あの「ぱらららっ」事件以来なぜか良く話すようになった桐山和雄、内海幸枝が恋する七原秋也、そのほか、諸々。
 2年B組にはおかしな人が勢ぞろいしていた。
 このクラスで生活するうちに、はいやでもそれを認識せざるを得なかったがー、直接被害を被る事になるとは思いもしなかった。

 この事件は、そのほんの一例である。

「これ、落としたよ」
 隣の席に座っていた女の子との話に夢中になっていて、その紙が落ちたのに気がつかなかったらしい彼女に、は声をかけた。
 はそれまで、「彼女」と同じクラスに居ながらも一度も言葉を交わした事がなかった。多分に、が親しくしている女子主流派の内海幸枝たちと、「彼女」が属しているグループとの間に距離があったせいだ。「彼女」にはいささか変わった「習性」があった。
 は、彼女のことをそれまで特に意識した事がなかった。元々、は多少怖いもの知らずなところがあった。他の女子が敬遠する「彼女」と関わることの面倒さを、認識していなかった。
 「……!!」
 「彼女」−稲田瑞穂(女子一番)は、の顔をまじまじと見つめて、そのやや厚ぼったい唇を尖らせ、パクパクと何事か喋ろうとした。目をかっと見開きながら。
 はそのオーバーリアクション振りに、やや面食らいながらも、けなげに自分の手にある瑞穂の落とした紙を差し出した。
 「あの…これ落とし…」
 「おお!アフラ・マズダよ!」
 眉の上できれいに切り揃えられた瑞穂の前髪が、ふわっと舞い上がった。彼女の口にした単語の耳慣れなさに、は目を丸くした。
 「私はついに見つけました。新たなる戦士を…!」
 「へ?」
 頭に特大の疑問符を浮かべているの手をしっかと握り締め、涙すら流しながら、瑞穂はうっとりとした口調で言った。
 「あなたは聖なる部族、ディキアンの生き残り、ミトラ・ディキアン・。私の妹よ。やっと見付けたわ…」
 
 それがと稲田瑞穂との、瑞穂曰く「光に導かれた」出会いだった。

 …ていうかミトラって誰ー!?
 妹って何ー!?

 の手にしていた紙ー稲田瑞穂が描いた魔法陣が記された紙ーがひらひらと宙に舞った。


「…、稲田さんと喋ったんだってっ?」
「…うん」
 いつものグループで昼ごはんを食べているとき、はるかが興味津々、といったふうに聞いてきた。はどんよりとした顔で頷く。
 お弁当にも中々箸が進まない。
 「どうだったっ…?」
 「………」
 沈黙が落ちる。
 人当たりのいいだが…正直、稲田瑞穂があそこまで強烈な「電波」であることを思い知らされてはどうにもならなかった。
 あれから、毎日のように、の顔を見るたびに瑞穂は寄ってきて、「神」の話を熱心に説いて聞かせてきた。彼女によれば、自分は聖なる部族、ディキアンの生き残り、プリーシア・ディキアン・ミズホで、光の神アフラ・マズダの導きに従い、地球のために戦う戦士なのだそうだ。そしてはその生き別れになった妹なのだというが…。
 「きっと稲田さん、に構ってもらえて嬉しかったんじゃないかなあ。あんましいつものグループ以外の人と喋ってるの見たことないもん」
 「…そんなことはないと思うけど」
 「って怖い人に好かれるよねえ。桐山君とか」
 「き、桐山くんは違うよ!」
 頬にさっと紅がさした。話を聞いていた幸枝たちは「図星ー!」と笑った。
 …あの人、ほんとは変な人なのに、みんな知らないから…。
 図書館での「ぱらららっ」事件を思い出すと、彼がいくら美少年でも素直に騒げないのである。それでも頬が赤くなったのは、やっぱり彼が気になるからだろうか。いいや、そんなことはない。ないはず、だ。
 
 「あ、噂をすればほら!」
 幸枝が指差した。
 ちょうど、早めの昼食を終えた桐山ファミリーのメンバーたちが教室に戻ってくる姿が見えた。
ははっとして顔を上げた。
 桐山和雄を先頭に、沼井充(男子十七番)、月岡彰(男子十四番)、笹川竜平(男子十番)、黒長博(男子九番)の五人。クラス内で見ている限り、桐山以外もそれぞれにおかしな特徴を持った男たちだった。沼井は時代遅れのパンチパーマを当て、「昨日の野郎は血ダルマよっ」と得意げに仲間たちに語っているような喧嘩番長だったし、月岡はリーゼントとごつい顔に似合わないオカマ口調で喋る。笹川と黒長はいつもつるんで赤松義生(男子一番)をいじめている(そしてメロンパンをよく食べている)
 しかし、やはりひときわ目を惹くのは桐山和雄だった。

