きだったB組の桐山和雄くんは、
修学旅行へ行くはずだったバスに乗ったまま、
二度と戻って来なかった。
桐山くんのクラスがプログラムに選ばれていたことを知ったのは、
もう全てが終わってしまったあとだった。

私は信じられない思いでその知らせを聞いた。
つい二、三日前まで、そうバスに乗り込む直前まで、私は桐山くん
と話していたのに。
桐山くんのお葬式から帰ったあと、私はずっと泣いていた。
私の初恋は、告白も出来ないまま、悲しい形で終わった。

それからあっと言う間に時は過ぎ、私は受験を迎え、結構頑張った甲斐も
あって第一志望の私立の女子高に合格した。
卒業式、高校の入学式と慌しく過ぎ、すぐに新しい生活が始まった。
進学校だったので、勉強に付いていくのが大変で、五月の終わりごろには
すっかり私は「五月病」に罹ってしまっていた。
なにをするのにも疲れてやる気が出ない。学校は友達もいるし楽しくないわけ
じゃないけど、今月に入ってもう四回も休んでしまった。
何気なくカレンダーを見ると、今日が五月二十三日だと気付いた。
―ああ、もう一年になるんだ。
去年のこの日、桐山くんは銃で頭を撃ち抜かれて殺された。

私は服を着替えて、ある場所へ向かって出かけた。

城岩町から電車で三十分位の駅で降りて、バスで十分。
凄く広い、だけど寂しい感じのする墓地。そこが桐山くんのお墓がある場所。
桐山くんの家のメイドさんに、去年聞いたけど、結局まだ一度も行っていなかった。
やっぱり、少し怖かったから。認めるのが。
だけど、今は大分落ち着いたし、気持ちに整理を付けようと思ったから。

桐山くんのお墓は、墓地の端の方に、ひっそりと建てられていた。
まだ真新しい大理石の、桐山くんひとりのためのお墓。
私は買って来たお花を花瓶に生けて、石に水をそっとかけた。
ここには今私の他には誰もいないみたいだった。
いつもだったら怖くなってすぐ帰ってしまっていた。
でも、今は違う。怖いって気持ちより、桐山くんが下で眠っている
ぽつりとひとつだけ建てられたお墓が凄く寂しそうに見えて、私は思わず呟いた。
「ねえ、桐山くん、寂しい?」
返事なんて、返って来るわけ無いけど。

私は本当に桐山くんが好きだったなってここに来て気付いた。
悲しくなった。
「よくわからない」
「よくわからないって…いつもそればっかりじゃん。」
「そうかも知れないな」
「答えになってないよ…って…ええ!?」
ここには私一人しかいないはず。
それでは今の声は?
ぎこちなく顔を後ろに向ける。
「何を固まっているんだ?」

私の目に有り得ない光景が映った。
見間違うはずが無い。
その特徴的なオールバックの髪型と、
凄く綺麗に整った無表情の顔と、
独特の威圧感のある声の持ち主は、
私が知る限り一人しかいない。
その事実を受け入れる前に、私は生まれて始めて
「気絶」していた。


「…うーん…」
頭が痛い。
ああ、何で私こんなところで倒れてるんだろう。
よく覚えてないや。

―え?
「どうしてここに来た?」
―あ…。
思い出した。
もう一度目を擦って、声のした方向を見てみる。
やっぱりそこに居たのは彼だった。
「き、桐山くん…?」
もう二度と会えないと思っていた、大好きな人が今目の前に居る。
嬉しい。凄く嬉しい。でも…。
「夢だよね、これ。だって…。」
だって、桐山くんは…。
「夢じゃないんじゃないか?」
桐山くんが無表情のままで言った。
古典的な方法だけど私は頬をつねってみた。
痛い。夢じゃない。

