Retrospection

―冗談じゃない。
どうして、私のクラスが、「プログラム」なんていうものに選ばれたのか。

私が私なりに必死に生きてきた十四年間の人生は、こんな理不尽な形で終わりを告げるんだろうか。

プログラムに、選ばれた。
私は死ぬ。

遅かれ早かれ、必ず。

生き残れるとは、とても思えなかった。

頭では、理解しても、
身体の震えが収まらなかった。

「いつ始まるのかな、このゲームは?」
全くいつもと変わらない調子のあの人の声が、耳に響いてきた。
こんな状況でも、全く動じた様子のない彼の声が。

それが、不思議と私の心を落ち着かせた。
あの人―。

不良集団のリーダー、桐山和雄。



とても、頭の良い人。
最初はただ、あの人が羨ましかった。
学校にもあまり来ないのに。
どうして、私がこんなに頑張ってるのに、勝てないんだろうって。

少し、嫉妬していたのかもしれない。
でも、いつだったか。

見てしまった。
あの人が、満点に近い答案を、纏めてくずかごに放り込むのを。

そうした時の、どこか悲しそうな彼の顔を。
彼は、好きでいい成績を取っている訳ではなかった様で。

私が固執している事に、
あの人は全く興味がない様で。

なんだか、複雑な気持ちになった。
それからだ。
急速に彼の事が気になりだしたのは。

名前を呼ばれて、颯爽と教室を後にする彼の後ろ姿を見送りながら。
私は、強く思った。

お願い、無事でいて。



私は、幸枝たちと合流して、灯台にいた。
それは、幸運な事だったのかも知れない。

けれど、眠れなかった。
あの人の事を考えると。

あの人に、
桐山くんに、会いたかった。

だって私は、伝えていない。
桐山くんを、好きなこと。

桐山くんは、無事でいるだろうか。
私は、桐山くんに会えないまま、死んでいく事になるんだろうか。

それを思うと、とても怖くて。
眠る事なんてできなかった。

一度だけ、桐山くんと話した事がある。
確か、一ヶ月位、前の事だったと思う。

私が、転んで眼鏡を落としてしまった時。
桐山くんがそれを拾ってくれて。

「ごめん桐山くん、ありがとう」
そういって眼鏡を受け取ろうとした私を、彼はじっと見つめてきた。

「…どうしたの?」
「いや、…野田の雰囲気が、いつもと違うと思った」

彼は私を見つめたまま、抑揚の無い声で言った。
私は一瞬首を傾げたけれど。
すぐに、「眼鏡、かけてないから?」と彼に言った。
「ああ、そのせいか」
彼は納得した様に言った。



「やっぱり、眼鏡かけてると、怖いかな」
その時、自然と口をついて出た言葉。
親しくもない彼に、そんな事を突然聞くのは可笑しいだろうか。
でも、気になっていたのだ。
前に、男子たちの中で、
「野田ってなんか冷たそうだよな」
「眼鏡さえなければまあまあの顔なのになあ」

そんな話題が出ているのを、聞いてしまったので。
その時、ひどく傷ついた記憶が、同時に蘇って来た。

彼は、黙って私を見ていた。
そして、すっと私に眼鏡を差し出した。

「つけてみてくれないか?」
「え?」

不思議に思いながらも、私が元の通り眼鏡をかけると、彼は淡々と、言った。
「怖くない」

彼は、私を真っ直ぐ見詰めたまま、そう言った。
ああ。
私はその時、とても嬉しくて。

「ありがとう」
そう、彼に言った。
その時、自然に笑顔になっていたと思う。

よく覚えている。
その時、桐山くんが、驚いた様に少し目を大きくして、私を見ていた事を。

まるで昨日の事の様に。
よく、覚えている。

私は、貴方が好きだった。
伝えたかった。
せめて明日まで生き残れたら、あるいは。

貴方に会えたかも、知れないのに。
怖かった。

あの人に会えなくなると思ったら。
一緒に寝泊りしていた、幸枝も、知里も、はるかも。
皆、敵に思えた。



私は、生きたい。
生きたかったの。

桐山くんに会うまでは。
生きていたかった。





杉村を取り逃がした桐山は、血の海になった部屋を、冷めた目で見まわした。
倒れているのは、中川有香、松井知里、谷沢はるか、内海幸枝、それに、野田聡美。
桐山は何か武器が残ってはいないかと思い、その彼女たちの死体の周りを冷静に探ってみたが、どうやら持ち去られた後の様だった。

「………」
失望する訳でも無く、桐山は軽く学生服についた埃を払い、その場を後にしようとした。

だが。
何を思ったか、桐山は足を止めた。

倒れている五人の少女のうち、
野田聡美の亡骸の前まで、桐山は近づいた。

聡美の身体を、そっと抱き起こした。
力なく聡美の腕が垂れ下がった。

聡美は、眉を顰めて、何かひどく苦しんだ様な顔をして、事切れていた。
桐山の脳裏を、ふとあの日の記憶が掠めた。

「怖くない」
そう自分が言った時、少し恥ずかしそうにはにかみ、
「ありがとう」
そういって、今度は普段では考えられないような笑顔を見せた、聡美。

今、目の前にあるのは、絶望と恐怖に固まったままの、血まみれの聡美の顔。
あの日、桐山が拾って渡したボストンタイプの眼鏡は、ひび割れてしまっていた。

同じ、聡美の顔。

けれど、違うと思った。
桐山はそう感じた。

涙と血で汚れた聡美の顔を、左手でそっと拭った。
髪を撫でた。

黒く長い、美しい髪を指で梳く。

さらさらと、聡美の髪は桐山の指から零れ落ちた。
「何が、そんなに苦しかったんだ?」
桐山はぽつりと呟いた。

「もう、笑わないのか、野田」
それは、独り言だった。

命を失ってしまった屍相手の。
桐山は、相変わらずの静かな表情で、聡美の死に顔を見つめていた。

そして、思いついた様に。
聡美の顔に、ポケットから取り出したハンカチを、そっと被せた。
死体には、そうするものなのだと。
そう、どこかで習った。

ただ。
そうしてみようと思ったのは、聡美に対してだけだった。
他のどんな死体にも、そんな気は起こさなかったのに。

桐山は、すっと腰を上げた。
僅かに視線を落とし、布の被せられた、聡美の顔を見た。

桐山は、少しだけ眉を顰めた。
背中を向けた。



桐山が外に出るとほぼ同時に、
ぱらぱらと雨が降り出していた。

桐山は、空を見上げた。
どんよりと暗い。

まるで泣いている様な、空。

桐山は、泣いてなどいなかったけれど。
どこか、心に空虚を感じながら。
再び歩き出した。

雨は段々と激しさを増して行く。

泣けない桐山の代わりに、空は泣いていた。


おわり