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二年生の三学期。

城岩中学校では、クラスの班ごとに分かれて社会科見学を行う事になっていた。

一班はだいたい六人。
行き先はあらかじめ決められているが、大体の行動は自由であった。

中川典子は、矢作好美、倉元洋二、小川さくら、山本和彦、それに桐山和雄と同じ班になった。
典子は少し居心地が悪い気がした。

それというのも、好美と倉元、さくらと山本は、揃いも揃って、クラスでも公認のカップルであったからだ。
こんな奇妙な組み合わせになったことを少し恨めしく思った。

それに、桐山。
典子は桐山とは、まあ少しは話す仲だったし、親しく無い訳でもない。

けれど、桐山がこんな行事に、真面目に参加するだろうか。
普段の桐山の様子を考えると、とても来てくれるとは思えない。

桐山くんが休んだら、あたし、きっとひとりになっちゃうな。

典子は小さく溜息をついた。



社会科見学当日は、雲ひとつ無い位良く晴れていた。

「おはよう典子」
「おはよう、さくら」

華やかな笑みを浮かべて挨拶して来た小川さくらに、典子も笑顔で返した。

さくらは山本と一緒に集合場所に来た。
相変わらず、かなり仲むつまじい様子で。

少し遅れて、好美と倉元もやはり二人一緒にやって来た。

「早速だけど、行こうよ」

好美がけだるげに言った。

「あ、待って、桐山くんがまだ…」

好美の言葉に、典子は慌てて言った。

「え?桐山?どうせあいつ来ないでしょ?」
「ああ、待ってるだけ時間の無駄だぜ」

倉元も好美に合わせる。

二人ともさっさと出発したい気持ちでいっぱいの様だった。

「でも…」

典子は困った様に二人を見た。
確かに、約束の時間からは十分も経ってしまっているけれど。

「もう少し、待ってみよう。桐山も来るかもしれない」

見かねた山本がそう二人を宥める様に言った。

「もー、仕方ないなあ」

好美も渋々納得した様だ。

「あと五分遅れて来なかったらー」



「あ!」

典子は声を上げた。
典子たちの居る場所の、道路をはさんでちょうど向かい側、
桐山が別に急いだ風も無く歩いて来るのが、見えた。


典子たちのすぐ側まで来ると、桐山は「遅れてすまない」と一言だけ言った。
好美は少しその態度が気に入らぬ様子で、眉を顰めて桐山を見ていたが、
倉元に宥められると機嫌を直した様だった。

「とにかく、みんな揃ってよかった。じゃあ、今度こそ出発しよう」

山本がそう皆をまとめる様に言った。

よかった、桐山くん、来てくれて。
典子はほっとして、桐山の方を見た。
桐山もやはりこちらを見ていた。

「桐山くん、今日はよろしくね」

典子が微笑んでそう言うと、桐山は「ああ」と頷いた。


それから六人で、二つの職場を回ったが、やはり山本とさくら、倉元と好美は二人で話す事が多く、典子はそちらの話にはあまり加わる事が出来ずに居た。
必然的に桐山と話す事が多くなる。