 「ほらー、愛しの桐山くんが来たわよ」
 「………」

 …気になる、それは事実だ。
 は沼井たちを従えて椅子に座る桐山を見つめながら、思った。前髪が一本はみ出しているのが、無性に気になる。
 あの変なオールバックを下ろしたら、どんなに格好よくなるだろうか。
 誰にも言えない事だけれど、は桐山を見るたびにそう思っていた。恋愛感情など抜きにして、ただ、純粋に。

 切りたい…!せめて切りたい…!

 そんなの心の叫びを知らない幸枝たちは「あらやだったら。桐山君ばっかり見つめちゃって。露骨ねー」などと言っているのだからのんきなものである。しかし、そのなんともいえない雰囲気をぶち壊してくれる人がやって来た。

「ミトラ!」
 いきなり視界を遮ったおかっぱ女に、は度肝を抜かれた。
「わっ…」
「何を見ているのです」
 稲田瑞穂だった。やや太めで、処理のされていない眉毛を吊り上げ、厚めの唇をとがらせて、彼女はに詰め寄った。
「べ、別に何も…」
「姉に嘘をつくのはやめなさい。今貴方は悪魔を見ていましたね」
「…あ、姉って…何か勘違いしてるんじゃ?…それに悪魔って…」
「あの男…憎むべき悪魔ルシフェルです!」
 瑞穂はきっとその方向を睨み付けると、「悪魔」を指差した。その先にいるのは桐山和雄である。
「桐山くんが悪魔…?」
「そうです!私たちが倒さなければならない敵です!」
「………」
 彼女の妄想にはついていけなかった。
 頭を抱えて沈黙するの手を、瑞穂はいきなり引っ張った。
「いたっ…何するの、稲田さん」
「そんなに悪魔が気になるのなら、今、悪魔を倒しましょう。あなたは大切な戦士。ここで戦いを経験することも必要かもしれません」
「ちょ、ちょっと…」
「共に宇宙の平和を守るために戦うのです。そのためにも、まずはあの悪魔を…」
 陶酔したような表情を浮かべ、完全にイッてしまっている瑞穂に、はたじたじとなった。

「稲田さん、それくらいにしたら?が困ってるじゃない」
 …幸枝…!
 と稲田のやりとりを見かねた幸枝が口を挟んだ。
 さすがは幸枝、困ったときは頼りになる。しかしながら瑞穂のほうは、そんな幸枝の言葉に耳を貸そうともしなかった。
「平民は黙っていなさい!これは、選ばれし者の戦い。我ら姉妹の戦いなのです!」
 幸枝が瑞穂の強烈な電波に当てられて思わず黙り込んだ隙に、瑞穂はの手をぐいぐいと引いて、彼女の倒すべき「悪魔」のほうへと向かっていった。
「さあ、行きますよ、ミトラ」
「離してよー!」

