辛い時は、泣いてもいい。
頭に来たのなら、怒っていい。
嬉しかったら、笑うといい。
楽しかった時も、…笑うといい。
俺はいつでも、お前を見ているから。
笑顔
「和雄ー!おはよう!」
はいつも通り、元気な姿で登校してきた。
俺は席から立ち上がり、その声に応える。
「おはよう。」
遅刻ぎりぎりに登校してきていた二年生の半ばまでとは違い、俺は朝早く登校してくるようになった。
理由は分かっている。
変わり映えのしない毎日を彩る―という存在がいるから。
「オッス、」
「おはようvちゃん」
「よう、」
「おはよう…」
彰や充、笹川、黒長も続いて挨拶をする。そういえば、充たちも遅刻してくることはなくなった。
他校との喧嘩は相変わらずだが、盗みに入る計画はとんと御無沙汰だ。
どうでも、いいことだが。
「おはよう、」
相馬光子が、どこかうっとりとした瞳でを見つめながら言う。
「。…今日はお弁当忘れなかったでしょうね」
千草貴子が、きりりとした目を細め、どこか優しい表情で尋ねる。
「おはよう♪光子ちゃん、貴子ちゃん。今日はお弁当作ってきたから、みんなでお昼ごはん食べようね」
この二人も、が転校してくるまでは犬猿の仲だったはずだ。
はにこにこと笑っている。
きっと、この笑顔につられて、皆笑顔になってしまうのだ。
…俺は未だに笑えないのだが。
その笑顔が、実に興味深い。
二次限目の終わり。
俺はの顔を至近距離で見つめてみた。その笑顔の秘密を知りたかったから。
「わっ…和雄…」
さすがには驚いたらしい。顔を赤くして黙り込んでしまった。
「ちょっと桐山、私のに何してるのよ」
相馬が席を立って、つかつかと俺に近づいてきて言った。
の所有権を主張する権利は、相馬にはないはずだが。
千草が、火照ったの額に手を当てて、言った。
「。…熱があるんじゃないの?」
「俺が保健室まで連れてくぜ、」
三村が、どこからかさっと現れ、片眼を閉じてに言う。
「待てよ三村、さんは俺が運ぶよ」
七原が三村を遮る。を案じている人物は、俺や相馬たちだけではなかったらしい。
二人が言い合いをしている間に、俺はを両手で抱きあげた。
「…俺が連れて行こう」
「あ、有難う和雄…」
が熱を出した理由が分らないが、どうもその責任は俺にあるようだったので。
相馬と千草の視線を感じたが、俺は無視してを保健室へと運んだ。
「おやおや、大丈夫かい」
「川田くん…」
まるで保健医かと間違えそうになったくらい、貫禄のある男、川田章吾が、そこにはいた。
やつがB組の生徒と口を訊いている所を見たことがなかったのだが、(というより、注目したことがほとんどなかったのだが)
と懇意にしていたということか。
「熱なら安静にしてな、お姉ちゃん、無理は禁物だ」
「うん…有難う」
慣れた手つきでをベッドに寝かせ、額にタオルを置いた。
それを俺は黙って見ていたが、―なぜか少しこめかみが疼いて、そこに手を触れた。
川田がニヤリと笑って、「おい、お兄ちゃん。手すきなら手伝ってくれ」と手招いた。
俺は頷いて、の寝ているベッドの横の椅子に腰掛け、を見詰めた。
「」
するとは無意識にだろう、俺の膝に頭を載せてしまった。
程よい重みが膝にあった。
「やれやれ、お兄ちゃん、サンはどうもそこが落ち着くらしいな」
「…悪くない」
川田は満足そうに笑って、「さて。邪魔するのも野暮ってもんだな、俺は行くぜ」と言って保健室を出て行った。
俺は無防備な顔で眠るを見つめながら、こんな日々も悪くないと思った。
おわり
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