「桐山くんっ!」
は思わず叫んだ。
目の前で桐山がゆっくりと崩れ落ちるのを は見た。
悪夢だ。そう思いたかった。
「誰だっ?」
川田が驚いた様な顔でこちらを見、の姿を認めると、さらに驚いた様だった。
「 …さんか?」
川田の目が少しだけ穏やかになった様に見えた。
は川田の怒鳴り声に、一瞬ひるんだが、すぐに、桐山の方へ駆け寄った。
桐山は四肢を投げ出して、倒れていた。
目を閉じていた。
「桐山くん、桐山くん、しっかりして、桐山くん」
何度も呼びかけ、桐山の手を握った。
すっかり冷えていた。
はその手を、ぎゅっと握り締めた。
桐山は、どこを撃たれたのだろう。
彼を抱き起こすと、お腹の辺りが破れて、弾の食い込んだ防弾チョッキが剥き出しになっているのがわかった。
よかった…
は安心して、ぽろぽろと涙を零した。桐山は、痛みに気を失っているだけらしい。
ふいに の手が、ぎゅっと握り返された。
ははっとした様に、桐山を見た。
「…」
「桐山くん?」
は慌てて、桐山の手を握り返してやった。
桐山は僅かに眉を顰め、呼吸を乱してはいたが、薄く目を開けて を見つめていた。
「突然、いなくなるから」
「すまなかった」
は桐山のいつもと変わらぬ様子にほっとした。
「 、離れてろ、そいつは危険だ。」
川田がショットガンを桐山に向けたまま、そう言った。
川田は多少気が高ぶっている様子だった。
腹をショットガンで撃たれて、死なない人間がいるだろうか。
ほんの一日と少し前、この銃に命を奪われた元渕の死に様を思えば。
桐山の不死身さ加減に、川田は動揺を隠せなかった。
ははっとしたように川田を見た。
「やめて、桐山くんは、違うの。私を助けてくれたの」
は必死にそう言うと、桐山を庇うように、川田の前に出た。
川田は驚いた様に、眉を持ち上げた。
「助けた…?」
は頷いた。
「だが、そいつはこのゲームに乗って…」
「…うん。でも、桐山くんは、私を生き残らせようとしてくれてたの。だからー」
は、少し何かの痛みに耐えるような顔を川田に向けた。
「撃つなら、私をー」
「川田」
の言葉を遮るように、桐山が小さい声で言った。
「このゲームに乗って、何人も生徒を殺したのは俺だ。 は関係ない」
「桐山くん!」
「俺を撃ってもいい。だが、は関係ないんだ。だから、を連れて、脱出して欲しい」
桐山はそういうと、少し、咳き込んだ。
つっ、と、桐山の形良い唇から、紅い血が線をひいた。
「だけは…助けて欲しいんだ」
そう言った桐山の顔は、相変わらず無表情だったが、その冷たい瞳はなぜか必死そうに見えた。
川田は、暫し驚いた様に、そんな桐山を見つめていた。
―俺は、ひょっとすると、少しこいつを誤解していたのかもしれない。
「桐山くん…」
の瞳から、涙が筋を引いた。桐山が、初めて を「」と呼んだ。
でも、どうしてこんなに必死になって、桐山は自分を守ってくれようとしたのだろうか。
わからなかった。
ずっと、わからなかったのだけれど。
ただ、言えるのは。
そうしてくれる桐山を、自分は大切に想っている、と言う事だった。
「川田!」
トラックの陰から出て来た七原が、川田に言った。
「…こいつの事…俺は絶対に、許す気なんてないけど。でも」
少し、間があった。
「もう、桐山は戦えない。このまま脱出すればいいじゃないか。さんも―」
「何を勘違いしてる?」
「え?」
七原が、唖然とした顔で川田を見た。
川田の顔は冷酷そのものだった。
七原は背筋に寒気が走るのを、感じた。
「こいつには感情がない。このゲームに乗った理由もない。を、助けたのだって、ほんの気まぐれかもしれない。いや、仮に本気だったとしても、こいつは人を殺しすぎた。
お前だって、見てただろう?」
「川田!」
「違うよ!川田くん!」
が必死そうに言った。
「桐山くんは、崖から落ちかけた私を、禁止エリアになりそうな所なのにわざわざ戻って来て、助けてくれたの。気まぐれでそんな事、出来ないよ」
の目は潤んでいた。
その の様子に、川田は一瞬だけ、ふっと寂しそうな表情をつくった。
それに七原は気付いた。
―川田?
