『対決』

桐山邸の裏門から、とぼとぼと歩いて来る人影がひとつ。

和雄だ。
つい数時間前ここに入って来た時の元気は微塵もない。


和雄は溜息をついた。
和雄は昔から、人と話すのが苦手で、怖いと誤解される事が多く、いつもひとりで遊ぶ事が多かった。
そんな和雄だったが、月に一度家に遊びに来る従姉弟の とだけは自然に話せた。
は和雄を怖がらなかったから。
小さい頃は と良く遊んだ。
といると楽しかった。
も自分も随分と大きくなった。
をただの従姉弟として見られなくなってからもうどれ位になるだろうか。
今まで和雄は城岩町から電車で二駅の所に住んでいた。
けれど、父親の転勤で香川県から、神奈川県まで引っ越さなければいけないと聞かされた時、和雄は生まれて初めて家出をした。
の家に行った。

「和雄、どうしたの?おじさんとおばさん心配するよ」
「...帰りたくない」
どんなに遅くなっても和雄は帰ろうとしなかった。
見かねた の母が妹である和雄の母に電話して事情を説明し、暫くの間はこの家で預かるから、と説得してくれた。
和雄は と離れたくなかった。だから、引っ越すのも、嫌だった。
こうして和雄は と一緒に住むことになったのだが。
「弟みたいな感じかな」
の言葉を思い出した。
俺は、ただの弟。 にとっては、ただそれだけの存在。
―俺は、 の事。
ずっと前から好きだったのに。
また溜息をついた。
同じ家に住んでいるのに。
少しも自分は には近づけていないのだと。
そう、思い知らされた。
...」

あれから随分経つけれど。
まだ、 は帰って来ない。
―まだ、桐山の家に居る。

「俺の事は、どう思っているんだ?」
桐山はそう に聞いた。
の答えを聞くのが怖かった。
だから、
逃げたのかもしれない。

帰って来た と、どんな顔をして会えばいいんだろう。

その時。
玄関から「ただいま」という の声が聞こえた。
和雄ははっとした。

ドアを開けようとして、思い留まる。
いつもなら、真っ先に を出迎えに行くのだが。
今日は。

和雄はとうとう、 の母親に「和雄くん、ご飯よ」と呼ばれるまで自分の部屋から出なかった。

夕食の席に の姿はなかった。
「変な子ね、お腹いっぱいだから夕ご飯はいい、なんて」
桐山さんのおうちでたくさんご馳走になったのかしら、などと笑いながら
話す の母親の横で、和雄は複雑な気持ちでいた。

何が、あったんだ?
あいつは に何をしたんだ?

朝。
三年B組の教室。

「おはよう桐山くんvどうしたのお、今日は随分と早いじゃない」
朝のHRが始まる前に桐山が居る事など滅多にないので、ヅキは不思議に思いながら
尋ねた。
「そうしてみようと思ったんだ」
桐山はそう一言だけ言うとヅキから視線を外した。

ヅキはそんな桐山を、慈愛に満ちた(?)瞳で見つめながら、思った。
...もしかして...桐山くん。
ちゃんと一緒に学校来たとか?
あの子、いつも早いし。
ヅキは何故か納得したように頷いた。
愛の力って素晴らしいわねv

だがしかしヅキの予想は外れていた。
昼休み。
いつもの屋上で、昼食を食べるファミリー達から少し外れた所に、桐山は座って居た。
ヅキが心配して声をかけた。
「あら桐山くん、 ちゃんは?」
「今日は休みだそうだ」

桐山は特に感情の篭もらない声で言った。
また弁当を用意していなかったらしく、何も食べていなかった。
ヅキはそんな桐山に優しい声で言った。
「桐山くん、 ちゃんの代わりに、アタシがお弁当あげるわよ。元気出して」
ヅキはピンク色の弁当箱からおかずを箸で取り、桐山に差し出した。
「はい、あーん」
桐山は全くの無表情で、口を開きもしないままヅキを見ている。
箸でおかずを差し出したままのヅキに、桐山はやがてぽつりと言った。
「悪いが、遠慮しておくよ」

ヅキは固まった。
「あらそう?」

充たちの所に戻ったヅキは切なそうな顔で言った。
「やっぱり、 ちゃんじゃないと駄目みたいなのよ」

笹川と黒長は頷きつつ、桐山がヅキにおかずを食べさせるという世にも奇妙な光景を見られなかった事を残念がった。
(それだけはやめてくれ、ボス、と暴れる充を二人がかりで押えていたのに)

桐山は空を眺めていた。
充に、「ボス、戻ろうぜ」と声をかけられても「いや、俺はここに居るよ」と断った。

がちゃり、と屋上の扉が開く音がした。
桐山は振り返らずに、ぽつりと言った。
「今は授業中の筈だが」

「お互い様だ」
少し低い声がした。

足音が近づいてきて、やがて桐山の前で止まる。
桐山は顔を上げた。

金髪の少年が立っていた。
同じ「桐山和雄」という名前を持ちながら、全く正反対の容姿。
多分に、その内面も。

「自宅に来ていたんだな」
「!...気が付いていたのか?」
「気が付かない方がおかしいと思うよ」

動揺を隠せない和雄に、桐山は淡々と言った。
和雄は、少し拳に力を篭めた。

「じゃあ、俺が聞きたい事はわかるな?」

桐山は返事を返さなかった。
和雄は、低い声で言った。
は今日休むと言って部屋から出てこなかった」
「...そうか」
桐山はほんの少しだけ眉を顰めながら言った。

「おまえ」
和雄は多少殺意の混じった視線を桐山に向けて、言った。
「あの後、 に何をした?」

桐山はそんな和雄に抑揚のない声で言った。
「言う必要はないと思うが」

「ふざけるな!」

和雄が桐山の襟に掴みかかった。
激昂した様子で。

桐山は、僅かに目を細めると。
その和雄に対して、言った。
「... が決める事だ。俺は、 の気持ちに従う。それだけだよ」

和雄はその桐山の言葉に、何も返す事が出来なかった。
... の気持ち...。

和雄は桐山の襟を掴んでいた手を、離した。
そうして、俯いた。

桐山はそんな和雄を、ただ静かに眺めているだけだった。

つづく

後書き:約二ヶ月振りの更新。大変お待たせしてしまいすみません。しかも主人公、出番ないですし(汗)。あと二回位で終わらせたいですが、これはシリーズ化しようかなとかちょっと思ってます。最後までおつきあいいただけると嬉しいです。年内には7書きたいです。


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