確かに目の前に桐山くんがいる。
「どうしてここに来たんだ、 。」
「え?あ…それは…その…」
私は顔を真っ赤にしていた。

桐山くんとはクラスも違ったし、何度か顔を合わせる度に私が話し掛けてただけ
の仲だったし。普通お墓参りなんてこないよね?
「ごめん、勝手にお墓参りなんて、迷惑だったよね。」
目の前に居る人に向かってお墓参りなんて変な話だけど。
「そんなことは無い。ここに来たのは が初めてだ。」
「え…?」

桐山くんはそう淡々と言ったけど、私はその時何て言えばいいのかわからなかった。
今まで、誰も、来なかったの?
そう言えば花瓶も空だったし、お供え物も何も無かった。
家族の人は?私に場所を教えてくれたメイドさんは?友達は?

私は桐山くんのお葬式を思い出した。何だかあの時悲しんでいるように見える人は誰も
居なかった気がする。
そう言えば噂で、桐山くんは大企業の社長の御曹司だけど、本当の子どもじゃないって
いう話を聞いたことがあった。
それって、何だか……
、何故泣くんだ?」
桐山くんは何とも思ってないみたいだけど、私にはそれが余計悲しかった。
「よく、わかんないよ…でも、こんなの…」
泣いている私を、桐山くんは不思議そうな顔をして見ていた。

「ねえ、桐山くんはいつからここに居たの?」
「よく、わからない。ここが出来てすぐからじゃないか?」
「じゃあ、ずっとここに一人でいたの?」
「ああ。」
私だったら、絶対そんなの耐えられない。寂しくて、どうにかなってしまう。
「私、もっと早く来てればよかったね。桐山くんがここにいるってわかってれば。」
桐山くんは少し首を傾けて、何かを考えてるみたいだった。そして、しばらくして言った。
「…俺は、 に会いたいと思っていたのかもしれない」
「え?」
今、桐山くんなんて?

「…撃たれた瞬間、 の顔を思い出したんだ。その後、真っ暗になって、気がついたら家にいた。俺の葬式をやっていた。そこで が泣いていた。」
その時もいたんだ…。あ、泣いてるのまで見られてた?
何だか恥ずかしかった。
のその顔を見ていると落ち着けなかった。だが俺はその時動けなかった。そうしているうちに は帰ってしまって、しばらくするとまた目の前が真っ暗になって、気がついたらここにいたんだ」
「桐山くん…」
「ここにいても何もすることがないから、俺は考えていた。 が何故泣いていたのか。俺にはよくわからなかった。だから に聞きたいと思った」
桐山くんは去年と全く変わらない、凄く綺麗な顔で私を見て言った。
「どうして、あの時泣いていたんだ?
桐山くんの問いに深い意味は無いみたいだった。
でも、私は、私にとっては大切なことで。
私は、今こそ自分の気持ちを伝える時だと思った。

「私、桐山くんのことが好きだったの。だから、桐山くんが死んじゃったって聞いた時、
凄く悲しくて…それで」
何時の間にかまた涙が溢れてきていた。
でも、ずっと言いたかったことだから、はっきり言えた。
桐山くんを恐る恐る見上げた。反応が怖かったんだけど、桐山くんの顔に特に変化は見られなかった。ただ、繰り返すように言った。
「俺が好き…?俺が死んで悲しい?」
桐山くんはそう呟いて、左のこめかみに触れた。初めて見る仕草だった。
「それは、どういう気持ちなのかな」
「え?」
桐山くんは、不思議そうに私を見て言った。
「好きというのは、死んで悲しいと思うのは、どんな気持ちなのか、俺にはよくわからないんだ。」
私はびっくりして桐山くんを見つめた。本当にわかってないみたいな様子だった。
そういえば、桐山くんと話してると、いつも必ず「よくわからない」って言葉が出て来た。

