「…おそらくはもって三ヶ月かと」
巨大に膨らんだ自分の父親の心臓の写真を突き付けられて、俺は全身から血の気が引くのを感じた。 医師は無表情を崩さなかった。俺はいつもの自分を取り戻そうと、あれこれ思案してみたが、今にも倒れそうになる母親を支えるのがやっとだった。
「………後のことは、頼んだぞ……」
親父の遺言は、長男の俺へのものだった。
桜が咲いている。馬鹿みたいにきれいに。
桜の花の下には死体が埋まっているんだなんて噂をガキの頃聞いたことがあった。今は、死にそうな親父のことで心身ともに消耗しているのに、工場を継ぐ責任感も重くのしかかってきていて、頭がどうにかしていたんだろう。
桜の木の下に俺は、若い女の立つ姿を観た。…
「…坊ちゃん…ですか?」 「あぁん?」 「…ここの社長の坊ちゃんですよね、私、分かりますか?まだ坊ちゃんが高校生の頃入ってきたから、忘れてるかな?…単なる事務のひとりですけど、一度、御挨拶してます」
女は、あのときすれ違った女だった。よくよく見ると、見覚えがあったかも、しれない。
「おい…あん時ハンカチ…」 「まあ…ごめんなさい。ちょっと手を怪我して、拭いたものを落としてしまったんです」
「………」 「あの…何か怒ってらっしゃるんですか」 「うるせぇな。…俺様はこういう顔なんだよ、もともと」
綺麗な女だった。 腰までの長い黒髪は艶やかで、切れ長の瞳が印象的だった。
ああ、それで俺が覚えてるわけだ………
「桜、今年も咲きましたね、とっても綺麗。…坊ちゃんは幸せですね。こんな綺麗な桜がすぐそばで見られて」 「まあ、な」
親父は工場のやつらを呼んで、その年、最期の花見をした。ほとんどぽけっとして何もしゃべらなかった親父が、あの女を手で招いて、それから、俺を呼んだ。
「後のことは…頼んだぞ。…ワシは来年の桜が観られない」
「何をおっしゃいます。社長。坊ちゃんも、何かおっしゃってください」 「そうだぞ、親父。気弱なこと抜かすんじゃねえ」
「ははは…もう、本当のことしか言わないぞ…」
桜は満開を通り越して、散り始めた。その月のうちに、親父は死んだ。
つづく
2008/04/29
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