UNTITLED 〜for her〜

 
 幸せでいて。笑っていて。

 そんな願いが、叶えられたらいいと思っていた。

 

 「泉ー!!」

 「!」

 二人は満面の笑みを浮かべて抱き合った。
 
 「また同じクラスだね!」
 
 幼稚園から小学校、そして中学校でもずっと同じクラスだった大親友の泉と、中学二年生でも一緒になれたことをは心から喜んだ。
 
 泉ー金井泉は県議の娘でお嬢様だったが、それを気取ったところのない天真爛漫な性格で、とはよく気があった。
 

 クラス替えから暫くして、、泉は内海幸枝や谷沢はるかたちが集まってできた「女子主流派グループ」にいつの間にか所属するようになった。
 グループ内でも、潔癖主義の野田聡美は、どちらかというとのんびりおっとりとした性格のや泉には少しつらく当たる部分があったが、何とか仲良くやっていた。
 
 


 「ボス!」
 「…充か」
 「また同じクラスっすね!桐山ファミリー全員揃うなんて」
 「…そうだな」
 「あら桐山くん、相変わらずクールね。」
 「ボスと一緒のクラスになれて…嬉しいよ」
 「充!ここまで来ると腐れ縁だなぁ」

 桐山和雄は、自分を囲んでわいわいと騒ぐ四人の男たちの中で、それでも静かな表情を崩さなかった。
 ―特に何の感情も持たなかったので。

 沼井充。月岡彰。黒長博、笹川竜平。それが彼を慕うグループ―「桐山ファミリー」のメンバーだった。

 高校生にも、地元のヤクザ連中にも決してひれ伏すことのない、最強の集団。それが参謀たる充の「桐山ファミリー」の評価だった。
 もちろん、それは「王」たる桐山の存在を無くしては語れないものだったが。


桐山和雄は、生まれついてから今日に至るまで誰かに「執着」した経験がなかった。
 今自分を慕っている四人にそのことを告げたら、彼らは怒るだろうか。いや、それすらせずに自分から離れていくだろうか。
 ごくたまにそうしたことを考えてみたりもするが、「そう」することに意味が見いだせなかったために、そのままにしておいた。



 変わり映えのしない毎日を、ただ、生きていく。
…充たちと共に過ごす日々はそれでも中学校に上がるまでの日々に比べれば幾らか退屈ではなかったけれど、しかし、 「何か」が足りない感じはぬぐえなかった。



 「そんな毎日」が変わったのは、「彼女」に出会ってからだ。





 B組になって最初の自己紹介。一人の少女の言葉に、桐山はなぜか耳を傾けた。



 「です。趣味は色々ありますが、ピアノ弾くこととか、本読むことが好きです。よろしくお願いします」
 緊張しつつ話すに、目をとめた男子生徒は数人いた。

 その中にいたのが、桐山和雄だった。桐山は彼女をじいっと眺めた。千草貴子や相馬光子のようなぱっと目を引くタイプの美少女ではない。
 (彼女たちにすら、桐山は特に興味を持たなかったが)しかし、雰囲気にどこか優しく、人を癒すような何かがあった。





 「…桐山和雄です。」

 席順に行われた桐山の自己紹介はその一言で終わった。後ろ髪を長く伸ばした、特徴的なオールバック。端正な顔立ち。大企業の社長の息子(庶子?)、不良グループのリーダー。
 彼に関する憶測の渦は、彼の能面のように美しく無表情な顔の向こうに真実を見出すことはなかった。




 はそんな簡潔な彼の自己紹介を、ぼんやりと眺めて終わった。自分とは住む世界が違う人。…それがの彼への評価だった。


 自己紹介から数日たったある日、放課後の教室で、は黒板を消そうと背伸びしていた。

 しかしなかなか上まで消せない。困っているの後ろから、静かな声がした。

 「彰は今日は休みだ。」
 「え…」
 「手伝おう。」


 黒板を消す、少しだけ背伸びしたオールバックの後ろ姿。
 隣の席で、とりあえず共に日直の当番を任された月岡彰の代わりに、桐山は手伝ってくれた。あの不良グループのボスたる桐山が、自分みたいなごくごく平均的な(自分ではそう思っていた)女子生徒の相手をしてくれるなんて、不思議でたまらなかった。





 はしかしその時の事を、特に気に留めなかった。桐山に惹かれているわけでもなかった。
 彼はきっと、たんなるきまぐれで自分の手伝いをしてくれたのだと判断した。

 桐山にとっては、―忘れられない出来事の一つだったのだが。



 「…
 「―え?」
 「いや、なんでもない」

 こめかみの疼きと共に訪れた、胸の高鳴りに。その意味に。
 彼が気がつくのは―そう、その一年と一カ月も先。






 は幸枝や典子と同じように七原秋也に恋い焦がれ、彼の演奏に耳を傾けた。泉は、クラスの女子の多数派に反して、三村信史にひそかに想いを寄せているのだと、知里のいないところで
は聞いた。

 

 ギターを持った聖人、典子がそう形容したのは少々美化しすぎかなとも思ったが、は秋也の生き生きとした姿に夢中になった。
純粋なファンの一人だった。恋愛とはまた違ったものだったかもしれない。

 そんなの姿を、日々桐山は眺めていた。






 そのうち、とうとう好奇心に勝てず桐山はギターを手に入れた。秋也が持っているものの数十倍は値が張るものだが、本人はそれを気に留めなかった。
 ただ、ギターを弾いてみたいと思った。ただそれだけ。



 秋也が弾くように、ギターに手をかける。繊細な指は絶妙な音色を織りなした。
 屋上に響くその音は、下の階には響かなかったが、桐山ファミリーの面々の心をとろかすには十分だった。




 「ボス!すげえ良い曲弾いたっすね!感動しちまいましたよ」
 「なんか、片恋の曲みたいねぇ…いやん、切ない」
 「………」

 その少し後、桐山はただ一度演奏したその曲に名前を付けることなく、ギターをくずかごにつっこんでしまった。


 タイトルは―「無題」。彼女のために。


 
おわり
 
2008/08/25