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月村佳澄(城岩町立城岩中学校二年)は、
群がる生徒たちに混じって、背伸びをしながら掲示板を見詰めていた。

今日から二年生の新学期が始まる。
同時に初めてのクラス換えがあり、
一年慣れ親しんだクラスメイトたちと別れることとなっていた。

自分の名前を、懸命に追い求めていた佳澄は、漸く張り出された紙の
中ほどに「月村佳澄」の文字を探し当てた。

「あった!」

佳澄は思わず声を上げた。
佳澄の名前は、二年B組の位置に記されていた。
担任は、林田昌朗。一年生の時にも習ったことのある教師だった。

佳澄、また一緒のクラスね」
佳澄が一年生の時に親しくしていた内海幸枝が、その厚めの唇を緩ませて、微笑んだ。
「うん!」

佳澄は満面の笑みを浮かべる。
新しいクラス。一体、どんな人たちがいるのだろう。元のクラスの人たちと別れるのは寂しいけれど、
今度も皆と仲良くなりたい。

B組には他に、幸枝と同じバレー部の谷沢はるかや、城岩町議のお嬢様金井泉
(ちょっと変わった髪型をしている子だった。それこそ、八十年代のアイドルがしていたような、外巻きヘア)
等、佳澄の顔馴染みが幾人かいた。

「何だかわくわくするね」
「そう?私は少し緊張するな」
幸枝たちと一緒に新しい教室に向かいながら、佳澄は至極上機嫌だった。
これからどんな出来事が待っているのか、そのときの佳澄は知る由もなかった。





「…何か、すごいクラス来ちゃったね」

先生が来る前に、幸枝がごく小さな声で、言った。
「うん…」

佳澄には、教室に入るまでの元気がなくなっていた。
ただただ、他のはるかや金井同様、そのクラスのメンバーに、圧倒されていた。


「光子オ。今夜の例の集まり、どうする?皆来るらしいよっ」
「うーん、考えとくわv」

教室の端で、大げさに足を組みながら(見事な肉付きの、しかししなやかな白い足は見ている此方がどきどきする
位、短めのスカートからはみ出している)、真っ赤なマニキュアを塗っている女の子。
髪は腰まであり、顔は実に芸能人並に美しかったが、中学生らしさは皆無だった。

その女の子と話しているのは、長身の、オレンジの髪をツンツンに逆立てた、目つきの鋭い、パンク風の女の子。
いわゆる、「不良」と言う種類に属する人たちなのだろう。
今までのクラスには、多少崩れてはいても、そのような人たちは居なかったので、佳澄は戸惑った。
…いやむしろ、不良を怖がるというよりは、彼女たちの風貌の奇抜さに面食らっていたのだが。

おかしな生徒は、まだ他にもいた。

教室の中ほどに、ギターを抱えた男が居た。
よくわからない英語(多分、英語)を口ずさむ、そのやたら目の大きな、いかにも熱血タイプと言った少年。
その周りにも何人か集まっていたのだが、会話が「っ!」と「v(語尾のハートマーク)」で交わされているかと思う
位ー何というか、暑苦しい男たちだった。

幸枝がいつのまにか、そのギター男にぽーっ、と見惚れているのを見て、佳澄は開いた口が塞がらなかった。
「素敵よね…あの人っ…」

幸枝にまで、「っ」が移っていた。

「…幸枝の知り合い?」
「そう。七原くんって言うのよ」
比較的冷めた視線で七原を見つめていた佳澄に、幸枝はうっとりとした調子で、言った。



極めつけは。
先の不良少女たちとは反対側の、廊下側の一番隅に集まっている男たちに、佳澄の目は釘付けになった。
…不良、だ。

一目でそれと分かった。
男たちは五人居た。
一人はなかなかの長身で、しかし時代遅れ感の拭えない長ラン、リーゼントと言う容姿。
しかしながら、その男は女物のピンク色のリップクリームを、怪しい黒の手鏡を(アナスイに近いデザインだ)
うっとりと眺めながら、塗っていた。