 嫌がるを力づくで引っ張りながら(なんと言う力!)、瑞穂は桐山ファミリーに取り囲まれている桐山の前に出た。
「おい、てめー何だ。ボスに用なら俺たちを通してからにしやがれ」
 ファミリー1の巨体の持ち主、黒長博が凄味のある声で怒鳴った。
「貴方に用はありません!平民のクズは引っ込んでいなさい!」
 ヒステリックな声で瑞穂に一喝され、これはちょっと意外だが応えたらしい黒長が泣きそうな顔になった。次に沼井が、
「てめえ、ふざけたこと言ってると女でも容赦しねえぞっ」
 こちらも凄んだが、明らかにこの闖入者を恐れている様子が見え見えだった。瑞穂はそれにも目をくれず、
「私が用があるのは貴方です、悪魔ルシフェル!」静かに手元の本に目を通していた桐山に向けて叫んだ。
「………?」
 耳慣れない名で呼ばれ、さすがに驚いたらしい桐山が首を傾げる。は瑞穂の横で、はらはらしながらそのやりとりを見守っていた。 瑞穂は更に興奮した様子で続けた。
「今日こそあなたと決着をつけるときが来たようです。覚悟なさい!」
 瑞穂の右手が制服のポケットに伸びる。その取り出した手に握られたものを見て、は顔を青くした。
「稲田さん、本気ー!?やめなよ、そんなの…」
「何を恐れる事があるのです、ミトラ!」
 桐山に向けて、おもちゃの剣(刀身はプラスチックのようだ)を今にも振り下ろそうとしている瑞穂を、は必死に止めた。
 桐山のほうはというと、相変わらずの無表情でじいーっ、と、瑞穂とを見つめていた。が、しかし、いきなり何を思ったか、彼は立ち上がった。
 立ち上がった桐山の背が非常に高いことには気がついた。八頭身以上の、均整の取れた細身の身体。彼は見下ろす、といった形でこちらを見ていた。瑞穂は多少圧倒されたようで、少しだけ後ずさりをした。
「なっ…何です」
「…その手を離してくれないか」
「……!」
が困っているっ…」
 桐山の口から出た意外な言葉に、も瑞穂も暫し反応することを忘れた。桐山はすっと手を伸ばし、の腕を掴んでいる瑞穂の手をいとも簡単に取り除けた。
「なっ…」
「…を困らせるな」
 さして低くはないが、凛と響く威圧感のある声で桐山はそう言った。
 自分の名前を出されたことに、はなぜか気恥ずかしさを覚えた。
 一方瑞穂は口をパクパクとして、何事か抗議しようとしたが、「もう瑞穂、いいかげんにしなよっ」背後からかかった声の主に阻止された。

「何を止めるのです、ローレラ・ローザス・カオリ!」
 ヒステリックに喚き散らす瑞穂を「ハイハイ」と冷静に受け流すその女の子ー南佳織(女子二十番)は、桐山と、彼を囲む桐山ファミリーには目を合わせずにぺこりと頭を下げ、「お騒がせしました」と言うと、瑞穂を羽交い絞めにした。暴れる瑞穂を取り押さえながら、更にに「ごめんね、さん。迷惑かけて。このこ、目を離すといつもこうだからー」済まなさそうに言う。はあっけにとられたまま、頷いた。
 「離しなさい、ローレラ!ミトラの危機なのです!悪魔に、私の妹が狙われている…私の妹の貞操の危機なのですよ!」
 ばたばたと手を振り回して暴れる瑞穂、相変わらず「ハイハイ」と応える香織。香織はアイドルに心酔するやや夢見がちな少女で、やはりが普段属するグループとは距離があったが、…あの幸枝ですら止められなかった瑞穂を、こんなにもたやすく扱えるところを目にして、は尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 ただプリントを拾ってあげるという小さな親切から勝手に「妹」扱いされ、さんざん振り回されることとなったと、相変わらず無表情で、直立不動の桐山、打ちひしがれたような顔をしている(ごつい顔をした月岡は、どこか艶かしい表情で、口を出さず成り行きを見守っていたけれど)桐山ファミリーの面々を残し、光の戦士プリーシア・ディキアン・ミズホは退場した。
 
***

「あの…」
「どうしたっ…」
「助けてくれて…ありがとう」

 嵐が過ぎ去った後、桐山とは何となくいい雰囲気になった。
 結局事件を収めたのは南香織とはいえ、先ほどの桐山の行動にはも思わずときめいてしまった。ちょっと、いや、かなり変わった男の子ではあるけれど…いい人、なのかもしれない。

「礼を言われるほどのことは、していない」

 ククッ、と首を傾げた後、静かな声で桐山が答える。何だか少女漫画に出てくるような場面だ、と思った。しかしながら、いくら格好よくても…としてはどうしても気になる部分があった。

「あ、あのさ、桐山くん…余計なことかもしれないけど」
「………?」
「その…前髪。」
「…ああ。これがどうかしたか」
「…一本はみだしてるの、直したほうがいいと思うよ」
「そうかっ…」

 桐山がさっと取り出した櫛で、自分のはみ出した前髪を後ろに撫で付けるのをは見た。そして、それにもかかわらず、すぐにその前髪がぴょこんと額に被さる様も。


 つづく


後書き:
久々の更新です。これからどんどん進めますよ。
稲田さん、実は主人公と仲良くなりたかったらしい。
主人公を助けたボスの真意はいかに。

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