0">第9話・願い

「桐山くん?」

目を覚ました は隣に居たはずの桐山の姿が見当たらない事に気付き、慌てて外に出た。
ぱらぱらと音をたてて雨が降っていた。



 「桐山くん…」



 目が覚めた時、の身体には毛布がかけられていて、テーブルに一枚の手紙が置かれていた。
 とても綺麗な字で、こう書かれていた。



 

 勝手に出て行ってすまない。
 だが約束を忘れたわけではない。

 俺は残りの生徒を殺しに行く。

 は人が死ぬのを見るのは嫌だと言った。
 だから が見ていないところで、俺が終わらせる。

 全てが終わったら、迎えに行く。



 はその手紙を見て胸が締め付けられる様な気持ちになった。
 桐山は、に人を殺す所を見せない為に、を危険に巻き込まないために、敢えてを置いて、出て行ったのだ。



 私、最低だ。

 桐山くんの事、勝手に怖がって、逃げた癖に。
 助けてもらったのに。

 桐山くんがみんなを殺すのが怖かった。
 でも、桐山くんが殺したから、私はこうして生きていられる。

 桐山くんのお陰で。

 私なんかが一人でここまで生き残れるわけなかった。
 私、自分の手を汚さずに生き残ろうとしてた。



 はまた涙が溢れてくるのを感じた。
 そんなの、勝手過ぎるよね。

 桐山くんはきっと優勝できる。
 そうしたら、家に帰れる。

 私なんかと一緒に逃げなくても。



 は自分が生き延びる事で頭が一杯になっていた事に気付いた。
 けれど、こうして一人になってみて、思った。

 私が、死ぬ。

 桐山くんが帰って来る前に。私なんかが生き残るより、桐山くんが生き残った方が、ずっと―。

 桐山に渡された銃を、 はぎゅっと握り締めた。



 その時、
 桐山の言葉が頭をよぎった。

 「俺は、が生き残れるのなら、それでいい」

 無表情なのに、必死そうに言った桐山。

 「今はどうでもいいとは思わない。生きていれば を見ていられる」

 そう言って、自分を抱きしめてくれた、桐山。



 今勝手に死んだら、私は桐山くんを裏切る事になる。
 桐山くんはあんなに一生懸命、戦って、怪我までしたのに。

 は涙を堪えた。
 泣いてばかりじゃ駄目なんだ。
 守ってもらってばかりでも、駄目なんだ。

 私だって、生き残りたいなら―。そう思って、首を振った。
 生き残っている人を思い出した。


 は銃を握り締めて、震えた。

 出来ない。
 私には出来ない。

 みんなを殺すなんて、とても。
 涙が零れた。

 ―生き残りたい。
 桐山くんと一緒に。

 でも人は殺したくない。
 私って、何て卑怯なんだろう。

 は頭の中で色々な考えが次々と浮んできて、整理が付かなくなって来ていた。
 精神的に、もう大分疲れていたのかもしれない。



 はまたごしごしと目を擦った。
 思った。

 桐山くんを、探そう。

 そうして、とにかく桐山に戦うのを、やめさせる。

 桐山くんにもうこれ以上人を殺させるのは―嫌だ。
 私を守るために、桐山くんがそんな風に戦うのは、もう嫌だから。



 わがままなのかもしれないけど。もう遅すぎるのかも知れないけど。私はそうしたい。
 正しいか正しくないかなんて、わからないけど。

 は荷物を手にとり、早足で歩き出した。
 もう戦っているのかもしれない。

 でも、今度は一対一とは限らない。
 いくら桐山くんでも―。

 は桐山が腹に怪我をしていた事を思い出し、心配になった。
 桐山は大丈夫だと言っていたけれど、あの無表情の桐山があんなに痛がっていたのだ。
 今も痛んでいるに、違いない。

 胸が締め付けられる様な気持ちになった。



 桐山くん。
 私、桐山くんに、会いたいよ。

 その時、は銃声を聞いた。

 何発か続いた。

 「―え?」

 は心臓が高鳴るのを感じた。戦いは、続いている。―確実に。

 もう、止められないのだろうか。
 放送が流れた。

 杉村と稲田、相馬、それに灯台にいた女子たちの名前が、呼ばれた。桐山の名前は、呼ばれなかった。

 そのことに一瞬 はほっとして―首を振った。不謹慎だ。みんなは、確実に死んでいるのに。
 確かに、とても悲しかったのだけれど。

 桐山が無事だと知った時の喜びが―勝ってしまっていた。

 ああ、けれど、もう止める必要もほとんど無くなってしまった。
 残っているのは―。





 「はーい。これで残り五人になりましたー。聞こえてるかあ、桐山。川田。七原。中川。 。よくがんばってきたなあ。先生、お前たちのこと、誇りに思う」
 坂持のお気楽な放送にももう慣れた。

 もう、自分を含めて五人になってしまった。四十三人もいた、三年B組の生徒は。


 は目を閉じた。
 しっとりと湿った制服が重たく感じられた。

 雨は、冷たい。寒気がした。それは、単に気温が下がって来たせいばかりではないだろう。
 小さく溜息をついて、 は目を開け、空を見た。

 そして、思った。

 桐山くん。
 桐山くんも、寒いのかな?



