0">第8話・こころ
 
 桐山和雄(男子六番)
は降り続く雨の中一人で歩いていた。その足取りはしっかりしたものだった。

 ずきりと腹が痛んだ。桐山はほんの僅かに眉を寄せて、自分の腹を押さえた。

 先程、桐山は杉村弘樹と激しい戦闘を繰り広げた時に、杉村に腹を蹴られた上、銃で八発も撃たれた。
 防弾チョッキごしとはいえ、常人ならば痛みに失神していてもおかしくはない。
 学生服の上からは見えないが、ひどい内出血を起こしていることは確かだ。

 腹の内側から鈍い衝撃が響き続けていた。



 出発する前、が自分を心配して泣いていたのを思い出した。
 最初出会った時、 は自分を恐れ、怯えた様な目で自分を見ていた。
 けれど、そう、二度目に会った時から― に、自分の気持ちを伝えたあの時から、は優しくなった。
 自分に笑顔を向けてくれる様になった。

 
 教室で、よく桐山は授業を聞かずに の顔を眺めていた。
 いつからそうなったのかはわからない。
 ただ、の顔を見ていると、今まで感じたことのない様な、不思議な感覚が胸に生じた。
 それは、とても温かいものだった。
 何回か と目が合った事もあった。しかし は、すぐに目を逸らしてしまった。

 桐山にはその理由がよくわからなかった。ただ、その様な時、左のこめかみが疼いた。
 は友人といる時は楽しそうに笑っていた。
 あの笑顔が自分に向けられたらいい、何となく、桐山はそう思って居た。

 その願いは、叶えられたのだけれど。



 「桐山くんと一緒に、生きてここを出たい」



 ―との約束は、守れないかも知れないな。
 の言葉を思い出し、桐山はそっと目を閉じた。


 「 は家に帰りたいのだろう?」

 民家で休んでいる時にに聞いた。
 は少し考える様に俯き、そして、言った。

 「うん。でも、きっと、もう無理だから」
 「なぜそう思う?」
 「ここから逃げる事になったら、もう立派な犯罪者でしょ?お父さんにもお母さんにも、弟達にも迷惑かけられないよ」

 はそう寂しそうに言った。



 ―俺は。

 俺はどうなのだろう。
 桐山は考えた。別に、帰りたいとは思わない。
 家で待っているのは、

 父親。
 特殊教育。
 ひれ伏す使用人たち。

 今の父が本当の父でない事は随分と前から知っていた。
 一般家庭における「父親」とは違い、遥かに自分に対して冷淡である事も。

 自分に特殊教育を受けさせる理由はわからなかったが、特に拒む理由も無かったから。
 父が望む事には応えて来たつもりだ。
 だがそれは別に自分だからこそ出来る事ではない。

 例えここで自分が死んでも、きっと代わりが用意されるだけだ。
 ゲームが始まってすぐに、桐山はそう分析した。

 だからと言ってその事に関して特に何かを感じた訳では無かったが。
 それなら、自分が家に優勝して帰るより、が生きて帰る方がいいのではないか。
 桐山はただそう考えた。 の代わりは、いないのだから。

