For my dear…

※ややYC風味です。杉村ファンの方にはお勧め出来ません。

二月某日。
城岩町立城岩中学校三年B組の男子生徒たちはなんとなくそわそわし始めていた。
彼らは気がつくといつも、窓際の一番前の席に座っている女子生徒の姿を目で追っていた。
その女子生徒の名前は「 」。

、バレンタインは誰にチョコをあげるのか、もう決めたかしら?」
休み時間になってすぐ、眠そうな の前まで来てそう尋ねたのは、
このクラスで、いや恐らくこの城岩中で一、二を争う美少女、相馬光子。
彼女は損得抜きで他人に興味を示す事は滅多に無かったのだが、なぜか の事
はお気に入りのようで、 の前では「天使の様な微笑」を崩さなかった。
「うん、決めてるよ。でも秘密」
は屈託のない笑顔でそう言った。
光子はちょっと驚きながら、
「あら、でも少しくらいだったら教えてくれてもいいじゃない?」
わざと懇願するように訊いた。

は少し頬を紅くする。
それを見て、光子のどこか冷たかった目が柔らかく溶ける。
、可愛いわ…。あ、私ってちょっとレズっ気あるのかしら?
「…すごく格好良くてね、優しくて、強い人。」
は頬を紅くしながら言った。
「そ、そうなの?そんなに想われてるなんて、幸せね、その人」
光子は笑みを絶やさなかったが、心は穏やかでなかった。
誰よそいつ… は私のなのに。
「そ、そうかな?でもその人、私が好きな事、多分気がついてないし...それに、
私なんかじゃ、届かない位…すごい、人だし」
「何言ってるのよ、 、自信を持ちなさい。私は応援するわ」
健気な が可愛くて、光子は思わず の手をとってそう言った。
「…うん、ありがとう。光子ちゃん」
は本当に嬉しそうにそう言った。

そして、
この会話を余さず聴いていた者が、少なくとも六人いた。

いいぜ 、俺はちゃんと分かってるからな。当日は迷わず俺のとこ来いよ。
俺の方は 好きになってから、誰から告られても断って、 一筋だったんだからな。
そう一人でうんうんと納得しているのは、「第三の男」、三村信史。

野球止めてから強さにはちょっと自信ないけど… さん守るためだったらいくらでも
強くなるし、優しさは… さんに、だったら。
一人決意している男、「ワイルドセブン」七原秋也。

…強さか…毎日鍛えてるし、優しさには、…ああ、貴子にもっと気強くなれとか言われるけど…。
ちょっと照れながら悩んでいるのは杉村弘樹。

さんにだったら優しくなれると思うぜ。強さはまあ...こうして生きてるからなあ
…おっと、 さんは年上嫌いだったらどうするかな。
真剣に自分の年齢を悩む男、川田章吾。

さんが下品な有象無象に興味を示すわけが無いからな、まあ高貴な俺しか見えていないと
いう事になるかな。
こみあげる笑いを堪えきれない男、織田敏憲。

そして。
「ボス、どうしたんすか?」
「いや、何でもない」

桐山和雄は、廊下側の一番後ろの席、そう、ちょうど の席の対角に位置するその席から、
嬉しそうに光子と話す を、その無感動な瞳でじっと見つめていた。
そう、この六人は皆自分こそ の本命チョコを貰うに相応しい男だと思い込んでいるのだった。

(沼井充を始めとする桐山ファミリー、月岡除く、は「ボスの恋の邪魔は出来ない」と泣く泣く
への想いを断ち切っていた)

バレンタイン当日。

三年B組の教室に、 の姿は無かった。
は遅刻するそうだー」
林田が含み笑いしつつ言った。
「何だ男子達、その残念そうな顔はー」

教室はまるで葬式か何かの様に静まり返っていた。
男子のやる気の無さに女子たちも巻き込まれてしまっている。
いない時っていつもこうだよね…」
「うん…」
クラスのムードメイカーのはずの中川有香と瀬戸豊の表情も暗い。
しかし は欠席ではなく、「遅刻」するのだから。

「遅い。」

三村も、七原も、珍しく杉村も、川田も、織田も、そして―、
「ボ、ボス?」
「何だ」
「い、いや別に」
あの桐山和雄までが、苛立ちを覚えつつ 一人が登校して来るのを待っていた。

一時間目が終わり、休み時間になった頃、眠そうな顔で が登校して来た。
「おはようー」
「あら おはよう…」
しかし は、そう言った光子の横を無言ですり抜け、
自分の席に着くなり、突っ伏してしまった。
?」

驚いた光子が声をかけるが、 はもう静かに寝息を立てていた。
「…寝ちゃったのね」
光子はそんな の様子が可愛くて、思わず自然に笑みを零す。
「あら 、何か持って来たのね。何かしら、これ」
光子は の机の横に架けられた手提げの紙袋に目をやった。
そこに書かれていた文字を、光子は呟いた。
「バレンタイン…?」

