羽根

暮れかかる陽に照らされた彼の端正に整った顔。
いつもと同じ、全くの無表情の顔。

ただいつもと違ったのは、彼の顔にぽつりと空いた赤い小さな穴。
彼はそのまま倒れて、もう二度と起き上がることはなかった。

あたしはこのゲームで、初めて、人を殺した。
同じクラスメイトだった人を。
この手で、殺した。


「やつは死んだよ。殺したのは俺だ。典子サンじゃない。」
川田くんにそう言われて、銃を降ろさせてもらうまで、あたしはずっと
彼―桐山くんを見つめていた。

川田くんは倒れた桐山くんに向けて撃った。
あたしの目の前で、桐山くんの頭は弾け飛んだ。
真っ赤な血を噴き上げながら。

「大丈夫か?典子サン。顔色悪いぞ?」
まだ呆然としたままだったあたしは、川田くんに声をかけられてはっと我に返った。
「…あ、うん、大丈夫。ごめんね」
震える声を出した。
…無理していることは、一目でわかってしまうだろう。
川田くんは、少しだけ低い声で、あたしに訊いた。
「桐山のこと、気にしてるのか」
「…………」
「ああしなきゃ、俺たちがやられてた。」
あたしは黙ったまま、頷いた。

うん。
わかってる。
わかってるよ。
それは、このゲームでは当然の事。
彼はあたしたちを殺そうとしていた。

だから、撃った。

あたしは彼が怖かった。
だから、撃ったの。
ただ、

ただ、思い出したの。
さっき、倒れた桐山くんを見たとき。


あれは、このクラスになってすぐ位の時だった。
あたしは幸枝たちとお菓子の交換をする為に、クッキーを焼いて学校に持って来ていた。
「おいしいー!」
「典子のクッキー最高!」
一生懸命作った甲斐があって、みんな喜んで食べてくれた。
幸枝も、はるかも、有香も、文世も、知里も、泉も、みんな楽しそうに笑っていた。あの時。
あたしもそんなみんなの顔を見て、嬉しくなった。

お菓子の交換が終わって、幸枝達もあたしも席に戻った頃、教室のドアが音を立てて開いた。
もうすぐお昼休みも終わりそうな時間に。

無言で入って来たのは、桐山くんだった。
一瞬教室が静まり返る。

その日はなぜか他の桐山ファミリーの人たちはみんないない日だった。
桐山くんはそのままスタスタと自分の席の方まで歩いて来て座った。
その時の桐山くんの席は、あたしの隣だった。

桐山くんは学校を休むことが多かったから、いつもその席は空いたままだったけど。
ちょっとあたしは緊張していた。隣の席であるにも関わらず、まだあたしは桐山くんと一度も話したことが無かったから。
当たり前だよね。
彼は不良グループのボスで。あたしは、特に目立たない、ただの女子で。
接点なんて、生まれるはずがないもの。
そう、思っていた。ずっと。

彼はあたしとは別のところで生きている人なのだと。


「…甘い香りがするな。」
「え?」

何時の間にか、桐山くんがあたしの方を見ていて、ぽつりとそう言った。
初めて間近で聞く、桐山くんのりんと響く声。

「何の、香りだ…?」
最初、あたしは彼が何のことを言っているのかわからなくて、戸惑った。
でも、やがてひとつのことに思い当たって、言った。
「あ、きっと、これよ、あたしが持ってきたクッキーの…」
自分で食べようと思って取っておいた分が、まだ机の中にあった。

「まだ、あるのか」
「え…?う、うん」
あたしが頷くと、桐山くんは全くの無表情であたしに言った。
「…よければ、俺にも一枚くれないかな」

何だか桐山くんが、そんなこと言うイメージなかったから、あたしはすごく驚いたけど。
「あ、うん。いいよ、桐山くんの口に合うかわからないけど…」

あたしは慌てて、クッキーの入った紙袋を取り出して、桐山くんに渡した。
桐山くんは紙袋を受け取ると、少し不思議そうな顔でそれを見て、そして、
そっとクッキーを紙袋の中から取り出すと、静かに口に入れた。

その動作はとても優雅で、上品に見えて、思わず見とれてしまった。
桐山くんはゆっくりと味わってるみたいだった。それが妙に恥ずかしい。
だって、あたしが作った、ただのクッキーなのに。

「これは、中川が作ったのか?」
一枚を食べ終えた桐山くんがあたしを見ておっとりとした声で訊いた。
「う、うん」
また少し緊張しながら、あたしは答えた。
「…悪くないな。」
「あ、ありがとう…」

桐山くんが、あたしのクッキーを褒めてくれた。
彼はお世辞じゃなくそう言ってるみたいで、何だか私はすごく嬉しくなった。
「あ、よかったら…全部食べていいよ。あたしはもう食べたから。」
嬉しくて、思わずこう言うと、桐山くんは「そうか?」と言って、
今度はものすごいスピードでクッキーを食べ始めた。

