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「今日はちょっと皆さんに、殺し合いをしてもらいまーす」
「ボ、ボス...こいつは一体―」
「おっ俺は大丈夫だよ、ボスを殺そうなんて思ってない」
「じゃあ脱走するんだな?ここからー」

どっちでもいいと思って居た。
自分には選ぶ基準が無かった。

コインは裏を示した。
このゲームに乗ってみるのも悪くないと思った。

このゲームに、優勝する。
コインが裏を示した時点で、俺は自分の中のスイッチを入れ替えた。
目的を遂行するまで決して止まる事無く戦い続けるように。

「桐山くん、気分はどうだい?」
「いつもと変わりません」
「痛みは?」
「変わりません」

医師は簡単な問診と検温、それに触診を済ませると、
「気にするなと言う方が無理だと言う事は分かっている。だが、いつまでも塞ぎ込んでいては治るものも治らないよ」
穏やかな口調で、そう言い聞かせるように言った。
桐山は無表情のままそんな医師を見詰め、無言で頷いただけだった。

医師が出て行ってしまうと、桐山の病室には再び静寂が訪れた。

普通なら、こんな場所に一人で取り残されたら、寂しいとか、退屈だとか、そんな感情が沸き起こって来るものなのだろう。
桐山は目を閉じた。
自分は、「普通」ではない。
あのゲームに巻き込まれた時だって、特になんとも思わなかった。
こうして生きて帰って来たことにも何の感慨も沸かない。
ただー何かが足りない様な。
そんな感じはずっとしていた。
それが何なのかはわからない。
ただ、「足りない」と意識し始めたのはあのゲームで優勝した、その瞬間からだ。

―何かが足りない。
分からない。

寝返りを打つと、ずきりと腹が痛んだ。
ほんの少し、桐山は眉を寄せた。
腹は特にひどくやられた箇所だった。

薄く開けた目に、偶然映ったものがあった。
―あれは。
そこには白い花束があった。
そう言えばさっき、佳澄が持って来た花束。
そのままにしておいては、枯れてしまうだろう。
桐山は痛みを堪えながら、やっとの事で身を起こし、その花に手を伸ばした。
いつもだったら、そんな花になど興味は示さなかっただろう。
枯れようが枯れまいが、どうでも良かった筈だった。
しかしー今は。
桐山は花束を手にとった。
手折られた花。
自分に贈られる為に。
この花はいずれ枯れる。
だが、少しだけ。
少しだけでも、生かしておきたいと思ったのはなぜなのだろうか。
枯れる事。
すなわち死ぬ事。

ほんの一瞬、桐山の記憶を掠めたのは、自分が手にかけた生徒達の面影。
どうして思い出したのか、良く分からなかった。

佳澄の言葉を思い出した。
「あのね、私...すごく、嬉しくて」
「すごく、心配してたんだ。桐山くんに...もう会えないんじゃないか...って」
「でも桐山くん、ちゃんとこうして帰って来てくれたから...」
生きて帰って来る事。
それを望んでいた訳では無かった。
ただコインが裏を示したから―だから。
「ここから脱出するんだろ、ボス」
充は―クラスメイト達は違ったのだろう。
生きて帰る事が望みだった。

ではこうしてここで生きている自分は何なのだろうか。
―分からない。
分からない事が、多すぎた。
分からないと言えば、佳澄がわざわざここまでやってきた事。
特に親しいわけでもないのに、何故。
佳澄は自分が生きて帰って来たのが嬉しいと言って泣いた。
どうして自分が生きて帰って来た事が嬉しいのか。
ただ、その言葉を聞いた時、あの疼きがやって来たのだ。
―そう言えば、初めてだったかもしれない。
帰ってきてから、初めて。
「嬉しくて」
自分の帰還を歓迎された様な、そんな言葉を聞いた。
病院に運び込まれて、最初にやって来た使用人は、
「お疲れ様でした」と形ばかりの言葉を述べたに過ぎなかった。
それが寧ろ当たり前だと思って居た桐山にとって、佳澄の行為は不思議な
ものに映った。
ただ―悪い気はしなかった。
プログラムが終わってからずっと感じていた「何かが足りない」という気持ちが。
佳澄の顔を見た時、少しだけ満たされたような感じがした。
どうしてかは、分からないけれど。

点滴が繋がったこの状態では水道まで行く事は無理だった。
桐山はナースコールを押し、看護婦を呼んだ。

看護婦はすぐにやってきた。
この看護婦は、具合が悪い所為でもなく呼び出した桐山を咎めるような事はしなかった。
というのも、その少し前に桐山の担当の医師に呼ばれて、こう言い含められたからだ。
「治らない傷じゃない。確かにひどい傷ではあるが―」
医師は少し険しい表情になって言った。
「桐山君に治そうという気持ちが無い限りは...」
「と言いますと?」
「当の桐山君本人に、生きようって気がまるでないんだ」
絶望的な話だったかもしれない。

看護婦は沈んだ気持ちで桐山の病室にやって来たのだが、桐山の持っている花束を見て、
それは少し明るいものへと変わった。
「あら桐山君、どうしたの?この花束」
「お見舞いに貰ったんです」
「あら、そう。良かったわね、お友達?」
桐山がそう問われて、少し困った様な顔をしたので(桐山は佳澄をどの知人に分類すれば良いのか
分からなかったのだ)、看護婦はそれを深読みして、
「それとも彼女かしら?」
少しいたずらっぽく笑ってそう聞いた。
桐山はますます戸惑ったような様子を見せた。

「綺麗なお花ね」
花瓶に花を移し変えながら、看護婦は笑顔でそう桐山に言った。
桐山は無表情で頷いた。


つづく


+++後書き+++
医療的知識皆無な管理人、恥さらしですが(汗)。
なんとか頑張って書いていきたいと思います。
次回は主人公ちゃんと出ます(笑)。