その発言に、クラス中が一瞬にして静まり返った。
のチョコ?
男子どもが喉から手が出るほど欲しがっているもの。

ごくりと息を飲む生徒達。

暫し続いた沈黙を最初に破ったのは、三村信史だった。
無言で の方に歩み寄っていく。

「おい三村、どこ行くんだよ」
三村の行く手を遮ったのは、七原秋也だ。
目が本気だ。
「決まってんだろ、 を起こしにだよ。俺が のチョコ貰うんだから、当然だろ?」
「…お前の場合、起こすだけでは済まなそうだ」
静かな怒りの篭められた声がした。
杉村弘樹だった。

「俺はお前も含めて、全員危ないと思うがな」
一斉に振り向いた三人の視線の先、
どこか皮肉っぽい笑みを浮かべた川田章吾が、ゆっくりと、近づいて来た。
「とにかく早い話が、俺たち四人、全員敵同士、って事になるな」
四人の視線がぶつかり、火花が散った。
「誰が サンのチョコを貰うか…おっと、もう一人、いたか」

…気付かれたか?頼む、下品な有象無象どもは勝手に潰しあってくれ。俺はその後でゆっくりと…。
情けない事に前へ出て行く勇気の無かった織田敏憲の横を、彼の嫌いな範疇一、顔のいい男
―桐山和雄が、彼には目もくれず、スタスタと四人が集まっている方へと歩いて行った。


四人の顔が緊張で引き締まる。
容姿端麗、頭脳明晰。県内トップ企業の社長の御曹司、格闘に於いては無敗を誇る、どこまでも
完璧な男。
桐山は、少し冷たい感じの、りんと響く声で言った。
「聞いてくれるかな」

四人は黙って桐山を見た。
桐山は続けた。
「ここにいる五人で戦って、勝ち残った者が を起こしに行く。その時に の気持ちを聞く。
それが俺の提案だ。賛成してくれるか?」

「…オーケイ、望むところだぜ。俺は乗るよ」
三村は自信たっぷりに、そう言った。(実はほんの少しだけびびっていた)
「俺も乗るよ」
野球を止めて以来ちょっと腕力には自信のない七原だったが、やはり賛成した。
「俺も」
常日頃から肉体の鍛錬に励んでいる(何しろ誰もいない夜の公園で上半身裸で稽古している位だ)
杉村は、この時ばかりは自信を持って、言った。
「俺も構わないぜ」
文字通り死線をくぐり抜けてきた男、川田は不思議な貫禄を持って(中学生らしさがまるでない)
頷いて見せた。

桐山は満足げに頷き、四人に向かって、言った。
「では、どいつからやるんだ?俺は、まとめて相手をしても構わないが」
桐山が言うとはったりにも聞こえない。

「…俺が行こう」
そう言ったのは、杉村だった。

三村も七原も、そして川田もほっと胸を撫で下ろした。
…よかった。一番危なそうな奴らが潰しあってくれて。
三人の想いは同じ。

そうだ…いいぞ…殺し合え。
冷や汗をかきつつ見守る織田。

桐山と杉村が向かい合った。

「弘樹ー!この際負けるんじゃないわよ」
「…分かってるよ、貴子」
杉村は学生服の上着を放り、更にシャツまで脱ぎ捨てて上半身裸になった。
男に免疫のない榊祐子や琴弾加代子があられもない声を上げて失神したが、
これが彼のファイティングスタイルなのだ。

「ボス―、そんな奴ぶちのめしてやって下さい―!」
やや古びた言い回しで応援する沼井の声には答えず、桐山は学生服のホックを
外し、袖を通さずガウンのように羽織って身構えた。

「始め!」
いつのまにか開始の合図を言う役に回っていた瀬戸豊。

「せいあっ!」
先に仕掛けたのは、杉村弘樹だった。
杉村の手刀が桐山に迫る。
だが桐山和雄はそれを見事にかわして見せた。
杉村は怯まず攻撃を続ける。

「はあっ!」
杉村は、今度はズバヒウウ、という不気味な効果音と共に桐山に向かって蹴り上げた。
その様子はさながら旋風脚の様に周囲に竜巻を起こしている様に見えた。
桐山はやはりそれをなんなくかわし、杉村の足を自分の足で引っ掛けると、
体勢を崩した杉村の顔面に素早く掌底を喰らわせた。
杉村はそのまま後ろに吹っ飛ばされた。
がたたたん、と音を立てて杉村のぶつかった机が倒れて転がる。
「ちょっとあんた達、静かにしなさいよ、 が起きちゃうでしょ!」
まるきり子守りをする母親と化した相馬光子は気が気でない。

