あの時。
何が正しいのか自分で判断する事が出来なかった。
誰かに、教えて欲しかった。
一体自分はどうするべきなのか。
「桐山くん?」
桐山の突然の行動に驚いてか、は少し頬を紅くしていた。
随分と親しくなったとはいえ、にはまだはじらいがあった。
桐山の方もに言われてやっと我に返ったらしく、の腕を掴んでいた手をすぐに
離して、言った。
「何でもない」
桐山自身、少し自分の行動に驚いていた。
俺は何故―に?
ちりっとこめかみが疼いた。
が行ってしまうと思ったらー急に。
「もう、行くんだろう?引き止めて済まなかったな」
桐山はの顔を見て言った。
再びちりっと疼いた。
「良いよ。もう少し居る」
その時が―口を開いた。
桐山はそれでほんの僅かに眉を持ち上げた。
「桐山くん...すごく、辛そう、だから」
は桐山が一度は離した手を、そっと取った。
「私で良かったら、話して?何か、悩んでるんだったら」
の大きな瞳が揺れていた。
どこか悲しそうな顔をしている。
見舞いに来る様になってから、桐山が少しでも痛がる様な素振りをすると、
はいつもこんな顔をしていた。
どうしてそんな顔をするんだ、と聞いたら、桐山くんが心配だからだよ、と答えた。
は俺を―心配してくれている。
最初は何とも思わなかった。
が何を思っていようが、どうでも。
しかし、いつからだろう。
いつからこんなに自分はに頼るようになってしまったのだろうか。
桐山は目を細めた。
別に隠す程のこともない。
になら―話して見るのも、悪くない。
なら―答えを教えてくれるかもしれない。
「」
桐山が呼ぶと、少しの表情が強張った。
「俺にはわからなかったんだ。どうするべきか」
それから桐山は語り始めた。
自分が巻き込まれてきたーあの悪夢の様なゲームの事を。
「俺はどっちでも良かった。ゲームに乗っても乗らなくても。だから、分校を出て最初に女子を見つけた時―考えたんだ。コインを投げて―表が出たら政府と戦う、裏が出たら、ゲームに乗ろうと思った」
は驚きを隠せない様だった。
だが桐山の話を中断させる気は無いのか―ただ黙って、聞いていた。
桐山は言葉を吐き続けた。
「コインは裏だった。その女子を殺した。後から来た黒長は驚いて、俺を殺そうとした。
俺は黒長の首を、同じ様に切った。黒長は死んだ。その後の笹川も同じだった。
怯えながら笹川が鞄から何かを取り出そうとしているのが見えたので、急いで笹川の背後に回って、また首を切った。笹川の持っていたマシンガンを取り上げた」
まるで機械の様に。ただ淡々と。
桐山は自分が見てきた全てを話し続けた。
「充が、最後に来たんだ。充はマシンガンで撃った。あっけなく死んだ」
それではまた少し驚いた様だった。
無理も無いだろう。
桐山とあんなに仲の良かった―少なくともにはそう見えたー沼井充を、殺したのだと聞いては。
「充を殺した後。良く分からなくなった。だがもう決めた事だった。それから先は迷わなかった。
みんな殺した。そういう決まりだと思って居たから」
桐山の口調にも、その表情にも、感情の揺らぎというものがまるで無かった。
「ゲームを終わらせようとしか、思っていなかった。最後に何発か身体を撃たれたが、
気がついたらひとりになっていた。優勝者は俺だ、という放送を聞いたら、急に疲れが出て来た」
それでもその様子はやはり寂しそうだった。には、そう見えた。
桐山はそこで一旦言葉を切り―それからまた続けた。
「俺は別に生きて居たかったわけじゃない」
その言葉は、桐山の真実だった。
「だが、充たちは違っていたのだと思った。金井も、黒長も、笹川も、充も、北野も、日下も、月岡も、三村も、瀬戸も、杉村も、相馬も、稲田も、川田も、七原も、中川も、生きようとしていた。死ぬ直前まで、ずっと」
桐山は自分が手にかけた生徒たちの事を口にした。
桐山にとって不可解な―生への執着を強く持ち、最後まで自分に向かって来た者たちの事を。
「誰かに教えて欲しかったんだ。俺はどうしたら良いかわからなかった。ずっと」
桐山の言葉はどこか悲しげだった。
「...教えてくれないか」
まるで救いを求めているかのように。
「俺はこうして生きて帰って来た。それは正しい事なのか?」
は凍りついた様に黙って、そんな桐山を悲しそうな瞳で見詰めていた。
にはクラスメイトを何の感慨もなく殺したという桐山に対し、不思議と腹立たしさや嫌悪と言った感情を抱く事は出来なかった。
あるのはただ―深い悲しみ。
目の前に居る桐山はひどく不安定な存在に思えた。
理由はわからないけれどー桐山がそんな行動を取ってしまったのは―桐山の所為では、ないのだ。
桐山の独白はにそれを伝えるに十分だった。
懺悔と言っても良かったかも知れない。
桐山は自分の犯した事を罪と認識する事すら出来なかったのだけれど。
桐山くんは、分からないんだ。
それなのに―。
は胸が締め付けられる様な気持ちになった。
は桐山の手を優しく握って、言った
「考えないほうが良いよ」
桐山は少し驚いた様に眉を持ち上げた。
「きっと考えても仕方ない事だと思う」
「なぜだ?」
