『対決』

「和雄...」

が、ゆっくりと歩み寄って来た。
桐山も和雄も、 を真っ直ぐに見つめた。

の髪が、風邪に煽られて揺れた。
日差しを浴びて艶やかに光る、 の髪。

は二人の目の前で立ち止まった。

の大きな瞳は少し潤んでいる様に見えた。

「... 、どうしたの」
、何故泣くんだ?」

二人の桐山和雄はそう同時に言って、顔を見合わせた。
...こいつ、やっぱり、俺と似てる...。
どうも、こいつは俺に似ているようだな。
視線を合わせたまま、桐山と和雄はほぼ同じ事を考えた。

和雄はしかし、もう桐山を睨みつけるような事はしなかった。
すぐに視線を、 に戻した。
もちろん、桐山も。

立ち止まった は、軽く首を振り、少し躊躇うように視線を伏せた後、
決心したように、口を開いた。



「私ね、全然知らなかったの。和雄が私のこと...その、好き、って思ってくれてるなんて」
は桐山の方を見てそう言い、それから、そっと和雄の方に視線を動かした。
「和雄...も...」
の語尾が、問い掛けるように僅かに上がったのに気付き、和雄は、
「俺も」と頷いて見せた。
はっきり に意思表示をしたのは、これが初めてだった。
それまで、何度もそれらしき素振りは見せていたのだけれど。
和雄はまっすぐ を見つめた。
はしかし、和雄から視線を外してしまった。
和雄の鼓動が高鳴った。

「和雄、ごめんね。私...」
の、消え入りそうな声がした。
「私が好きなのは...こっちの和雄なの...」

は、自分の選んだ桐山和雄の方に、身体を向けた。

...」
選ばれた桐山は、僅かに瞬きをして、 を見つめた。
も、桐山を見つめた。
の瞳は揺れていた。

は言葉を紡いだ。

「こっちの和雄は、今までと違う...一緒に居てどきどきするとか、
もっともっと和雄の事、知りたいって思うような...そんな気持ちになるの」

和雄は のその言葉に、ショックを隠し切れなかった。
覚悟は、していたけれど。
のその言葉はずしりと重く、和雄の心に響いた。
...やはり、取られてしまった。... を。


ただ、こみ上げてくるのは悔しさではなく、悲しい諦め。
何時の間にか、和雄は桐山を認めていた。
自分でも気が付かないうちに。

「和雄と居るのは、安心するの。もう、和雄は空気みたいにいつも一緒にいるのが当たり前って
いうか...その...ごめん、なんて言えばいいか、わかんないや...」
は所々つっかえながらも、漸く、それだけ話した。
和雄は黙って、そんな の話を聞いていた。

そこにいるのは、いつもの ではなかった。
悪い事をした時は、容赦無く自分を叱り付けて来た
逆にいい事をした時は、眩しい位の笑顔で褒めてくれた

今の はひどく言葉に窮して、泣きそうな顔をしていた。
そんな弱々しい を見たのは、初めてだったかもしれない。
けれど。


和雄が呼ぶと、 ははっとした様に和雄を見た。
和雄は穏やかな顔をして、言った。

「嬉しかった。 が...俺の事そんな風に思っててくれて」
「恋人」にはとうとうなれなかったけれど。
少なくとも自分は にとって特別な存在だったのだとわかったから。
和雄は自分でも嘘の様に心が落ち着いているのを感じていた。

「最近、 が昔みたいに俺と話してくれなくなって...寂しかったんだ」
自分と居る時よりも楽しそうにしている を見るのが辛かった。
はもう自分なんかどうでもよくなってしまったんじゃないかと。
不安な気持ちでいっぱいだった。
つい、さっきまでは。

和雄は小さく溜息をついてから、言った。

「俺、...神奈川、行くよ」
「和雄...?」

「いつまでも、 に甘えてられない」
和雄は、まっすぐ背筋を伸ばして、言った。
「...もう、子供のころとは、違うから」
いつもの口下手な和雄からは考えられないくらい、はっきりとした口調だった。
は胸をつかれるような気持ちになった。

が何か言葉を探して、戸惑っているうち、和雄はその視線を桐山へと移した。
視界に、相変わらず無表情だが、先程より幾らか穏やかな顔をしている様に見える、
桐山の顔が映った。