また他の一人は角刈りに眼鏡をかけ、学ランがはじけそうな巨体だったし、
一人は小柄でてっぺんが黒くなった金色の長髪(これは比較的今時の風貌をしていた)、
もう一人はパンチパーマに短ラン、目が異様にきらきらと輝いたその男は、
残りの一人に、先ほどから熱心に何事か話しかけていた。
この男も語尾に「っ」をつけた。

「ボスっ!俺、ボスとまた同じクラスになれて、幸せっスよッ」
「そうかっ…」

パンチパーマ男は、涙すら流し始めた。
その相手の男は、不気味なほど無表情だったのが、ひどく滑稽に映った。

もう一人の男。
学生服こそ、他の四人と違い校則通り着こなしてはいたがー、

やっぱり変な髪型をしていた。

後ろ髪の長いオールバックに、前髪が一房だけ、はみ出している。
顔は外人並みに彫が深く、美しかったけれど。

ーもっと普通の髪型にしたほうが、似合うのにな。

その男を、佳澄がじっと見詰めながらそう思っていると、幸枝に「あら佳澄、あの人が気になるの?」と
聞かれた。それに「別に」と答えた。

気にならないと言えば、嘘になる。
不思議に目を引く男だった。

「…これから、うまくやってけるかなあ」
「頑張ろう、ね」
自分たちこそは「普通」。
無理やりにでもそう思い込もうとした幸枝たちも、いずれはこのクラスにすっかり取り込まれていく
ことになるのだが。

とりあえず、四人で顔を見合わせてー励ましあった。





放課後、佳澄はひとりで図書室に来ていた。
噂だが、この図書室は昔不良同士の決闘に使われたことがあるらしい。
物騒な話だ。

佳澄はカミユの「異邦人」を手に取った。
ぼろぼろになりかけた新書は、この図書室にある本の中でももっとも古い
部類に入るだろう。

それを手に取ったのは、ただのきまぐれにすぎなかったのだが(実際、めくってみて二、三ページで
後悔することになった。佳澄には理解不能な内容だった)、本をめくりながら、佳澄は奇妙な声を聞いた。

ぱららら。

ーえ?

佳澄は耳を澄ました。
全く感情の篭らない、一種機械が発しているような、不気味な声は、佳澄の背後から聞こえていた。
思わず振り返ると、机一個分隔てた向こうに、オールバックの男がひとりで座って、本を読んでいた。

ーあ。

佳澄は目を丸くした。
それは先ほどのー不良グループの中に居た男だったので。

オールバックの男はじいっと、真剣に本を見詰めていた。それでいて「ぱららら」と思い出したように言う。
何ともおかしな光景だった。

「何故、見ているんだ?」

声をかけられて、佳澄ははっとした。
男はいつの間にかこちらを見ていたのだ。

身体がこわばった。怒らせたら、怖い類の男だ。

「い、いえ…な、何でぱらららって言うのかなって…」

思わず敬語になった。そして、聞くつもりの無かった疑問すら口をついて出た。

「ページを、めくる音だ」
「えっ?」

佳澄はまた目を丸くした。
男の顔は真剣そのものだった。

男の手元には、分厚い本ー人体解剖学、と記された本があった。
何だかこの男がこんな本を読んで一体何を考えているのかー
佳澄はすごく気になった。

「…名前は」
「…え?」
「名前は、何と言うんだ?」

唐突に男が聞いてきた。
幾分低く、よく通る声だった。

「…月村、佳澄」
月村、か」

男はそう呟くように言って、それから本に視線を戻し、ゆっくりと開いた。

「あ…」
名前を聞かれたのだから、当然こちらも聞くべきと思い、佳澄は声を出しかけた。
しかし、男の返答のほうが早かった。

「桐山和雄」

それは、城岩中、いや香川県一強いと噂される不良グループ「桐山ファミリー」
のリーダーの名前だった。

すごいひとと…口聞いちゃったよ…。



佳澄は暫く、自分の本を読まずに桐山和雄を見詰めていた。
桐山は、ページをめくる度に、「ぱらららっ」と呟いた。

とても格好いい男だけにー何と言うか、佳澄はもったいないなあ、という気持ちでいっぱいに
なった。


つづく





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