『対決』
桐山はカーテンを閉めると、ソファに座った
の方に視線を移した。
は英語の教科書を開いて、英文を書き写していた。
明日の授業では
の順番が回って来るのだが、今までで一番難しい箇所が当たってしまった。
困った
が桐山に「お願い、英文訳し方教えて、和雄」と頼んだ所、
「構わない」と桐山は答え、「どうせなら俺の家でやらないか」と提案した。
前から桐山の家に行きたがっていた
は、それを聞いてひどく喜んだのだった。
「和雄―」
「どうした?」
に呼ばれ、桐山はすぐに
の側に戻って来た。
「この単語、何て意味だっけ?」
「ああ、それは...」
桐山はすらすらと綺麗な字で、単語の意味をノートに書き込む。
訳例まで付けて。
は感嘆した様に言った。
「すごい、和雄、辞書いらずだね」
「習ったからな」
はその訳例を見て、英文を訳す。そうしてから、
「こんな訳でいい?」と桐山に訊いた。
桐山は
のノートを覗き込むと、少しの間眺め、「ああ、大丈夫だ」
と答えた。
「本当?よかった。じゃあ、あともう少しで終わるね」
は嬉しそうにそう言い、次の英文を写しにかかる。
全部桐山に訳してもらう事も出来るのだが、出来る限りは自力でやる所が、
らしい。
一生懸命英訳を続ける
を、桐山は穏やかな表情で見つめていた。
その頃。
和雄は、桐山の屋敷の中に潜入(?)する事に成功した。
実は既に敷地内に入った時に、思いっきり屋敷のセキュリティシステムに引っかかっていたのだが、
「侵入者は泳がせておけ」という桐山の言葉を受け、屋敷のボディーガードたちが動かなかった、それだけの話。
もちろん単純な和雄はそれとは全く気付かず、
「ふん...でかい割に無用心な家だ」と思ったのだが。
それにしても、でかい家だな...
和雄は辺りをきょろきょろと、物珍しそうに見回した。
広い廊下。
敷き詰められた赤い絨毯。
びっしりと飾られた絵画。
剥製。
骨とう品。
俺は、本当に城岩に、いるんだろうか...
...目が回って来た。
和雄は倒れそうになるのを何とか堪えながら、ふらふらと階段を登った。
その時、
「こんにちは」
上品そうな初老の男―使用人だろう、とすれ違った。
和雄は何故か、挨拶して来たその男を睨んだ(!)。
この屋敷の人間は皆敵に見えた。
しかし、
「ごきげんよう」
そんな和雄の眼光に全く動じた様子も見せず、その男は笑顔で去って行った。
「...」
途中、何人もの使用人とすれ違ったが、大体そんな様子だった。
「...」
この家は苦手だ...
和雄はうんざりしながら廊下を歩いた。
早く
を取り返して...帰りたい...
そんな気持ちで歩いていたのだが、
...一体あいつと
は...どこに居るんだ...
こんな広い屋敷の中、
同じ様な部屋のドアばかり。
迷ってしまいそうになる。
...さっきは見つかったのに...。
どこだかわからなくなった。
三階のどこかだと言う事しかわからない。
和雄は溜息をついた。
和雄は物忘れも激しかった。
「ふー、やっと終わったよ」
はシャープペンシルを置くと、軽く伸びをした。
「ありがとね和雄。これで明日は何とかなりそうだよ」
は笑顔で桐山を見上げて、言った。
そんな
を見て、桐山はそっと目を伏せ、
「大した事はしていないよ」と答えた。
「ううん、すごい助かった。和雄の家来れて楽しかったし」
は心底感謝している様にそう言った。
「...そうか」
桐山は目を伏せたまま、答えた。
桐山の胸は何故か高鳴っていた。
「あ、もうこんな時間...」
突然、
が思いついた様にそう言った。
時計はもう五時を回りかけていた。
「もう、帰るのか?」
「うん、そろそろ帰ろうかな。お母さん心配するし」
は筆記用具を鞄にしまいながら、言った。
「今日は本当ありがとね、和雄。楽しかったよ」
桐山は黙って、
を見ていた。
「和雄?」
不思議に思ったのか、
が黙ったままの桐山の顔を覗き込む。
桐山が口を開いた。
「
」
「え?」
「
はあいつの事を、どう思っているんだ?」
突然の桐山の質問の意味が飲み込めず、
は瞬きをした。
桐山は無表情で
を見ている。
は少し考え込む様にした後、言った。
「...和雄の事?」
「ああ」
桐山は頷いた。
は困った様に視線を泳がせた。
「どうって...それは...」
少しの間の後、
「小さい頃から遊んでたし...いつも我侭言って来るし...同い年の従姉弟だけど、何だか最近は、弟みたいな感じかな」
多少恥ずかしそうに
はそう答えた。
桐山はそうか、と言うと、またそっと目を伏せた。
少しの沈黙。
桐山が先に口を開いた。
「...俺の事は」
「え?」
「俺の事は、どう思っているんだ?」
桐山はそう言うと、顔を上げた。
はびっくりした様に、桐山を見た。
桐山はじっと
を見ている。
は困っている様な顔をしている。
ただ、
の頬は紅く染まっていた。
その時、
桐山の部屋の扉の向こうで、息を殺してこの会話を聞いている者が、一人いた。
和雄だ。
やっとの事で、桐山の部屋を探し当てた和雄は、その会話を聞き、
ドアにかけかけていた手を、止めた。
どうしてか、
邪魔をする事が出来なかった。
和雄はぎゅっと拳を握り締めて、立ち尽くしていた。
つづく
ちょっとシリアスっぽくなりました...
ようやく佳境に入って来ましたね(汗)。
最近更新止めっぱなしですみません。
次回は11月になってしまうと思われますが、どうか見守ってやって下さい。
主人公は果たしてどちらを選ぶのか...
引っ張ってしまいました...
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