 「桐山くんと一緒に、生きてここを出たい」
 「私も桐山くんには、生きてて欲しいと思うよ。だから、どうでもいいなんて言わないで」

 の言葉を思い出した。
 こめかみが酷くうずくのを感じた。
 あのように強く自分を肯定する言葉をかけられたのは、初めてかもしれない。



 桐山は歩き続けた。
 雨に濡れた時計の文字盤を見た。
 もう四時に近い。…急がなくては。



 はまだ眠っているだろうか。
 目覚めたら、どう思うだろうか。

 そんなことを考えているとき、前方で銃声が聞えた。

 ―もう残り少ない生徒が殺し合っているのだ。

 桐山は少し早い足取りでその方向へと進んだ。



 間もなく人影を見つけた。
 桐山はいきなり襲い掛かることはせずに、木陰に隠れ、様子を伺った。
 そこに居たのは琴弾加代子(女子8番)と瀕死の杉村弘樹。

 さっきの銃声は、杉村が撃たれた時のものだろうか。



 桐山は杉村が必死に搾り出した声を聞いた。
 
 「たき火を二つ」
 「鳥の声が聞こえる」
 「七原と中川と川田がお前を助けてくれる」

 確かにそう聞えた。

 杉村はそれから、最期にこう言った。

 「俺、琴弾のこと、好きだぞ。ずっと、とても好きだったぜ」



 それを聞いていた桐山は僅かに瞬きをした。

 「俺はお前が好きなんだ」

 「加代子に、殺されるんならてんで構わないから、だからお願いだ。早く逃げてくれ」

 それだけ言うと弘樹は息をひきとった。



 琴弾は声を上げて泣いていた。

 桐山は無防備な琴弾を殺す気には何故かなれなかった。
 ただ、桐山の脳裏には先程の弘樹の姿が焼きついていた。

 杉村はここで初めて琴弾に想いを伝えたのだ。
 大切そうに琴弾を「加代子」と呼んだ。

 自分の心境と、似ているのかもしれない。
 桐山は思った。
 ではなく「」と呼んでみたかった。

 そして、 が生き残る為なら死んでも構わないと、そう自分は思っている。
 好きという気持ち。

 もし、これがそうだというのなら。



 泣いている琴弾の姿が と重なった。

 桐山のこめかみが疼いた。
 琴弾は、死んだ杉村に縋りつき泣き続けていた。

 桐山は と二人きりになったら、自殺するつもりだった。
 は止めたけれど。

 そうするのがきっと にとっては一番安全だと思ったから。
 だが、微妙に桐山の心は揺れ動いていた。

 自分が死んだら、 はどう思うのだろうか。

 そんな考えが、ふと桐山の頭をよぎった。
 今目の前にいる琴弾の様に、 は自分の死を悲しんで、泣いてくれるのだろうか?


 その時だった。

 「心中するつもり?」

 冷めた女の声が聞こえた。

 琴弾はその女の声に答えた。

 「あたしは、心中する。杉村くんがあたしを好きでいてくれた気持ちと、自分のおろかさと一緒に」

 うなされている様な口調だった。



 「じゃあ、すれば?」

 桐山がまたその女の声を聞いた、それと前後して響いた、二発の激発音。
 桐山は僅かに瞬きをした。

 目の前で琴弾が倒れた。



 撃ったのは、相馬光子(女子十一番)だった。

 光子は、冷めた目で二人の死体を見下ろし、冷たい言葉を投げた。
 光子が、倒れた二人から、武器を取り上げようとした時―。

 桐山は木陰から飛び出し、光子の背後からイングラムの引き金を引いた。

 ぱららら、という撃発音とともに光子の背中が穴だらけになった。

 なぜか、光子をここで撃たなければならない気がした。



 光子はまだ死んでいなかった。
 血を迸らせながら桐山に銃を向けた。

 桐山はまた容赦無く引き金を絞った。



 ぱららら、という撃発音が再び響き、光子の美しかった顔に赤い穴が開いた。
 胸からも、血が迸った。

 光子はにやりと笑って桐山を見た。

 桐山の冷たい表情は凍りついた様に変わらない。何も感じていない。―あくまでも冷静に彼女を見つめていた。

 光子の銃が火を噴いた。

 桐山は胸に四回、鋭い痛みを覚えた。
 それはすぐに鈍い痺れへと変わっていったが。



 もう一度イングラムの引き金を引いた。
 今度こそ光子は倒れた。
 もう二度と、抵抗を見せることは無かった。



 桐山は冷静にその光子から、そして杉村と琴弾から銃を奪った。
 いや、もう死体になっている彼らから「拾い上げた」と言った方が正しかったのかもしれない。






 桐山は木の枝を集めて山をこしらえながら、思った。
 これからが、多分、最後の戦いとなるだろう。



 残っているのは川田、中川、それに七原。あとは―思い出せない。それを片付ければ、このゲームは、終わる。
 少なくとも自分にとっては。



 桐山は考えた。
 だが―



 その後のこと。
 その後の事は、―の顔を見てから、決めようと。



 雨が激しくなってきた。少し肌寒さを感じた。

 会いたい。

 ―に、会いたい。



 桐山はそう思った。早く戦いを終わらせて―の居る所に、帰りたい。
 はきっと、笑顔で自分を迎えてくれるだろう。



 桐山は枝の形を整え続けていた。
 しかし、気がついた様に右手をポケットに突っ込んだ。
 ベレッタM92Fを取り出した。

 そのまま右腕を上げ、二度自分の背後に向けて、撃った。

 どさっ、と音がした。

 桐山は振り返らずに作業を続ける。

 「桐山くんと一緒に、生きてここを出たい」

 もう一度、 の言葉が頭をよぎった。

 桐山は目を細めた。そして、思った。

 考えておこう。



 目の前に二つの枝の山ができた。
 桐山はその山に、ライターで火を点けた。
 雨に濡れてなかなか炎は大きくならなかったが、
なんとか煙は出始めた。



 これからだな。
 桐山は燃える枝の山を見つめながら、思った。



 その桐山の背後、セーラー服の稲田瑞穂(女子一番)が、ナイフを握り締めたまま、倒れていた。


 雨が降り続けていた。空はどんよりと暗いままだった。まるでこれから起こる悪夢を象徴するかのように。



 つづく

次へ

トップ



2007/09/02