「おい、お前」
和雄の声に、桐山はすっと顔を上げた。
和雄は少しだけ眼光をきつくして、言った。
の事、泣かしたら許さない」

「ああ、わかっている」
桐山は凛と響く声で答えた。
その声には何の迷いも無い。

和雄はじっと桐山を見つめた。
桐山も、和雄を見つめた。

「...元気で」
桐山が呟くように言った。
和雄は、軽く頷くと、 の方を振り返った。
は、相変わらず泣きそうな顔で和雄を見ていた。

「和雄...!」
「ばいばい、
和雄はそう言って、ふっと笑った。

子供の頃と変わらない、無心な笑顔だった。

が「笑った方がいいよ」と言った時、
初めて見せてくれた顔と、同じ。


「和雄...」
はまだ何かを言いかけたが、
和雄は背を向けてしまった。
未練を、断ち切るかの様に。


ふわふわの金髪がきらきらと光って、
そして、
ドアの向こうに満ちた、真っ暗な闇の中に、ゆっくりと溶けて消えた。

は和雄の消えてしまった方向を見つめたまま、暫く立ち尽くしていた。
和雄を追いかける事もできずにいた。

何かとても大事なものを手放してしまった様な、大きな喪失感に襲われた。
私、ひどい奴だ。
和雄の気持ち、ずっと気が付かなくて。

悩んだ末に出した結論なのに。
それでも。
は胸の奥からこみ上げてくる感情を、ぐっと堪えた。
ごめんね和雄...。



の耳に、幾らか優しい調子の声が届いた。
振り返る。
そこにいるのは、桐山。
が選んだ、桐山和雄。

「和雄...」
「...不安だった。ずっと」
桐山は、じっと を見つめた。
頭ひとつ分高い位置にある桐山の目は、
いつもと変わらず澄んでいたけれど。
少しだけ、揺れていた。


が俺を選んでくれた事が、嬉しい」
桐山はすっと の頬に手を当てた。
は自分の頬を薄く涙が伝っているのに気付いた。
桐山はゆっくりと の頬を撫でた。
「だから、泣かないでくれ」
桐山はそれから、ゆっくりと両腕を の背中に回した。

「和雄...?」
桐山はぎゅっと を抱きしめた。
そうして、驚いた様に顔を上げる の唇に。
そっと自分の、形良いそれを重ねた。

「...っかず...」
「こうしてみたいと、思って居た」
桐山は再び を抱きしめた。
は頬を真っ赤に染め、温かな桐山の胸に顔を埋めていた。

ああ、私はこっちの和雄の気持ちも、考えていなかった。
「和雄...ごめんね...」
「どうして謝るんだ?」
「私、和雄の気持ち、考えてなかった」

桐山は黙っていた。
しかし、次にはまた を抱く腕に優しく力を篭めて。

「今は、 がここに居る。それだけで、充分だよ」

は、桐山のその言葉を聞くと、自分も桐山の背中に手を回して
抱き寄せた。
「和雄...大好き」

和雄に対する罪悪感が消えたわけではないけれど。
この人を選んで良かった。
温かい気持ちが の心いっぱいに広がった。
もちろん、桐山の心にも。

二人の心は、やっと訪れた幸せに浸りきっていた。

午後の授業にも出ずに、ずっと二人きりで。
桐山と は色々な話をした。

その頃、和雄は。
「おばさん、俺おふくろんとこ帰る」
「え?」
「帰るよ」
「あらそう、気をつけてね。おやつはあんまり持って行き過ぎちゃ駄目よ」
「...」

和雄は編物に熱中して真面目に話を聞いてくれない の母親から旅費を借りる事を
諦めた。

仕方ないので。

キキキイイイイ!

「おい、てめえ道の真ん中でなにやっとんじゃい!」
「...乗せて」
「あん?」
「神奈川まで、乗せてくれ」
「...てめえ、正気か?こっから神奈川までどんくらいあるとおもってんだ」

和雄は道路の真ん中に立って、止まる車には所構わず乗せてくれ、と頼んだ。

それから数日後。

ブルルルル。

「あ」
「どうしたんだ?」
「...携帯が鳴ってる」

あれからすっかり周りが羨むカップルとなった と桐山。
その日は桐山の家でデートだった。

桐山の腕に抱かれたまま、 はポケットから振動する携帯電話を取り出した。
せっかくの甘い雰囲気を中断され、桐山は僅かに残念そうな顔をした。

ディスプレイに映るのは「公衆電話」の文字。
「はい」


「和雄!?」
が大きい声を出したので、桐山は思わずびくっとして を見た。
の顔が見る見る青ざめていく。

やがて、 は通話ボタンを切った。
「どうしたんだ?

相変わらず真っ青な顔の を心配しながら、桐山が尋ねた。
「どうしよう...和雄...和雄が...」

桐山の無表情の眉が、僅かに持ち上がった。

「おうちの住所、本当に思い出せないのかい?」
「だから、これ」
「こんな住所、存在しないよ」

和雄は自宅の住所の漢字を間違えていた。
きちんと覚えていたのは、 の携帯番号だけ。
和雄が今居るのは。

どこをどう間違ったのか。
「沖木島迷子センター」。

そう。
和雄は迷子になっていた。



「もう、甘えないんじゃなかったっけ」

の冷たい視線の先。
に頼まれて、桐山が手配した自家用ヘリの中で。
和雄の金髪頭がしゅんと項垂れた。

桐山はそんな二人を、やっぱり「心臓が痛い」と思いながら見ていた。


おわり


後書き

すいません無理矢理終わらせました。はい。
サイト開設当時から長々やってた連載ですが、完結。
設定滅茶苦茶になってたので、いいかげんな終わりになってしまって申し訳ないのですが。
和雄と桐山の対決ものは、これからも単発で書いていくかと思われます。
今回のはほんと、変な終わり方で(汗)。
苦情ばりばり受け付けます(涙)。
次頑張りたいと思います。
ご意見、ご感想などございましたらメールかBBSで是非。
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。

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