「いつ始まるのかな?このゲームは?」
不安と恐怖に満ちた教室に、冷たい、無機質な声が響いた。
「プログラム」
生き残りを懸け、それまで仲良く机を並べていたクラスメイト達と
殺し合いをしなければならないという悲惨な状況に陥ったにも関わらず、
桐山和雄は特に何も感じなかった。
目の前で二人のクラスメイトが殺され、
迸る鮮血を目にしても、
何も、感じなかった。
桐山にとって「プログラム」は、日常起こっている些細な出来事と大差は無かった。
ただ、傷ついた国信慶時を庇って、足を撃たれた一人の少女の姿を見た時、
ほんの少しだけ、桐山の心臓が高鳴った。
眉を吊り上げ、銃を向けられても恐れる事無く、
「国信くんを、手当てしてください」
はっきりとそう言い放った少女、
中川典子の姿を、見た時に。
兵士は国信にとどめをさし、さらには典子と七原をも撃ち殺そうとしている様だった。
典子は国信の死体を見つめたまま、呆然としていた。
桐山は、立ち上がりかけて、やめた。
すぐに三村信史が、典子の窮地を救ったからだ。
桐山の動作は、本当に、一瞬のもので、隣にいた笹川ですら気付かなかった。
桐山は目の前の光景を静かに見つめていた。
身体が動いた理由は、よくわからなかった。
ただ、典子が席に戻ると同時に、
桐山の心音はおさまって行った。
どうしてだろうか。
これは、何かを感じる、という事なのかな?
以前典子が言っていた。
「桐山くんが、何も感じられない、って事はないと思うの」
その時は、よくわからなかった。
ただ、知りたいと思っていた。
何かを感じるという事。
もう一度典子の方を見た。
もう心臓の音は早くならなかった。
それから桐山は、コイントスの結果に従い、クラスメイトを虐殺していった。
何のためらいも無く。
やはり桐山の心臓は高鳴る事は無かった。
やはり、俺は何も感じられない。
桐山はまた典子の事を思い出す。
ー中川は今、何を感じているのかな。
どうして典子の事を思い出したのかはわからない。
そんな事を考えている様な状況では、なかったはずなのに。
桐山の乗ったライトバンと、典子たちの乗ったトラックが擦れあった。
七原の隣でマガジンを詰め替える典子の姿が見えた。
典子の頬と手が、紅く染まっていた。
少しだけ、鼓動が早まるのを感じた。
桐山が、もう一度自分の心臓が大きく高鳴るのを感じたのは、
本当に、最後。
最後の戦いが、終わる時のことだった。
川田を撃ち倒し、さらにはその銃を七原に向けた桐山の耳に、大きな撃発音が響いた。
それが何の音なのか、
理解すると同時に、桐山は急に全身の力が抜けていくのを、感じた。
頭に響く熱い衝撃。
手にも力が入らなくなった。
桐山の手から、がしゃん、と音を立てて銃が落ちた。
桐山の目に紅い夕焼けが映った。
さっき見えた、典子の頬と手を染めていた、
血の様に、紅い夕焼けが。
右目の縁に、同じ様に紅い何かが入って来て、目に沁みた。
ああ、きっとこれは俺の血だ。
鼻の横が傷んだ。
頭に、鈍い衝撃が響いて来ている。
薄れゆく意識の中、桐山はふと思った。
中川ならこんな空を見て、どんなことを感じるのだろうか。
「桐山くんが、何も感じない、って事はないと思うの」
そう言って笑った典子の顔を思い出した。
中川。
俺にはわからない。
ただ、「紅い」としか思えない。
沁みて細めた右目に、典子の顔が映った。
紅い視界に映る、銃を構えた典子の姿は、段々と小さくなっていく。
桐山はどうやら、自分の身体が後ろに傾いていっている事に気がついた。
典子の顔をもう少しよく見ようとしたが、その姿は朧げにしか見えず、
典子がどんな顔をしているのかもわからなかった。
紅い視界。
紅い中川。
俺を撃った、中川。
川田を撃ったあと、
どうしてか、桐山は典子を狙わなかった。
典子が、銃を構えるのは見えていた筈なのに。
どうしてなのか。
中川を、殺す事に、
俺は何を感じたのだろうか。
もうきっとわからない。
考える時間が、もう俺にはない。
「桐山くんが、何も感じられない、って事はないと思うの」
そう言った、中川。
「だからきっと、自分の感じた事、書ける様になると思うわ」
本当に、そうなのか?
あれから、何度も書こうとして、
結局文章にする事は出来なかった。
「頑張ってね、桐山くん」
紅い視界が黒く濁る。
桐山は思った。
もう典子に自分の感じたまま書いた文章を、
見せる事は、出来ないのだと。
何も見えなくなった。
ただ暗いだけ。
頭が割れる様に痛む。
今の気持ちを、
どう表現すれば、いいのだろうか?
今、俺はこう思っている。
もう一度、
中川を―
中川の顔を、見たい。
もう一度だけでいい。
中川の顔を見せてくれないか?
おわり
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