 はその時、空に立ち上っていく煙が二本あるのに、気付いた。
 ―火事?

 そう考えかけてー、ふっと、ある予感のようなものが、 の頭を掠めた。



 胸騒ぎがする。



 次の瞬間。

 ぱらららら、聞き間違えるはずのない、あの銃声が響いて来た。
 はびくりと震えた。

 ―桐山くん!?

 かなり、近い。
 桐山は、そして、もうわかりきっている、川田たちは、このすぐ近くで戦っているのだ。

 それから、立て続けに銃声が響いて来た。

 の足ががたがたと震えた。

 怖い。

 怖い。



 それでも は、ぎゅっと手にした銃を握り締め、唇を噛んだ。怖がっている自分を戒める様に。

 銃声はひっきりなしに響き続けた。相当激しい戦いである事は、容易に想像できた。
 震える足を、踏み出した。

 身体は危険に身を晒すことを拒み続けている様だった。

 けれど。

 私は―

 私は桐山くんに、会いたい。会って、どうしたいとか、そんな事はわからない。

 ただ、気にかかる。
 桐山が心配で。

 これは恋愛感情とはまた違ったものなのかも知れない。
 そう、あの時からだ。

 桐山が、自分の命はどうでもいいと言った時。
 の事だけはどうでもよくないと言った時。
 その時から。



 何となくわかった。
 桐山は、「愛された」ことがないのだ、と。
 

 は家に帰りたかった。
 家に帰れば優しい両親や、少し生意気だけど、可愛い弟達がいる。

 自分にとって、居心地の良い場所が、 にはある。
 けれど。

 桐山は、きっと違うのだろう。
 桐山は一言も「帰りたい」とは言わなかった。

 このゲームに乗ったのも、ただ選んだだけで、生き残りたかった訳では、ないのだと。
 そんな考えを持つ様になるなんて。
 そんな、悲しいことがあるだろうか?

 桐山は、もしかすると居場所を求めていたのかも知れない。
 その対象が―自分だった。どうしてなのかはわからないけれど。

 もっと早く気付いてあげれば良かった。
 そうしたら、こんなゲームに乗ることも、なかった?

 今思っても、仕方のない事ではあるけれど。


 今は、ただ。桐山に会いたかった。



 その時。
 何かが激しくぶつかる音が、響いて来た。
 その合間を縫うようにして銃声が響く。



 は焦った。
 お願い、間に合って。


 こんな事なら、もっと体育会系の部活に入っておくんだった。
 自分の体力の無さに歯痒さを覚えた。

 息が切れた。
 確かに近づいて来ては、居るはずなのに。

 連続して響く銃声。
 時折耳障りな、キイイイ、というブレーキ音と、ガラスの割れる音。

 そして、桐山のマシンガンとは違う、ぱぱぱ、という激しい音。



 それが、もう数え切れない位、聞えた。
 桐山はたったひとりで、三人を相手に戦っているのだ。

 の胸はきりりと痛んだ。

 一生懸命歩いた。
 走りたかったけれど、どうにも足が動いてくれなかった。

 そして、近づいたと思ったら、また遠ざかって行く様で。



 突如響いた、どん、という鈍い銃声。
 そのすぐあと、ドドドオン、と酷く大きな、何かが転がる音がした。

 そして焦げ臭い匂いがして来た。

 は、はっと耳を澄ませた。
 嫌な予感がした。

 必死に、その音のする方を目指し、は歩いた。
 お願い、無事でいて。―お願いだから。



 視界が急に開けた。
 目の前には、畑が広がっていた。



 そこに何かが転がっている。
 目を凝らした。
 それは、穴だらけの、ライトバンだった。

 しかし、には一瞬それが車なのかそうかさえ判別出来なかった。

 それ位、中に居た者は、やはり車と同じく穴だらけになっているだろうと思われる位。

 「それ」は、ひどい状態だった。

 ―まさか。


 
 は戦慄を覚えた。

 しかし、次の瞬間には、その穴だらけの、ひっくり返った車の運転席から、黒い影が飛び出して来た。

 すぐに、 にはわかった。
 それは―桐山の姿。間違いなく、桐山のー。

 ―桐山くん!



 やっと、やっと、見つけたー。



 しかし、桐山がこちらに気がついた様子は無かった。桐山は素早く手に構えた銃を前方に出して、数発、撃った。

 桐山くんー。

 前にいるのは―川田たちだろう。

 は、早足で桐山が居る方へと、近づいた。それは、とても危険な行動ではあったけれど。



 ただ、 は桐山の側に、行きたかった。それなのに。



 どん、と鈍い音がした。
 は足を止めた。
 信じられない光景が、眼前に広がる。



 桐山は身体を折り曲げて、吹き飛ばされた。
 の目の前で。

 桐山は、どさりと地面に叩きつけられた。



 「―桐山くん!」

 は半ば悲鳴に近い声で、そう叫んだ。


 つづく

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2007/09/08