「桐山くん!」
は俯いて座り込んだ桐山を見て悲鳴に近い声を上げた。銃弾を受けたのは、彼もまた同じだったのだ。
「…大丈夫だ、 」
間もなく桐山は顔を上げた。
その白い顔には、僅かに汗が滲んでいたが、もう苦しそうな様子は無く、やはりいつもの無表情な顔に戻っていた。
桐山はゆっくりと立ち上がり、腹を押さえていた手を離すと、学生服のボタンを外していった。その中の白いシャツも。
は目を丸くした。
「それ…」
「これがあるから、弾は食らっていない」
桐山は学生服の下に防弾チョッキを着ていた。あの織田敏憲が身に付けていたものだった。
防弾チョッキには銃弾が食い込んだ痕が痛々しく刻まれていた。
はほっと胸を撫で下ろしたが、すぐにまた心配そうな顔に戻って、言った。
「でも、今、痛そうだったよ?」
「ああ、これは、衝撃までは吸収出来ないらしい。多少の痛みは感じる」
「大丈夫?まだ痛い?」
「…少しは」
息が詰まるらしく、僅かに掠れたような声で桐山は答えた。無理をしていることは明白だった。
は、自分でもほとんど意識せずに、その桐山の、弾が食い込んだ腹の部分に、そっと手を伸ばして触れた。
「 ?」
桐山は、驚いた様に僅かに瞬きをして、 を見つめた。
はそのまま、桐山が痛がらない様に、桐山の腹を優しく撫でた。
そんな事をしても、何にもならないと分かってはいても、は耐えられなかった。桐山が痛い思いをしている事に。
を見つめる桐山の目が、すっと細められて、穏やかな表情を形作った。
自分の腹を撫ぜるの肩にそっと手を置いた。
「」
は顔を上げた。
桐山はそんな の顔を見て、少しだけ眉を持ち上げた。
はまた、泣いていた。
「凄く心配したんだから…」
は心を痛めていた。傷ついて、痛い思いをしているのは、桐山の方なのに。どうしてだろう。
も、苦しかった。
桐山は の濡れた頬に、そっと触れた。
「、泣かない方がいい。…俺はもう大丈夫だ」
「うん…」
桐山の白い指を の涙が濡らした。
が落ち着くのを待って、桐山は灯台の中で見て来た事を話した。
はその話に大きな衝撃を受けた。
幸枝たちが―。
幸枝にはるか、聡美、知里、有香、それに祐子といった主流派の女子たちが、この建物の中と外で、みんな、死んでいたと。
「うそ…」
「本当だ。中川は、毒薬を飲まされた様な死に方をしていた。多分、仲間割れしたんだと思う」
そう言った桐山の学生服の背中は、血でべったりと汚れていた。
最初 は桐山が怪我したのだと思い心配したのだが、「中にいた五人のうちの誰かの血が、テーブルについていた。杉村にやられた時についた」と説明されて、この建物の中に広がる地獄絵図が、嫌でも頭に思い浮かんで来た。
もう、人が死ぬのには慣れてしまっていたはずだった。
目の前でもう何人ものクラスメイトが死ぬのを見た。
けれど。
もう、残っているのは、桐山と自分を含めて、たったの九人なのだ。
ゲーム開始から二日で。
あの、つい最近まで一緒に机を並べていた人たちは。
バスに乗って、楽しい修学旅行に向かうはずだった人たちの存在は。
永久に失われてしまった。
その事に、今更ながら身体が震える程の恐怖を覚えた。
そして、何とも言えない悲しい気持ちになった。
「どうして…私たち…こんなゲームに選ばれちゃったんだろう…」
ひどいよ。
どうして…
こんなゲームがあったから、の友達は死んだ。
けれど、その殺した張本人の桐山とは今、一緒に居る。
何時の間にか、桐山の事を大切に想っている自分がいる。
目の前で雪子と友美子を殺し、親友の泉までも殺した、桐山の事を。
桐山が怪我をしたり、危険な目に会う度に、心を痛めている自分が。
「」
桐山が、静かな声で言った。
「何があっても、 だけは、生きてここから出られる様にする。だから、が心配する事は何もない」
ははっとした様に桐山を見上げた。
桐山の顔はやはり無表情。それはいつでも変わらない。
ただ。
はこの顔を見ている事で、とても安心できる様な気がした。
何時の間にか、そうなっていた。
桐山の無事なこの姿を見ていたかった。
「桐山くん」
「何だ?」
「私、桐山くんと一緒に、生きてここを出たい」
またの目に涙が溜まり始めた。
切実過ぎる願いだった。桐山と―せめて桐山と一緒に、生きてここを出たかった。身勝手な願いだとは思うけれど。
の言葉を訊くと、桐山は僅かに目を細めた。
桐山は、その美しくも冷たい瞳で、 を真っ直ぐ見つめて、言った。
「… が、それを望むのなら」
「…本当?」
は桐山を見つめた。
震える声で、言った。
「本当?約束、だよ?」
「ああ。約束する」
その桐山の言葉を聞くと、はやっと笑顔を取り戻した。
「よかった…」
目に涙を溜めたまま、 は嬉しそうに笑った。
桐山はそんな を、無表情だが、どこか穏やかな顔をして、見つめていた。
外では雨が降り始めたらしく、跳ね返った水滴が窓を叩く音がしていた。
桐山は腕の時計に目をやった。
…三時半か。
桐山はそのまま、その視線を自分にもたれかかって眠ってしまっている の方へと移した。
一時間程前、 と桐山は灯台を離れて、島の観光協会の建物の近くの民家に入った。
桐山がソファに座ると、 はその隣に座った。少し休んでいると、 はうとうとと眠そうに目をこすりはじめた。
「…眠いか? 」
「うん…ちょっと」
無理も無かった。
はこの二日間、一人で彷徨っていた時間も含めて、ろくに眠っていなかった。
それは、桐山にも同じ事が言えたのだが。
緊張がほぐれてきたせいもあるのだろう。常人であるなら尚更。
桐山はそんな を見て、目を細めて、言った。
「少しなら、眠ってもいいんじゃないか。時間が来れば起こす」
「じゃあ、少しだけ…寝ても…いい?」
「ああ、構わない」
の瞼が閉じられた。
「おや…すみ…」
余程疲れていたと見え、はそのまま深い眠りに入ってしまった。
桐山は暫くの間、そんなを無表情で見つめていたが、
ふと思いついた様にその の髪に、そっと触れた。
桐山はただ、そうしてみようと思っただけなのだが。
手に触れる柔らかい感触。そのままの髪を撫でた。
桐山のこめかみが僅かにつきりと疼いた。
「……」
桐山はぽつりと呟いた。
「 …」
初めて呼んだ、を、下の名前で。
どうしてだろう、
桐山は を と呼んでみたかった。
ただ、それだけ。
それだけの事なのに。
桐山はそうして暫くの間 の寝顔を見ていた。
―。
もう一度時計を見ると、桐山は、を起こさない様に、そっと立ち上がった。
桐山はそのまま歩いて、ドアに手を掛けかけ―の方を振り向いた。
は相変わらず静かに寝息を立てている。
桐山はまた、僅かに目を細めた。
次の瞬間には、桐山の眼に宿っていた優しい光は消え失せ、冷徹な殺人者のそれに戻っていた。
ドアを静かに開けた。
そうして、桐山は、段々と激しくなっていく雨の中、
を置いて、歩いて行った。
つづく
次へ
トップ
2007/08/22
戻 |
|