0">第7話・別離
 
 「桐山くん!」

 は俯いて座り込んだ桐山を見て悲鳴に近い声を上げた。銃弾を受けたのは、彼もまた同じだったのだ。

 「…大丈夫だ、 」

 間もなく桐山は顔を上げた。
 その白い顔には、僅かに汗が滲んでいたが、もう苦しそうな様子は無く、やはりいつもの無表情な顔に戻っていた。

 桐山はゆっくりと立ち上がり、腹を押さえていた手を離すと、学生服のボタンを外していった。その中の白いシャツも。
 は目を丸くした。

 「それ…」
 「これがあるから、弾は食らっていない」

 桐山は学生服の下に防弾チョッキを着ていた。あの織田敏憲が身に付けていたものだった。

 防弾チョッキには銃弾が食い込んだ痕が痛々しく刻まれていた。
 はほっと胸を撫で下ろしたが、すぐにまた心配そうな顔に戻って、言った。

 「でも、今、痛そうだったよ?」
 「ああ、これは、衝撃までは吸収出来ないらしい。多少の痛みは感じる」
 「大丈夫?まだ痛い?」
 「…少しは」

 息が詰まるらしく、僅かに掠れたような声で桐山は答えた。無理をしていることは明白だった。
 は、自分でもほとんど意識せずに、その桐山の、弾が食い込んだ腹の部分に、そっと手を伸ばして触れた。

 「 ?」

 桐山は、驚いた様に僅かに瞬きをして、 を見つめた。
 はそのまま、桐山が痛がらない様に、桐山の腹を優しく撫でた。

 そんな事をしても、何にもならないと分かってはいても、は耐えられなかった。桐山が痛い思いをしている事に。


 を見つめる桐山の目が、すっと細められて、穏やかな表情を形作った。
 自分の腹を撫ぜるの肩にそっと手を置いた。


 「」

 は顔を上げた。
 桐山はそんな の顔を見て、少しだけ眉を持ち上げた。

 はまた、泣いていた。

 「凄く心配したんだから…」

 は心を痛めていた。傷ついて、痛い思いをしているのは、桐山の方なのに。どうしてだろう。
 も、苦しかった。

 桐山は の濡れた頬に、そっと触れた。

 「、泣かない方がいい。…俺はもう大丈夫だ」
 「うん…」

  桐山の白い指を の涙が濡らした。





 が落ち着くのを待って、桐山は灯台の中で見て来た事を話した。
 はその話に大きな衝撃を受けた。
 
 幸枝たちが―。

 幸枝にはるか、聡美、知里、有香、それに祐子といった主流派の女子たちが、この建物の中と外で、みんな、死んでいたと。

 「うそ…」

 「本当だ。中川は、毒薬を飲まされた様な死に方をしていた。多分、仲間割れしたんだと思う」
 そう言った桐山の学生服の背中は、血でべったりと汚れていた。
 最初 は桐山が怪我したのだと思い心配したのだが、「中にいた五人のうちの誰かの血が、テーブルについていた。杉村にやられた時についた」と説明されて、この建物の中に広がる地獄絵図が、嫌でも頭に思い浮かんで来た。
 もう、人が死ぬのには慣れてしまっていたはずだった。

 目の前でもう何人ものクラスメイトが死ぬのを見た。

 けれど。
 もう、残っているのは、桐山と自分を含めて、たったの九人なのだ。

 ゲーム開始から二日で。
 あの、つい最近まで一緒に机を並べていた人たちは。
 バスに乗って、楽しい修学旅行に向かうはずだった人たちの存在は。
 永久に失われてしまった。