「もう、終わりかな」
「…まだだ」

杉村がふらりと立ち上がった。
多少はダメージを受けている様だ。

少年漫画みたいな戦いだ。
見守る川田たちはやっぱりこの二人とは住む世界が違うなと思いつつ見ていた。

杉村はすぐにまた桐山に向かって蹴りをくれた。
桐山はやはりそれを避ける。
だが、杉村は、間髪入れずに今度は桐山のすぐ目の前まで迫っていた。

これには桐山も意外だったらしく、少しだけ反応が遅れる。

桐山の一瞬の隙をつき、杉村が桐山の腹に思いきり肘打ちを決めた。
全く無表情の桐山の口から、短い息が洩れた。
「はああっ!」
僅かに体勢を崩した桐山を、杉村は気合と共に両手で吹っ飛ばした。

今度は桐山が飛ばされて、机をなぎ倒しつつ転がった。

なんて凄い技だ。
様子を見守っているクラスメイト達はごくりと息を飲んだ。
…あの、桐山を。

杉村は漸く桐山に一撃を与える事が出来て、満足げな表情をしていた。
だが桐山が吹き飛ばされた地点を見て、唖然とする。
もはや滅茶苦茶になぎ倒された机と椅子の中にあって、光子が必死に守っていたお陰で
ひとつだけ無事だった席― の座る席のすぐ横に、桐山は倒れていた。

「うーん…」
が身じろぎ、眠そうに目をこすりながら、顔を上げた。
「ちょっと桐山!あんたがうるさいせいで、 起きちゃったじゃない」
光子が凄まじい形相で言った。
「…すまない」
桐山は倒れたまま、無表情で言った。
その様子からはダメージを受けているのか受けていないのかよくわからない。

「あれ…桐山くん」
目を覚ました に、桐山は淡々とした声で言った。
「おはよう、
相変らず身を起こそうとせずに。

「どうしたの、大丈夫?」
は倒れている桐山を心配してか、椅子から立ち上がると、
桐山の所まで来て、そっと彼を抱き起こした。

…桐山の野郎。一人だけいい思いしやがって。
クラスの男子たちの恨めしい視線を全く気にも留めない様子で、
桐山はただぽつりと言った。
「ちょっと、戦っていたんだよ」
はますます心配そうな顔で、訊いた。
「戦って―?ねえ、誰がこんなひどい事したの?」
桐山は の問いに、相変らず感情の篭もらない声で答えた。
「…杉村だ」

「―杉村くんが?」
はその桐山の言葉にひどくショックを受けた様子だ。
杉村は慌てた。
もしかして さんは―。
「ひどい、杉村くん、そんな事するなんて…!」
は目から今にも涙が溢れそうな様子で、言った。
「杉村くん、優しい人だって、信じてたのに…」
「ま、待ってくれ さん、それは誤解だ、俺は―」

はしかしもう杉村の言葉を聞こうとしなかった。
「桐山くん、保健室行こう。立てる?」
「すまない」
は桐山に肩を貸して、立ち上がるのを手伝ってやっている。
―絶対あいつほんとはなんともないな。

クラス中の白い視線が桐山に集中した。
しかし、

―あ!
が傍らの紙袋に手を伸ばし、そこから取り出したものに
彼らの視線はまたしても釘付けになった。
はちょっと恥ずかしそうにしながらも、すっとそれを
片手で桐山に差し出して、言った。
「元気になったら、良かったら、これ…食べて」

さすがの桐山も、ほんの僅かに驚いた表情を形作った。

「ありがとう」
桐山は普段の無表情からは考えられない様な、
優しい顔をして、それを受け取った。

の手作りのバレンタインチョコを。




教室を二月に相応しい冷たい風が吹きぬけた。
男子たちの中には情けなくもすすり泣くものまでいた。

だが。
一番救われなかったのは、彼らだろう。

さん…」
「ちょっと、泣く事ないでしょ、弘樹」

可哀相な杉村はひどく傷ついていた。

七原はあさっての方向を向き、
「何だ、何なんだ、あいつは」
と恨めしそうに呟いた。

三村は、心の中で思った。
―クソ、桐山、結局俺はお前に負けたわけか…。
泣きそうな表情で。

川田はただ渋い顔をして煙草を吹かした。
その姿は哀愁漂っていた。

織田は腸が煮えくり返るような思いでぶるぶると手を震わせていた。
…ちくしょう…あの下品なオールバック奴僕め…よくも…!

杉村以外は戦わずして桐山に敗北してしまった事になる。

それまではらはらしながらも事の成り行きを見守っていた相馬光子は、
―後で様子を見に行かなくちゃ、あの男が に何するか心配だし。
娘を嫁に出す母親の様な気持ちで、 の消えていった方を眺めていた。


そんな事とも知らない と、きっとB組で今日一番幸せな男―桐山和雄は、仲良く手を繋いで
保健室へと歩いていた。


おわり