「あの…上手く言えないけど…私は、その人とずっと一緒にいたいって気持ちだと思う。だから、…居なくなると、悲しいって思う…」
好きってことを説明するなんて、何だか変な感じだった。
でも、私は少なくとも、そう思ってたから…桐山くんのこと。
「そういうものか…」
桐山くんは真剣に私の話を聞いていた。そして、思いついたように突然こう言った。
といる時、話している時、俺はそれを悪くないと思った。それが、好きと言う気持ちなのかな?」

「え…桐山くん…!?」
一気に顔が真っ赤になった。桐山くんの口からそんなことが聞けるなんて思ってなかったから。
に会えない時、何かいつもと違う、何かが足りない気分になっていたんだ。それはここに居る間中感じていた。」
桐山くんは淡々と言っていたけど、私にとっては凄く凄く嬉しいことで。
桐山くんが私のことを、特別に思ってくれていたなんて。

「それ…もっと早く聞きたかったな」
私は桐山くんの顔を見て、また涙が出て来た。
せっかく気持ちが伝わっても、桐山くんはもう…。
は、今日は泣いてばかりだな。」
桐山くんはそう言って、私の涙で濡れた頬にそっと触れた。
桐山くんの手は、やっぱりもう生きてないっていうことを証明するみたいにひんやりとしていた。



「俺は、きっと、まだ当分はここにいる。」
桐山くんはそう言って、私をじっと見つめた。
その目が少しだけ、いつもより優しそうに見えた。
「また、会える。だから、悲しむことはないんじゃないか。」

「そっか。…そうだよね。」
私は真っ赤になった目を擦って、少し笑った。
「また来るね。」
「ああ。」
桐山くんに見送られながら、私は墓地を後にした。
来る時より大分軽い足取りで。


そして、今。
「桐山くん、ここわかんないんだけど。」
「ああ、ここはこうして…こう考えればいいんだ。」
墓場で中学三年生に数学を教わっている高一の女、約一名。
我ながら情けない。
「凄いねー、桐山くん。どうしてこんな難しい問題解けるの?」
「習ったんだよ」
私も、習ったはずなんだけどね。
あれから私は学校を休むことは無くなり、桐山くんのお陰で成績も良好、友達には頼られるし、何もかも順調な毎日を送っている。
この前までの不調が嘘みたいだ。
今では毎日のようにここに通っている。

は…」
そう言いかけた桐山くんに、私は思いついたように言った。
「あ、そうだ、桐山くん、私のことは じゃなくて でいいよ。なんか苗字だと
堅苦しいしさ。」
それは、本当に思いつきだったのだけど。

桐山くんの口から実際聞くとかなり恥ずかしい気がした。
「何を赤くなっているんだ、 。」
「何でもない…」
桐山くんは不思議そうに私を見て、それからまたとんでもないことを言ってのけた。
と呼ぶなら、俺を呼ぶ時も、和雄でいいんじゃないか?」
「えっ?」
「おかしいかな?」
桐山くんは全然深い意味も無く言ってるみたいだったけど。
呼び捨てがこんなに恥ずかしいなんて、女子高入ってから忘れてたみたいです。
「か…かずお…」
「なんだ、 。」

これって凄く幸せなんじゃないかな。って思った。
桐山くんは…いや、和雄は死んじゃってるけど、きっとこういうのが、私が想像してたような形の、幸せ。
「和雄に…また会えてよかったよ。」
「そうか」

これがいつまで続くかはわからないけど。
ずっと、続いて欲しいと。
和雄とずっと一緒に居たいと。


私は、心からそう思った。


おわり


後書き   砂吐きますね。すみません。しかもベタなタイトル。
前半の暗さと後半の無理矢理な甘さの見事なギャップと矛盾が素晴らしい。
(褒められません)。かなり駄作。なんでまた桐山が幽霊に?
なんか何気に私幽霊話好きみたいですよ。
いつか書き直すかもしれません。たまには甘めな話が書きたかったんです。
精進しますー。すいませんでした。やっぱり桐山は難しいですね。大好きなのに。