Affirmation
何が楽しくて、何がつまらないのか、
ずっとわからなかった。
いつも不思議に思っていた。
笑うこと。
泣くこと。
それが自分にはできない。
そうしている時はどんな気持ちなのか。
ずっと、わからなかった。
「桐山くん?」
「ああ、何だ?
」
桐山は今
と一緒に、城岩町の中でも珍しい、少し洒落たレストランにいる。
中学生の小遣いではとても頼めそうも無い値段のメニューを眺めながら、
は「一番安いの何かなあ…」と呟く。
桐山はそんな
の言葉に、少しだけ目を細めて、言った。
「何でも、好きな物を頼むといい。食事代は俺が出す」
「え?そんな、悪いよ!平気だよ。」
慌てて断る
に、
「気にする事はない。ここに誘ったのは俺だ」
そう穏やかな口調で言った。
桐山と
は同じクラスだ。
委員会が一緒になったのがきっかけで話すようになり、今では一緒に食事をする位の仲になった。
は至極平均的な女の子だ。
目を引くほどの美人ではない。だが、雰囲気になんとなく、周囲を和ませるものがあった。
それは桐山にとっても同じだったらしい。
と居ると、心が落ち着くような気がする。
もっと
と一緒にいたい。そう桐山は思うようになった。
何度も
を誘っては出かけるようになった。
桐山がそのように積極的になったのは、生まれて初めてだったかもしれない。
「本当に、いいの?」
「ああ」
桐山が軽く頷くと、
は途端に笑顔になる。
桐山は、この
の笑顔が、好きだった。
自分には、そんな顔は出来ないから。
「うーん、じゃあ、桐山くんがいつも食べてるのがいいな」
がメニューを桐山に差し出しながら、言った。
桐山は「そうか?」と言うと、
からメニューを受けとり、軽く目を通した後、
「これだ」と、この店で一番高い料理を指差した。
それを見て
は慌てた。
「えっ…こんなに高いの…ほんとにいいの?」
「ああ」
まだ申し訳無さそうにもじもじとしている
をよそに、桐山は近づいて来たウエイターに、慣れた様子で注文してしまった。
やがて料理が運ばれて来た。
はおずおずとフォークとナイフを手にして、料理を口に運ぶ。
桐山はやはり慣れた様子で上品に食事を続けながら、そんな
を穏やかな表情で見ていた。
「すごいおいしい!」
が興奮したようにそう言った。
「私、こんなおいしいの食べたの初めてだよ!」
「そうか?」
「うん。今日来れてよかったよ。本当にありがとね、桐山くん」
は嬉しそうに言って、桐山を見た。
桐山は静かに頷いた。
帰り道。
はいろいろと他愛のない話を桐山にして聞かせた。
桐山は「ああ」とか、「そうか」と軽く相槌を打ちながら、
の話を静かに聞いていた。
ふいに、
が黙った。
不信に思い、桐山は
の方を見た。
「どうした?」
「…ううん、何かさ、桐山くん、つまんないのかな、って」
は少し俯き加減になり、やや小さな声で、そう言った。
その
の言葉に、桐山は少し目を大きくする。
「どうして、そう思うんだ?」
は少しの間の後、桐山を見上げて、言った。
「…桐山くん、あんまり笑ったり、しないから…」
桐山はとっさには答えが返せなかった。
沈黙が訪れた。
は暫くぼんやりと黙ったままの桐山を見つめていたが、やがて、気がついたように、
言った。
「ご、ごめん、急に変な事言って…」
そう言って、また俯いた。
心底、申し訳無さそうな顔で。
桐山は無表情で、そんな
をただ静かに見つめていた。
暫くして、言った。
「すまない。俺は…笑えないんだ」
「え?」
が驚いた様に、桐山を見上げた。
そこにはいつも通り、無表情の桐山の顔がある。
桐山はそっと目を伏せて、言った。
「
が笑っている時は、楽しい時か?」
桐山の突然の質問に、
はまた驚いた様に瞬きをして、桐山を見つめた。
桐山は
を見つめたまま、黙っている。
は少し下を向きながら、「うん」と呟いた。
桐山は「そうか」と言い、また少し目を伏せて、続けた。
「俺もきっと、
といる時に、楽しいと感じていると、思うんだ」
「え?」
は顔を上げて桐山を見た。
桐山は目を伏せたまま、言った。
「だが、笑えない。どうやって笑えばいいのかもわからない。今まで、俺は笑った事が一度もないんだ」
が見ている前で、桐山は淡々と話し続ける。
「
の話を聞くのも、
と出かけるのも、悪くないと思っている。それは、確かなんだが、どうしてなのかな」
「………」
一通り話し終わると、桐山は黙った。
も、黙っていた。
また、俯いたまま。
どれ位そうしていただろう。
立ち止まった二人の横を何人もの人が通り過ぎて行く。
桐山は俯いたままの
を見ていた。
どうしたのだろう、と思った。
俺はやはり
を傷つけたのかな?
