「 」
「んー」
「 」
「何…?」
「…やっぱ、いい」

最近 の元気が無い。
ろくに和雄の相手をしてくれなくなった。

休息時間

桐山和雄の彼女、 は今年から受験生なのだ。
学校帰りは勿論、酷い時には日曜日も塾。
はすっかり疲れきっているようだった。
一緒に居てもすぐに眠ってしまう。
寂しくて、起こそうとしても不機嫌な顔で応えられる。
どうしていいかわからなくて、和雄はおろおろするばかりだった。
彼女がこんなに疲れているのを無理に起こすわけにもいかない。
それでも、寂しい。相手にしてもらえないのは、とても辛い。

つまらない。 と遊びたい。

楽しいと思って居た喧嘩だって、 と付き合うようになってからはほとんどやめたのだ。
と一緒にいる方が何倍も楽しかったから、問題は無かったのだけれど。

いつもの と同じ様に机に突っ伏してみた。
眠くない。
それというのも和雄が授業中に十分過ぎる程の睡眠を摂っているからなのだが。
これと言った苦労もせず、 より一年先に高校に通うようになった和雄には、 の
疲労の原因は良く分からなかった。

和雄の高校のすぐ隣にある の中学まで迎えにいって一緒に帰っても、 はどこか上の空だった。
和雄はそんな を見ているのが辛かった。

「またね、和雄」
はそう言って家に入って行った。
前だったら、家に入れてくれたのに。
一緒に遊んでくれたのに。

でも嫌われてるわけじゃないってことはわかる。
はちゃんと一緒に帰る時手を繋いでくれるから。

和雄は少しの間、 の家の前で佇んでいた。
ふいに、思いついた様に自分のポケットから財布を取り出した。
それをさかさまにして乱暴に振ると、ちゃりっと音を立てて数枚の小銭が和雄の掌に収まった。
「………」

和雄はそれを暫く眺めた後、そっと元通り財布の中に戻し、―それから、全速力で自分の家へと走っていった。




「母さん」
「どうしたの?かず」

ただいま、その言葉より早く和雄は母親に懇願する様に言った。
「金貸してくれ」

「後一ヶ月一円もくれなくていいから」

「すごく大事な用なんだ」







「 」
「何、和雄」
「今度の日曜、予定あるか」
いつもの様に一緒に帰る途中、和雄が少しぶっきらぼうにそう聞いてきた。
はちょっとだけ返事に窮した。
予定は無い。
本当に久し振りの、日曜日。
出来る事なら朝寝坊して、ゆっくり休みたい。
―でも。

最近和雄とどこにも行けて居なかった事に気付いた。
ああ、そっか。
どこに行くのでも私が計画立てて、和雄誘ってただけだったから。
そう言えばー和雄から誘ってきたのって初めてかもしれない。

はそれで―何だかとても嬉しい気持ちになった。

「良いよ。空いてる。どこ行くの?」
「映画」
和雄は真っ直ぐ を見てそう言い、鞄から何やら取り出した。

「 が前見たがってたの。買って来た」
和雄の手には二枚、映画の前売り券が握られていた。
整理整頓の苦手な和雄の鞄の中にあったせいか、少しくしゃくしゃになっていた。


日曜日。きっかり朝十時。
地元の小さな映画館はあまり混んでは居なかった。
公開から大分経っているから無理も無いだろう。

席を苦もなく確保した後、和雄が席を立って、 に訊いた。
「飲み物、買ってくる。何がいい?」
「うーん…じゃあコーラがいい」
「わかった」

和雄はそう言って外に出て行った。

…なんか今日和雄優しいな。変なの。
いつも私に買ってきてって言う癖に。
それでも、悪い気はしなかった。

むしろ…嬉しかったのかも知れない。

和雄が大きめのサイズのコーラとパンフレットを手に戻って来ると、
ちょうどいいタイミングで映画は始まった。

はコーラを少しずつ飲んだ。
炭酸がじわりと喉に痺れを走らせる。
それに続いて甘味がゆっくりと広がった。

「和雄も」
はもの欲しげに此方を見ている和雄に気付くと、少し微笑んで、コップを差し出した。
和雄はこくりと頷き、コップを受け取った。
少しだけ飲んで返してきた。

銀幕に映し出されたのは、洋物の恋愛映画だった。
和雄はもっとアクション映画とか。
それでなければホラー映画とか、そういった類のものが好きなのに。

和雄なりに気を使ってくれたのだと思う。


暫くして、和雄の手がそっと の手に重なった。
「…和雄?」
は少し驚いて和雄のほうを見た。
和雄は黙っていた。

一生懸命スクリーンの方を見ている振りをしているが、意識しているのは一目で見て取れた。
は微笑して和雄の手を優しく握った。
あったかくて、少しだけ骨張った和雄の手。
喧嘩する時に使っている手。
でも、自分の前では―とても、優しい手。

和雄もそっと握り返してきた。
それからずっと、そうして手を繋いでいた。


物語はやがてクライマックスを迎える。
和雄がこてんともたれかかってきていた。
―やっぱり和雄には退屈な映画だったかな。
ふわふわの金髪頭が頬に触れて、少しくすぐったかった。


薄暗い中。
和雄の子供みたいにあどけない寝顔が、
移り変わるシーンごとに照らされたり翳ったりした。

「いい雰囲気とか、なかなかなれないね、私たち」
苦笑して は呟いた。

「 」
「―え?」
眠っていたとばかり思って居た和雄がそのとき突然声をかけて来たので、
は少しだけ驚いた。

和雄は金髪頭とは対照的な、真っ黒な瞳をじっと に向けて、訊いた。

「元気、出た?」
「うん。…ありがと、和雄」
は微笑んでそれに答えた。

和雄はまた にもたれかかってきた。

「眠いの?和雄」
和雄に尋ねる。
和雄は返事をしなかった。
ただぎゅっと に抱きついてきた。



「ほんとはもっとこうしてたいのに」

和雄の小さな声が聴こえた。

は目を丸くした。
すぐにその目を優しく細めた。
「私も…同じだよ」
和雄の背中を優しく撫ぜた。


和雄がゆっくりと顔を上げる。
の頬にそっと手を当て、
和雄は の唇に自分のそれを重ねた。

甘くて優しい味がした。

両隣が空席で、暗闇の中だという点を差し引いても、
普段の だったら怒って居る所だったけれど。
今日は。

「 、頑張って」
唇を離した和雄が、囁くように言った。
は微笑んだ。


「頑張るね、和雄」
和雄はこくんと頷いた。



おわり


後書き:桐山月間最後。久々映画版キリ―夢。
私的映画桐山のイメージは二転三転しましたが結局こんな感じに落ち着いたみたいです。
原作版桐山が一番好きですが、やっぱり映画桐山も好き。
これ読んで少しでもキリーに癒されて頂けたら嬉しいです。

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