それは本当に些細な事だった。
でも、あたしにとっては、
凄くショックで。
涙が出そうになるのを必死にこらえた。
ある日の放課後。
幸枝と秋也くんが、二人で楽しそうに何かを話しているのを見かけた。
その時あたしははるかや知里たちと一緒に居た。
「あー幸枝いいなあ、秋也くん独り占めだよ」
はるかが少し羨ましそうにそう言った。
「でも、あの二人ならお似合いじゃない?小学生の時から仲良いし。ね、典子。」
「う、うん。そうね。」
無理矢理笑顔を作って知里に合わせた。
お似合い、か―。
本当にそう思うよ、あたしも。
幸枝は何でも出来るし、はきはきしてるし、可愛いもん。
それに比べてあたしは、何のとりえも無い。
秋也くんは一つ年上の先輩の事を、ずっと好きなのだと聞いた。
でも、わからない。
もしかすると秋也くんは、幸枝と―。
「典子?」
「え?」
「どうしたの?帰ろうよ。」
「あ、うん。ごめん先帰ってて…図書室寄ってくから」
「そう?じゃあまた明日ねー!ばいばい!」
知里とはるかの後ろ姿が見えなくなるのを確認してから、あたしは図書室に向かった。
ひとりになりたかった。
いつも、泣きたくなった時は図書室に行って、本を読む。
それで気が紛れる時が多い。
でも今日は駄目だった。
悲しくて。
泣きそうだった。
ここも駄目だ。
本を元に戻して、図書室を出た。
もう四時半だ。
部活に出てる人以外は帰ってしまっているだろう。
きっと教室には誰も居ない。
そこなら、泣ける。きっと。
あたしはB組のドアを開けた。
やっぱり誰も居ないみたい。
ほっとして、椅子に座った。
ふと、窓が開いたままな事に気づいた。
閉めようと近づいて、はっとした。
誰も、居ないと思ったのに。
「桐山…くん?」
窓際の席に桐山くんが座って居た。
私が声をかけると、桐山くんは窓の外に向けていた視線をそっと戻して、私の方を見た。
「びっくりした…今日休みだと思ってたから」
今日は六時間の日だったが、どの授業にも桐山くんの姿は無かった。
桐山くんは静かな、だけどよく通る声で「二者面談があったんだ。」とだけ答えた。
「そう……」
そういえばそんなものもあったなと思いながら、あたしは桐山くんから目を逸らした。
まだ、視線を感じた。
桐山くんはじっとあたしを見ている。
「どうしたの?桐山くん。」
不思議に思ってあたしは聞いた。
「…いつもと、違う。」
「え?」
「中川の顔が、いつもと違うと、思ったんだ。」
「あたしの顔が…?」
桐山くんは頷いて、すっと立ち上がった。そうして、あたしの方に近づいて来た。
あたしはびっくりして、思わず固まった。
とても近い距離まで来た。
桐山くんは少し腰を屈めて、あたしの顔を覗きこんだ。
凄く整った顔がすぐ目の前にある。
そのとても冷たい目も。
桐山くんは黙っていた。
あたしも黙っていた。
数分の間。
少し恥ずかしくなった。
「やはり、いつもと違うな。」
桐山くんが先に口を開いた。
「どこか、おかしい?あたしの顔。」
不安になって思わず聞いた。
「中川はいつも、笑っているから。」
「え?」
「笑っている時は、楽しいと思っている時なんだろう?」
あたしはまた固まった。
桐山くんは続けた。
「だが、今の中川は、泣きそうな顔をしている。中川は、今、悲しいのかな。」
「…………」
桐山くんには、わかってしまったんだ。
今、あたしはどういう顔をしてる?
急に目元が熱くなった。
どうしよう。
それからは、もう、止まらなかった。
泣きたくないのに。
「…ごめ…あたし…かえ…」
桐山くんの居る前で泣くなんて。
あたしは椅子から立ち上がろうとした。
その時、桐山くんがいつも通り静かな声で言った。
「…泣きたいなら、泣けばいい」
「―え?」
「悲しい時は、泣きたくなるものなんだろう?」
あたしは驚いて桐山くんを見た。
やっぱり、無表情だ。
同情だとか、哀れみだとか、そんな感情が全く感じられない。
全くの、無表情。
「…でも…かっこわるいよ…こんな…」
「泣くということは、格好悪い事なのか?」
桐山くんはあたしを見て言った。
「俺には、そういう気持ちがよくわからないんだ。だから、それが格好悪いのかどうかもわからない」
「…………」
少しして、涙は止まった。
桐山くんの前で泣いてしまった。
凄く恥ずかしかった。
でも何故か、桐山くんの前だと泣けた。
どうしてだろう?
別に親しい訳でも無いのに。
桐山くんは迷惑じゃなかったの?
桐山くんは「わからない」と言った。
桐山くんは何が「わからない」のか。
どうして「わからない」のか。
深く追求はしなかったけど。
ただ、桐山くんは泣いているあたしに、
「使うといい」と、綺麗にたたまれたブランドもののハンカチを差し出した。
あたしは、いいよ、悪いよ、と言ったのに、「返さなくてもいいんだ」と。
帰り際、桐山くんは私に言った。
「中川はいつも笑っていると思っていたんだが、違うんだな」と。
あたしは答えた。
「いつも、楽しい訳じゃないのよ?あたしだって、頭に来る時もあるし、泣きたい位悲しい時だってあるもの。」
例えさっきのようなほんの些細なことであっても。
「そういうものか」
桐山くんはあたしの方を見た。
相変わらず無表情だった。
「俺は…そういう気持ちがどんなものなのか、知りたいんだ。」
その言葉が、とても印象的だったのを覚えている。
そう言ったときの、不思議にとても哀しそうに見えた桐山くんの顔も。
桐山くんのくれた、とても高そうなハンカチを見る度思い出した。
あの悪夢のような修学旅行の時まで。
ずっと私の心に焼き付いて離れなかった。
おわり
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