それでも上品に見えるから不思議。
あたしはおかしくなって、少し笑った。
桐山くんは黙々とクッキーを食べていた。

そうしているうちに、あっという間に全部のクッキーを食べ終わった桐山くんは、あたしに
「また、作るのか?」と訊いた。

「気に入ってくれたの?」
桐山くんの反応が意外で、あたしはちょっとびっくりしながら訊いた。
「悪くないと、思ったんだ。」
さっきと同じ言葉を彼は繰り返した。同じ無表情で。
悪くない、が口癖なんだろうか。
表情も、言葉も、どこか人と違っていて、最初はすごく近寄りがたい人だと思っていたのだけれど。
こうして話してみただけで、こんなにも印象が変わるなんて、不思議な感じだった。

ただその日わかった。
桐山くんは、そんなに怖い人じゃないってこと。
何だかすごく嬉しかった。

「また、持ってくるね」あたしは笑顔でそう桐山くんに言った。
桐山くんは黙って頷いていた。


それは、ほんの一ヶ月前くらいのこと。

次の休み時間、有香が真っ先にあたしのところに来て、いたずらっぽく笑って、言った。
「ねえ、典子、さっきあんた桐山くんにクッキーあげてたでしょ?」
「え…見てたの…?」
戸惑うあたしに、有香に続いてきたはるかが、楽しくて仕方ないと言う風に言った。
「私桐山くんが女子と話すとこ初めて見たよ!」
「案外桐山くん、典子のこと好きだったりしてねー!」
「ち、違うよ!そんな…」
あたしは顔を赤くして、からかう二人に抗議していた。

あたしが好きなのは秋也くんだった。
それはずっと変わらなかった。

ただ、思い出しただけ。ただ、それだけのこと。

もう、桐山くんは動かない。
もう、何も聞けない。

桐山くんが何を考えてこのゲームに乗ったのかも。
あたしのことをどう思っていたのかも。
何も。

クラスの他のみんなと同じ。
みんな、失われてしまった。

秋也くんがあたしの肩に手を置いて促した。
「典子、どうしたんだ、早く行かないと―」
「少しだけ待ってて、秋也くん」

デイバックの中を探った。
まだ、残っていた。
粉々になってしまっていたけど。

「ー典子!」
あたしは秋也くんが止めるのにも構わず、桐山くんの亡骸の方まで歩いていった。

ひどかった。

桐山くんの顔は、もう元の綺麗だった面影は全く無いほど、無惨に崩れてしまっていた。
こみ上げてくる吐き気をこらえながら、あたしは桐山くんの投げ出されたままの手を取った。

まだ、温かかった。

この手は、たくさんのクラスメイトを殺した。
でも、この手は、ほんの一ヶ月前には、あたしの作ったクッキーを持っていた。

涙が溢れてきた。
桐山くんの手に、ピンク色の包装紙で包まれたクッキーの袋を握らせた。
「もう、食べられないね」

それは、修学旅行の間に渡そうと思って作っておいた、桐山くんのためのクッキー。
「また持ってくるね」
そう、約束したから。

力のこもらない桐山くんの両手を、袋を持たせたまま、胸の上で組ませた。
それが今のあたしに出来るただひとつのことだった。

あたしは立ち上がった。立ち尽くしている二人に、言った。
「行こう、秋也くん、川田くん」
ここにずっと留まっているわけには、行かないのだから。

「典子…」
秋也くんはひどく辛そうな顔をしてあたしを見た。
川田くんは黙ったまま、桐山くんの亡骸と、それからあたしを見て、頷いた。

二人はそれ以上何も聞かないでいてくれた。
それが救いだった。

そうして、あたしたちは、歩き出した。
桐山くんを、みんなを残して。

でも、あたしは、忘れない。

桐山くんのこと、みんなのこと。
何があっても、絶対に。

忘れないよ。

…思い出を、ありがとう。



おわり


初桐典。かなり駄文ですね。
しかも無理ありすぎ…。暗すぎ。
ノリがドリームと全く一緒ですね。桐山は毎度偽。典子も偽。
私は男女カップリングだとこの二人が一番好きなんです。
桐山の生を終わらせたのは典子だし、やっぱり桐山にも温かいエピソードの
一つや二つあって欲しくて。ああ、何か言い訳になってるっぽい…。
最後は思い切り無理矢理終わらせてしまいましたが。
これって典桐?って感じですね。
また修行して挑戦したいです。はい
ちなみにこっこの歌からタイトルお借りしました。
この歌のイメージって私の中で桐山と典子にぴったりなんです。
なのにこんな駄文の中で使ってすみません。

2002年8月初稿、2003年12月改稿。

正真正銘、初の桐典小説。
ここから私の桐典妄想は暴走を始めたのでした。
まだこの頃は、原作に沿わせようとか、典子視点での謎の多い桐山を書きたいといった
気持ちがありましたが。
「忘れないであげて欲しい」
私の桐典を一言で表すなら、今も昔もきっとそれに尽きます。