そうして、済まないと思う。
笑いたい。
笑うことが出来たら、
を安心させることができるのに。
少し、桐山の胸が痛んだ。
が、顔を上げた。
桐山はほんの僅かに眉を持ち上げた。
はその大きな瞳に涙をいっぱい溜めていた。
「どうしたんだ、
」
桐山は少し驚いた。
自分が
を泣かせるまで、追い詰めてしまっていたとは、思わなかった。
「
、すまない。俺は」
「違うの!」
は一生懸命首を振って、否定した。
そして、言った。
「それで充分だよ、桐山くん」
そう言って、
は笑った。
目に涙を溜めたまま、笑った。
桐山は目を瞬かせた。
の言いたい事が、よくわからなかった。
「
は、今、嬉しいのか、悲しいのか、どっちなのかな」
桐山がぽつりとそう言うと、
は笑って、
「うん。嬉しいよ、すごく」と答えた。
桐山はほんの僅かに眉を顰めた。
また、
に訊いた。
「涙が出るのは、悲しい時ではなかったかな?」
「嬉し泣きだよ」
桐山の問いに、
はすぐに答えを返した。
「さっき桐山くんが言ってくれた事、すごく、嬉しかったよ」
驚いた様に瞬きをしている桐山に、
は訊いた。
「桐山くんは、笑えないって、言ったよね」
「…ああ」
「私には、どうして桐山くんが笑えないのかは、わからないけど」
は桐山を見上げたまま、言った。
「無理して笑ってくれるより、今みたいに桐山くんが自分の気持ちちゃんと言ってくれる方が、私は嬉しいよ」
「………」
黙ったままの桐山に、
は少し申し訳なさそうに言った。
「ごめんね。桐山くんはちゃんと考えてくれてたのに、勝手に誤解して」
桐山は黙っていた。
目の前には
の顔。
泣く事も笑う事も、同時に出来る、
。
と親しくなってから、それをしようと何回試みた事だろう。
結局どちらも出来なかったが。
「…
」
桐山があまり大きくない声で、言った。
「つまらないと思っているのなら、俺は
を誘わないよ」
はその言葉を聞いて、また少し驚いた様だった。
そして、言った。
「桐山くんは、笑えない代わりに、すごく嬉しい事、言ってくれるね」
はごしごしと目を擦った。
笑顔を桐山に向けた。
「また桐山くんとこんな風に出かけたいな」
桐山はまた黙っていた。
の笑顔に、見とれていた。
少ししてから、言った。
「では、またこうして誘ってもいいのかな」
「うん。私でよければ喜んで」
泣いた後のせいか、少し
の目が紅い。
しかしもう
は笑っている。
桐山はそっと目を伏せた。
「楽しみに、しているよ」
桐山がそう言うと、
は笑顔のまま頷いた。
笑いたいと思って居た。
泣きたいと思って居た。
どうしても出来なかった。
その事に絶望していたのかもしれない。
けれど、
は笑えない自分でも、肯定してくれた。
胸に残っていた息苦しさが取れて、酷く温かいものが広がった。
こういう気持ちを、きっと嬉しいというのだろう。
は笑える。
泣ける。
それに、
も自分にとって、嬉しい言葉をかけてくれる。
それなら、自分は。
笑えない代わりに、
自分は
が嬉しくなる様な言葉を、たくさん
に言いたい。
桐山は、そう思いながら、
と並んで帰り道を歩いて行った。
おわり
後書き:滅茶苦茶な話ですが。ずっと書きたかった話だったり。
桐山は頭が凄くいいから、自分の欠陥には薄々気が付いていたんじゃないかなと。
もしかしたらそれを直そうと一生懸命になった事もあるんじゃないかなと。
そんな様子を勝手に思い浮かべて、勝手に切なくなってこの話を書きました。
桐山にはどうすることも出来ない。
笑えないし、泣けない。
でも、それが出来ない事は責めちゃいけない。
出来なくても、仕方ないと、無理矢理にでも肯定してあげたくなった。
自己満です。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
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