 その事に、今更ながら身体が震える程の恐怖を覚えた。
 そして、何とも言えない悲しい気持ちになった。

 「どうして…私たち…こんなゲームに選ばれちゃったんだろう…」

 ひどいよ。

 どうして…



 こんなゲームがあったから、の友達は死んだ。
 けれど、その殺した張本人の桐山とは今、一緒に居る。

 何時の間にか、桐山の事を大切に想っている自分がいる。
 目の前で雪子と友美子を殺し、親友の泉までも殺した、桐山の事を。

 桐山が怪我をしたり、危険な目に会う度に、心を痛めている自分が。



 「」

 桐山が、静かな声で言った。

 「何があっても、 だけは、生きてここから出られる様にする。だから、が心配する事は何もない」

 ははっとした様に桐山を見上げた。

 桐山の顔はやはり無表情。それはいつでも変わらない。

 ただ。
 はこの顔を見ている事で、とても安心できる様な気がした。

 何時の間にか、そうなっていた。
 桐山の無事なこの姿を見ていたかった。


 「桐山くん」
 「何だ?」
 「私、桐山くんと一緒に、生きてここを出たい」

 またの目に涙が溜まり始めた。
 切実過ぎる願いだった。桐山と―せめて桐山と一緒に、生きてここを出たかった。身勝手な願いだとは思うけれど。

 の言葉を訊くと、桐山は僅かに目を細めた。
 桐山は、その美しくも冷たい瞳で、 を真っ直ぐ見つめて、言った。

 「… が、それを望むのなら」
 「…本当?」

 は桐山を見つめた。
 震える声で、言った。

 「本当?約束、だよ?」
 「ああ。約束する」



 その桐山の言葉を聞くと、はやっと笑顔を取り戻した。
 「よかった…」

 目に涙を溜めたまま、 は嬉しそうに笑った。
 桐山はそんな を、無表情だが、どこか穏やかな顔をして、見つめていた。











 外では雨が降り始めたらしく、跳ね返った水滴が窓を叩く音がしていた。

 桐山は腕の時計に目をやった。
 …三時半か。

 桐山はそのまま、その視線を自分にもたれかかって眠ってしまっている の方へと移した。

 一時間程前、 と桐山は灯台を離れて、島の観光協会の建物の近くの民家に入った。

 桐山がソファに座ると、 はその隣に座った。少し休んでいると、 はうとうとと眠そうに目をこすりはじめた。

 「…眠いか? 」
 「うん…ちょっと」



 無理も無かった。
 はこの二日間、一人で彷徨っていた時間も含めて、ろくに眠っていなかった。
 それは、桐山にも同じ事が言えたのだが。
 緊張がほぐれてきたせいもあるのだろう。常人であるなら尚更。

 桐山はそんな を見て、目を細めて、言った。

 「少しなら、眠ってもいいんじゃないか。時間が来れば起こす」
 「じゃあ、少しだけ…寝ても…いい?」
 「ああ、構わない」

 の瞼が閉じられた。
 「おや…すみ…」



 余程疲れていたと見え、はそのまま深い眠りに入ってしまった。

 桐山は暫くの間、そんなを無表情で見つめていたが、
 ふと思いついた様にその の髪に、そっと触れた。

 桐山はただ、そうしてみようと思っただけなのだが。

 手に触れる柔らかい感触。そのままの髪を撫でた。
 桐山のこめかみが僅かにつきりと疼いた。

 「……」

 桐山はぽつりと呟いた。

 「 …」

 初めて呼んだ、を、下の名前で。
 どうしてだろう、

 桐山は を と呼んでみたかった。
 ただ、それだけ。
 それだけの事なのに。

 桐山はそうして暫くの間 の寝顔を見ていた。

 ―。

 もう一度時計を見ると、桐山は、を起こさない様に、そっと立ち上がった。

 桐山はそのまま歩いて、ドアに手を掛けかけ―の方を振り向いた。

 は相変わらず静かに寝息を立てている。
 桐山はまた、僅かに目を細めた。

 次の瞬間には、桐山の眼に宿っていた優しい光は消え失せ、冷徹な殺人者のそれに戻っていた。

 ドアを静かに開けた。

 そうして、桐山は、段々と激しくなっていく雨の中、
 を置いて、歩いて行った。


 つづく

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2007/08/22

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