「当たり前じゃない。そういうものだよ」
は穏やかな声で言った。
香川に越してくる前、は一度だけ―プログラムから帰って来たという生徒を目にした事があった。
家が近くで、たまに遊んでくれた、年上の女の子だった。
大人びた顔立ちに、いつも優しい微笑を絶やさなかったそのお姉さんは、すっかり変わり果てた姿になって帰って来た。
全身傷だらけになった彼女は既に狂気に支配されていた。
それでも彼女の両親は、そんな彼女を抱きしめて泣いていた。
「良く、良く無事に帰って来たね。本当に―もうどこにもやらないからね。もう怖くないからね」
そんな光景を見て、幼いながらもは涙した。
それからほどなく引っ越してしまったので、もうそのお姉さんがどうなったのか知る術は無かったのだが。
それでもその時、が考えた事。
こんなの絶対に―間違ってる。
お姉さんは悪くない。あんな優しかったお姉さんに人を殺させるなんてー絶対に、間違ってる。
口には出せなかったが、はその時から、政府に対する不信を募らせてきていたのだ。
悪いのは桐山くんじゃない。一番悪いのは―。
「そんなに自分のこと、責めないで」
は桐山の手をもう一度ぎゅっと握って、言った。
「正しいとか正しくないとか、そう言う事じゃない。桐山くんが生きてるってだけで嬉しい人だっているんだから」
はじっと桐山を見詰めて、そう言った。
は自分は勿論―きっと桐山の家族も、あの時のお姉さんの家族と同じ様に桐山の帰還を心から喜んでくれたものと、信じていた。
もっともは桐山の家の事情だとか、そんなものは何一つ知らなかった。
ただ思った事を口にしただけの事だったのだが。
「そういう、ものか」
桐山は呟く様に言った。
が顔を上げると、桐山はやはり静かな―しかしとても穏やかな顔をしていた。
「がそう言うのなら、それがきっと正しいんだろうな」
の言葉は自分の答えを持たない桐山にとって充分なものだった。
それまで不安定だった気持ちがやっと落ち着いたような。
そんな不思議な気持ちを、桐山は味わっていた。
父から与えられる答えではない。
のくれた答え。
しかしコインの様に、父の代わりであるとは何故か思えなかった。
桐山は、の言葉を信じようと思った。
「教えてくれてありがとう。」
桐山はをじっと見詰め―静かにそう言った。
はそれに笑顔で返した。
なんか桐山くんにありがとうとか言われると―照れちゃうな。
そんなにたいした事はしていないのに、は少し気恥ずかしい気持ちになった。
でも、さっきよりずっと元気になったみたい。良かった。
「」
「え?」
考え事をしている最中呼ばれ、は慌てて返事を返す。
桐山はが何を驚いているのかわからないといった風に首を傾げ、それから静かな声で言った。
「もう大分暗くなってしまった。―大丈夫か?」
「あ!」
桐山に言われて、は驚いた様に窓のほうに視線を移した。
日はとうに落ち、漆黒の闇が窓の外に広がっていた。
「ごめん、私帰る!」
はそう言って立ち上がった。
そう、さっきの時間ですらぎりぎりだったのに。
―お母さんに怒られるよ...。
「またな」
「うん。またね!桐山くん!」
桐山への挨拶も簡単に済ませてしまい、はとにかく急いで病室を後にした。
が居なくなった後の病室はしんと静まり返った。
桐山は身を起こしたまま、視線を窓の外に向けた。
胸に何かひどく温かいものが広がる感じがして、すっと手を胸に当てた。
さっきのの言葉...悪くない感じがした。
ずっと辛かった気分が嘘の様だった。
もう不安を感じる事も無いのだろうと思った。
暫くぼんやりしているうち、桐山は眠気を感じ始めた。
いつもより―少し、早い。
もう眠っても良い時間だろうか。
今日はたくさん話したから―疲れているのかもしれない。
桐山はそう思い―ベッドに横たわった。
掛け布団を引き上げた。
すぐに深い眠りへと誘われる。
桐山は静かな寝息を立て始めた。
その時。
意識的に抑えた足音が、廊下から僅かに反響して来ていた。
かつん、かつん。
その音はゆっくりと、しかし確実に桐山の病室へと近づいてきていた。
「ごめん、ほんと、すぐ帰るから」
その頃は病院のすぐ外に居た。
母親から携帯で「今すぐ帰れ」ときつく怒られてしまいしゅんとしていた。
恥ずかしいので男の子のお見舞いに行っているとは言っていないのだが。
心配されているのは分かるけど、でも。
まだ六時半じゃない。
桐山くん、夕御飯ちゃんと食べてるかな。
はちらっと病院の方を仰ぎ見た。
ふと思い出す。
今日は急いでたからーちゃんと顔も見ずに別れてしまったけれど。
ははっとした。
そう言えば。
桐山くん、「またな」って―。
初めてだった。
桐山の方から、そんな言葉を言ってくれたのは。
桐山くん...。
は急にまた桐山の顔が見たくなった。
それから、ははっとした。
「いけない、忘れ物―」
桐山の病室に置き忘れてきたものがあった。
バスカードだ。
あれがないと帰れない。
面会時間はもうぎりぎりだった。
急がないと。
はもう一度病院に戻る事にした。
つづく
後書き+++
久々更新。
次回は大波乱です。しかしボス壊してすみません(汗)。