『対決』

「大丈夫?和雄。ごめんね...」
「大丈夫だ。 が謝る事じゃない。それより、あいつは一体何者なんだ?」
桐山和雄が去った後、もうひとりの桐山―こう書くとややこしいのだが、は、
とにかく に彼の正体について尋ねた。
は彼と親しい様だった。
自分と同じ様に「和雄」「 」と呼び合う仲。
その事を考えると―何故か桐山は胸が痛むのを感じた。

の答えは、実に意外なものだった。
「―和雄は...私の従姉弟なの。最近、私の家に居候中なんだけど...」

桐山は僅かに目を大きくし、充たちは「マジかよ!?」と に詰め寄った。
「うん、本当。昔からああなの。わがままで、乱暴でさ...」
昔から?昔からあいつは、 と親しいのか?
ヅキははっとして桐山を見た。
―桐山くん?ちょっと、どうしたのよ。何か怖いわよ、雰囲気が。
さっき「居候してる」って ちゃんが言ったのが気に食わないのかしら?
「本当、みんなも、ごめんね。あいつにはちゃんと反省させるから...」
は少し困ったようにそう言った。

そこで昼休みの終了を告げる鐘の音が鳴った。
「あ...もうこんな時間...私体育だから、急がないと。じゃあみんな、またね!」
はそう言うと、桐山の横にあったランチボックスを拾い上げて、走って行こうと
した。

「え?」

どことなく威圧感のある桐山の声が、 を呼び止めた。
「今日の放課後、一緒に帰らないか」
充たちは唖然とし、 はびっくりした様に瞬きをした。

「いいけど、急にどうしたの?」
桐山が と一緒に帰った事はまだ一度も無かった。
それに、桐山が、そんな風に自分から を誘うなど、
誰が予想しただろうか。
「なんとなく、そうしたいと思った」
少し間を置いて、そう桐山は言った。
「?変なの。まあいっか。じゃあ、また後でね、和雄!」
はそう言うと、扉の向こうへと姿を消した。

桐山は少しの間、黙って の消えた扉の前に立ち尽くしていた。

ヅキははらはらしながらその様子を見守っていた。
桐山くん...大分積極的になったじゃない?
やっぱりライバルが出来て焦ってるのかしら?
見た目には全然そうは見えないけど...

黙って立ち尽くしている桐山に、充が「ボス、次の授業どうする?」
と尋ねたが、
「...」
ボス...何か怖え...
今まで無かった様な殺気(?)を発している桐山に怯えて、その先の言葉を言うのを
やめた。
「じゃ...じゃあ...俺たち...いちお...授業でるからさ、またな、ボス」
そう言うのが精一杯だった。

笹川も黒長もびくびくしている。
「ああ」
桐山は一言だけそう言った。

桐山くん...アタシはいつでも応援してるわよ!
ヅキは去り際、桐山にウインク(!)したが、本人には無視された様だ。

五時間目の間、どうやらずっと屋上に居たらしい桐山は、六時間目の途中から
ひょっこりと姿を現した。
その時ヅキはやって来た桐山の方をちらりと見た。
...桐山くん...なんかそわそわしてるわね?
桐山はしきりに時計の方に目をやっていた。


当然、授業の事などまるきり頭に入っていないのだろう。
まあ、それはいつもの事だし、桐山は授業なんて聞いていなくとも常に学年トップの成績を保っているのだから、全く問題は無いのだが。

六時間目終了を告げる鐘の音が響いた。
他の生徒の誰よりも早く、桐山はすっと席を立ち、扉を開けてB組を出て行った。
黒板にまだ字を書き込もうとしていた教師も、唖然として桐山が消えていった方を見ていた。
他のファミリーのメンバーたちも桐山を追いかけない事にした。
何だか邪魔してはいけない気がしたので。
ヅキも、今回は、そっとしておこう、と思ったらしい。

桐山は待ちきれなかったようだが。
この学校には、いや、どの中学校でも大体そうだと思われるが、
終礼というものがある。

桐山は無言で の居るC組の前に立っていた。
C組の担任が怯えた様にその桐山を横目で見つつ教室に入って行った。

五分。
十分。
騒ぎ声は聞こえるのに が出てくる気配は一向に無い。
話し合いが長引いているのだろうか。
いらいらする、とまでは行かないが、桐山はしきりにC組の扉と腕時計とを見比べて
ほんの少しだけ眉を顰めていた。

「それでは、さようなら」
「さようなら!」
号令とともに揃った声が聞こえ、ガラリとC組の扉が開いた。
最初に出て来たのは少し崩れた感じの男子生徒たちだった。
彼らは桐山の恐ろしさを充分過ぎる程知っているので、桐山と目を合わさないように
びくびくしながら彼の横を通り過ぎて行った。

次にごく普通の女子生徒たちが出てきたが、やはり桐山とは目を合わさない様に
そそくさと通り過ぎた。

そして、ついに。桐山にとっては待望の人がやって来た。

「じゃあまたねー、って、あ、和雄!」
「...