「ねえ、桐山くん」
「何だ?」
「桐山くんは将来何になりたい?」

典子は桐山の答えに興味があった。
やっぱり、お父さんの会社を継ぐのかしら?
それとも、絵が上手いから、画家とか。
あ、音楽も得意だったな。

桐山くんならどんな仕事でもできそうだけど。
少しわくわくしながら、典子は桐山の答えを待った。

桐山は、典子の顔を不思議そうに見て、少し目を伏せた。

「将来…か」

顔を上げた。
桐山は、笑顔のままの典子に、淡々と言った。

「考えた事がないから、よくわからない」

典子は少し驚いた。

「え、そうなの?」
「ああ」

桐山は無表情のまま典子を見ていた。
最初は言うのが恥ずかしいのだと思ったのだけれど。
桐山は、隠し事をする様な人には見えないので。
多分、事実なのだろう。

典子は複雑な気持ちになった。
何でも出来る人って、そんなものなのかしら。

「中川」
「え?」

ぼんやりと考えている所を突然呼ばれたので、典子は返事をするのが遅れた。
桐山が、やはり無表情で典子を見ていた。
そして、訊いた。

「中川は、何になりたいんだ?」

典子は顔を真っ赤にした。
桐山が教えてくれていたら、言い出しやすかったのだけれど。
自分だけ言うのは、やはり恥ずかしい気がした。

「あたしは…」

それに、まだ誰にも言っていなかったのだ。
どうせ笑われると思って。
けれど、桐山なら、笑ったりはしないだろう。

「先生になりたいの。国語の先生」

少し小さな声で、典子は言った。
桐山くん、変だと思うかな。
典子は恐る恐る桐山を見上げた。



桐山は相変わらず無表情のままだった。
感情が読み取れないというのは、不便な事だ。
気分を害しているのか、そうでないのかもわからないから。
少しだけ沈黙が訪れた。

桐山が、ぽつりと言った。

「中川は作文が上手いから、きっとなれるんじゃないか」

典子はその桐山の言葉に、また顔を紅くした。

「えっ、そんな、あたしは…」
「俺は、事実を言っただけだ」

典子はまた桐山を見た。
お世辞でそう言っているわけではない様に見えた。
少し、嬉しかった。

「ありがとう」

きっとその気持ちが顔に出ていただろう。
桐山はまた不思議そうに、そんな典子を見つめていた。



三時。
無事に職場訪問は終了した。

「じゃあ典子、また明日ね」
「うん、またね、さくら」

あとは現地解散、という事になっている。

さくら達は、二人でそのまま駅の周りで遊んで帰る様だった。
好美と倉元は、もう既に途中で抜け出してどこかへ行ってしまった。
多分、今頃好美達もデートを楽しんでいるのだろう。

さくらに手を振りながら、
典子は少し、羨ましい気持ちで、去って行く二人を見つめていた。

「じゃあ桐山くん、あたしたちも帰ろうか」

少し力のない声で典子が桐山に言った。
桐山は、黙ったまま、典子を見ていた。
返事がなかったので、典子は不思議に思い、桐山を見上げた。

「桐山くん?」
「中川」

典子と目が合うと、桐山はそっとその視線を、駅に近い、まだできたばかりの喫茶店の方へと、向けた。

不思議そうな顔をして、自分を見ている典子に、桐山はいつもと変わらない調子で、言った。

「少し、寄っていかないか」

典子はびっくりして、瞬きをして桐山を見た。

「えっ?でもあたし、お金持ってないよ?」
「俺が出す」
「え、でも」
「いいんだ。そうしてみようと思っただけだ」

桐山は、無表情のままだ。
典子は少し戸惑いながらも、結局桐山の言葉に甘える事にした。



典子は、ミルクティーを頼み、桐山はコーヒーを頼んだ。

典子の向い側で、桐山は上品にコーヒーをすすっている。
とても、絵になる姿だった。

「桐山くん」
「何だ?」
「桐山くん、お砂糖入れるのは嫌い?」

典子はコーヒーを飲むときは、ミルクをたっぷり入れて、更に砂糖を二個加えて飲む。そうしなければ、とても苦くて飲めないので。

ブラックで飲んで居るのは、何となく桐山らしい気がしたけれど。

桐山は、少しだけ眉を持ち上げた。

「入れた事がない」

そうして、桐山はテーブルの上にあるシュガーボトルから角砂糖を二個取り出すと、もう半分しか残っていないコーヒーの中に、無造作に入れた。
少しだけスプーンでかき回すと、また口をつけた。

驚いた様に見ている典子に、桐山は淡々と言った。

「悪くないな。砂糖を入れてみるのも」

再び上品にコーヒーをすすった。

桐山くんて、面白いひと。

典子は微笑んで、桐山の様子を見ていた。



やがて、喫茶店を出た。
典子は周りを少し気にしながら歩いていた。
桐山は、全く意識していないようだったが。

なんだか恥ずかしいな。

こうして二人で歩いていたら、周りは恋人か何かだと誤解するだろうか。
典子は少しどきどきしていた。

どうしよう、

何だかすごく、嬉しい。
あたしは秋也くんが好きなのに。

桐山を見上げた。
どうしてここまで格好いい人と、あたしは一緒に歩いてるんだろう。



桐山はとても綺麗な顔立ちをしている。

けれど、
どこか自分達と違う、
一線引かれた様な、不思議な違和感を抱かせる存在。

いつも、心のどこかで。
典子は桐山の事を気にしていたのかも、しれない。
秋也に対するものとはまた別の、しかし限りなく近い感情を、典子は桐山に対して抱いていた。

「中川」
「え?」

桐山が、何時の間にかこちらを見ていた。
その目が、いつもより少し優しそうに見えたのは錯覚だろうか。

「こうして中川と歩いていると、悪くない気がするんだ」

桐山は、そう言った。
その声にはやはり感情が篭もっている様には感じられなかったけれど。
どこか、優しかった。

「そ、そう?」
「ああ」

典子は桐山から視線を逸らした。
一目で分かるほど、顔が真っ赤になってしまっていたから。
いつのまにか、バス亭まで来ていた。
桐山と典子の家は違った路線のバスを使わなければいけなかった。

典子は桐山に背中を向けたまま、言った。

「じゃ、じゃあまた明日ね、桐山くん!」
「ああ」


典子は慌てて、走って行った。
自分で自分の気持ちがわからなくて、恥ずかしくなった。


桐山は典子の後ろ姿を、暫くの間眺めていた。



典子は知る事はないだろう。

元々は休むつもりだったのを、
典子と同じ班だったのを思い出し、「行ってみるのも悪くない」と桐山が考え直した事を。



おわり