何を考えて…
しかし川田は、銃口を下げなかった。
「いずれにしろ、もう遅い」
川田の顔から感情が一気に払拭された。
の顔から、血の気が引いた。
「お前は、人を殺しすぎたんだ、桐山」
「やめてー!」
の悲痛な声が響いた。
は桐山の前に出ようとしたが、辛そうに起き上がった桐山に、止められた。
桐山は の顔を少し見て、僅かに目を細めると、そのまま、瞼を閉じた。
自分を襲うであろう、銃弾を受け入れようとするかのように。
「いいんだ、 。これで」
そう一言だけ、桐山は言った。
どこか優しい声だった。
どん、どんと二回、ショットガンの銃声が響いた。
「川田くんたち、大丈夫かな」
「ああ、多分、平気だろう。川田たちには行く宛があるようだから」
桐山と は二人で明け方の海岸を歩いていた。
「桐山くん、平気?寒くない?」
「大丈夫だ。問題ない」
桐山は に自分の学生服を羽織らせてくれた。
濡れ尽くしたシャツには所々銃弾が食い込み破れた痕があり、痛々しく見えたけれど。
とにかくこうして二人、生きてあの島を脱出出来たのだ。
桐山との約束は、守られた。
それは、川田のお陰だった。
川田は首輪の外し方を知っていたのだ。
あの時銃を撃ったのは、囮だった。
首輪には、盗聴器がつけられていたので。
決して話さぬよう目で合図したあと、川田は慎重に七原と典子、そして と桐山の首輪を、外してくれた。
それから川田の話した計画に従って、五人は協力して坂持たちを倒した。
は桐山の、先程あんなに苦しんでいたとは思えない程の戦い振りに驚くばかりであった。
桐山は、「攻撃を受けてから立ち直る為の訓練も受けていたんだ」と言っていたけれど。
それから、五人で船に乗った。
は暫く典子と、プログラム中あった出来事について話し合っていたし、
七原は川田に代わって操縦を任されていた。
桐山も途中まで引き受けていたのだが、交代した。
桐山が七原と操縦を交代して戻って来ると、川田が一人で海を眺めていた。
「何だかさっきまで俺たちを殺そうとしてきたやつと同じ船に乗ってるってのは複雑な気持ちだな」
川田は後ろを振り返らずに言った。
「すまなかった」
桐山が淡々と言った。
「まあ、お互い様だ。俺たちも、お前を殺そうとしてたんだから」
「………」
沈黙が訪れた。
「なあ、桐山」
「なんだ?」
「の事、好きだったのか?」
桐山の方を、川田は振り返った。
桐山は、少し俯き、こめかみに手を当てていた。
「どうした?」
「…わからない。わからないんだ」
川田は目を丸くした。
桐山が、酷く戸惑っている様に見えたので。
「ただ、 の事を見ていたいと思った。をと呼んでみたいと思った。
このゲームの間中、 の事ばかり、考えていた」
その答えに、川田はまた目を大きくした。
すぐに、その目が優しく細められた。
「それが、を好きって事なんじゃないか」
桐山は、目を瞬かせた。
「…そうなのか?」
「ああ、きっとそうだよ」
桐山は、まだ戸惑っているようだった。
川田はそんな桐山から視線を外した。
こいつは、一年前の俺と、同じ事をしたんだ。
俺も、慶子を守りたかった。
二人で一緒に、生きて帰りたかった。
少し、羨ましいな。
俺には、こいつを裁く権利はない。
俺も、慶子を守る為に、何人も殺したんだから。
今となっては意味があるのかどうかー。
川田は桐山を見た。
桐山は、思いつめたように典子とデッキで話す を、どこか優しい目で見つめていた。
川田は、また少し笑った。
ああ、これがその「意味」ってやつかも知れない。
船が陸に着いた。
は何度も何度も川田に礼をいい、七原と典子に半分泣きそうになりながら別れを告げた。
それから後は、別々だ。ニュースを見ない限り、お互いの消息を知る手段はもうない。
桐山と が、先に船を出た。
もう、沖木島は見えない、陸地。
それを思うと は複雑だった。
あの島には、今もクラスメイト達の死体が転がっている。
今、こうして自分が生きているのは申し訳ない事の様な気がした。
雪子も友美子も、泉も、とても大切な友達だった。の胸が締め付けられる様に、痛んだ。
―ごめんね。
が辛そうにしているのに何となく気付いたのか、桐山がそっと の方に視線を落とした。
は桐山を見上げた。
「桐山くん」
「何だ?」
何度目かわからない問いかけ。
「これから、どうするの?」
桐山は、滞る事なく、その の問いに答えた。
「 と一緒にこの国を出る」
桐山はそう言うと、 の手をそっと取った。
「俺はもう家には帰れない。俺と一緒に来てくれるか、 」
は顔を紅くした。少し俯いて、言った。
「うん、もちろん」
と桐山は一緒に歩いた。
これからは、二人きりで。
決して楽ではない生活を始める事になるのだけれど。
少しも、怖くなかった。
家に帰れない事も、もう気にならなくなった。
不思議な事に。
「」
「何、桐山くん」
「の事を、と呼ばせてくれないか」
がびっくりした様に桐山を見上げた。
桐山は相変わらずの無表情で、続けた。
「ずっと、そう呼んでみたかったんだ」
はまた少し照れた様だった。
桐山の顔を、 は見た。
は、微笑んだ。
「いいよ」
桐山の手を、優しく握って、 は桐山に訊いた。
「私も桐山くんの事、和雄って呼んでいい?」
桐山は少しの間、黙っていた。こめかみが疼くのを、桐山は感じていた。
の手を、桐山は握り返した。
「ああ、構わない」
桐山はそう言うと、を抱きしめた。
「ずっと、こうしたかったんだ、」
こうされるのは、随分と、久しぶりのような気がした。
桐山の胸が高鳴っていた。
はその桐山の背に、優しく手を回して、目を閉じた。
「私も、同じだよ、和雄」
それから二人で歩き出した。
これから何が起こるか想像もつかない。
けれど。
二人一緒なら。
楽天的かもしれないけれど。
「きっと、大丈夫だから」
は桐山の手を握った。
の気持ちに答える様に、桐山はまた の手を握り返してくれた。
今度は、冷たくなかった。
桐山の手は、とても温かくなっていた。
おわり
2007/09/28
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