の姿を見た瞬間、桐山は胸が高鳴るのを感じた。
何故か。
「待っててくれたんだ!ごめんね。遅くなっちゃって」
「いや」
「じゃあ、帰ろっか、和雄」
「ああ」
はそう言うと、にっこりと極上の笑顔を桐山に向けた。
また、桐山の胸が高鳴った。幾分激しく。
この顔を、見たかった気がした。

桐山と は一緒に校舎を出た。
下校途中の生徒たちが振り返る。
あの子、勇気あるよな。桐山と一緒に...
そんな風にひそひそと話す声が聞こえたが。
本人たちは全く気にしていないようだ。

「なんか嬉しいなあ、和雄と帰るの、初めてだもんね」
「そうだな」
はまた笑った。
きっと誰が見ても可愛い笑顔だった。
桐山は、「可愛い」とは言うことは出来ないが、その顔を見ていると、
何だか胸が温かくなる様な気持ちになるのだった。

桐山と の家は実はとても近い。
距離にして100メートルも離れていない。
ただその前に分かれ道がある。

学校からあまり遠い訳では無いので、
二人が一緒に帰れる時間もほんの僅かだった。
あっという間に、その分かれ道の近くまで来た。
「じゃあ、またね!和雄」
が手を振った。
桐山も「ああ」と言って背を向けようとした。
少しだけ名残惜しい気がした。
その時。

「...
「あー!」

驚いた様な の声と、別の声が聞こえたので、桐山は思わず振り返った。

そこには、さっき屋上で会った少年―今は の従姉弟だとわかった―もうひとりの
桐山和雄が、一人で立っていた。
は眉を吊り上げた。
「どうしてこんなとこに居るの?」
「...あれから、授業に出るのが面倒になって...帰ろうとして、道に、迷ったんだ」
は虚を付かれた様な顔をして固まった。
この先の道を通ればもう の家だ。
もし万が一間違えてもう一方の道を選んだとしても、普通の家の何倍もの敷地を持つ
桐山の家があるのだから、間違いに気付かない、という方がおかしい。
「またそんな見え透いた嘘ついて...」
「...嘘じゃない」
「嘘でしょ」
「...」
「なんでそんな嘘つくの」
「... と帰りたかった」
「こんな近いのに?」
桐山和雄は―いや、桐山と区別する為に、ここでは和雄、としておこう―は、
少し決まり悪そうに頷いた。
桐山はそんな二人のやりとりを無表情で見ていたが、心はあまり穏やかでは無かったかも、
知れない。
桐山は心臓が痛い、と思った。

は溜息をついた。そしてはっとした様に言った。
「あっそうだ!和雄、和雄に酷い事したじゃない!謝りなよね!」
同じ名前、しかも同じ呼び名の人間が二人居るというのは、紛らわしいことだ。

和雄はちらりと桐山の方を見た。
桐山と視線がぶつかった。
桐山は冷たい目で和雄を見ていた。
和雄も負けずににらみ返した。
「... と一緒に帰ってきたのか」
「ああ」
桐山は淡々とそう言った。
和雄の眉が吊り上った。
拳がぴくりと動いた。
和雄は気分を害した様だ。
大好きな と一緒に帰ってきたという桐山が許せなかったのだ。
「...」
殺す、という感じの表情。
「和雄!」
の怒ったような声に、和雄はびくっとして、恐る恐る
振り返った。
はかなり怒っている様子。
「謝りなさい」
「...」
「家に入れないよ」
「...」
和雄は無表情で桐山を振り返った。
しかし大分怒っているという事は一目でわかった。
「...悪かった」
とても小さい声で、ぼそりとそう言った。
桐山も無表情だった。
だが雰囲気になんとなく威圧感みたいなものがあった。
「何なのその謝り方!」
「...謝った...」
はもう呆れて物が言えない、という顔をして、
また溜息をついた。
「ごめんね、和雄...私からも謝るから...」
が謝る事じゃない」
が謝る事じゃない」
桐山も和雄も同時にそう言った。
は唖然とし、桐山と和雄はお互いを見た。
こいつ...

桐山には怒りとかいう感情は無いはずなのだが、やっぱり何となく気に入らない
とは思ったらしい。
和雄の方はもうまるっきり怒りを露にしていた。
同じ名前なのに全く正反対の二人の桐山の、一人の少女− を巡る戦いは、
まだ始まったばかりである。




つづく




後書き
すいません。終わりませんでした。なんか雰囲気前回とかなり違うし、ふたりとも別人過ぎるし...とにかくすみません。
次回もっと面白くなる様に頑張ります。


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