Sincere

頭がくらくらする。



お母さんに、今度のテストが一番大事でしょ、って散々言われてた。

塾の先生からもう嫌な位聞いてるから、わかってる。

わかってることを何度も言わないでよ。

私だって、頑張ってるんだから。

それでも、どうにもならないんだもの。



「聡美、顔色悪いよ、大丈夫?」

「ん…ちょっと…寝不足」

有香は心配そうに私を見てる。

そんなに顔に出てたかな。

大丈夫だよ、これ位。



「私…ちょっと保健室行って来る…」

「え?本当?ねえ、大丈夫?ついていこうか?」

「ううん、平気」



本当は平気じゃなかったりする。

でもそんな事言ったら有香を困らせるだけだし。

保健室くらい、一人で行けるし。



廊下に出た。

足取りが覚束ない。

何だかめまいがして来た。



向こうから、誰か来る。



―黒い学生服。男子生徒。

…桐山くんだ。



少しだけどきっとした。

でも目を合わせる勇気はないし。

そのまま、通り過ぎようとした。



それでも、こんなにふらふらしてる私の姿を見て、桐山くんは何事かと思ったのだろう。



「野田」

涼しげな声で、彼は私の名前を呼んだ。



「え?」

私は顔を上げた。

もう、そうする事すら辛かったのだけれど。



「顔色が悪い」

桐山くんが私の顔を覗き込んで、言った。

彼の顔が、間近にあった。

とても、綺麗な。

彼の顔が。



顔が紅くなっていくのが、自分でもわかった。



「野田?」

怪訝そうに問い掛ける桐山くんの顔が、歪んだ。

目に映りこんだ景色ごと。

とたんに私の身体は傾いた。



ああ、格好悪い。

好きな人の前で倒れるなんて。



そのまま冷たい廊下の床に叩きつけられるはずだった私の身体は、空中で止まっていた。

どうして?



「野田」

ああ、彼が。

桐山くんが、私を支えていてくれたんだ。



「保健室に行った方がいいな」

そう彼はぽつりと言った。

そう、今、行こうとしていた所なのに。



「うん、ごめんね桐山くん、ありがとう」

私はちょっと声を出すのが辛かったけれど、それでも区切るようにそう桐山くんに言って、彼の支えている手を、離そうとした。



けれど。

彼は離してくれなかった。

「どうしたの?桐山く…あ…」

視界が、一気に上に上がった。

身体が軽くなった感じがした。

桐山くんはいとも簡単に、軽々と私を持ち上げた。

俗に言う、「お姫様抱っこ」という姿勢。



「ちょっと桐山くん…何す…」

「貧血の時は無理して歩かない方がいい」

…貧血ではないんだけど。それより、この姿勢は…いくらなんでも恥ずかしい。

嬉しくない、と言えば嘘になるけれど。



「一人で…歩けるよ」



私がそう言うと、桐山くんはちょっとだけ眉を上げた様だった。

そして、少し目を細めた。

「保健室までは、こうさせてくれ」

「え?」

「俺が、こうしてみたいと思ったんだ」



ああ、どうしてだろう。その時桐山くんの顔がとても優しそうに見えた。

朦朧とする意識の下、私はただ彼の、初めて見る様な、優しい綺麗な顔に見とれながら。

保健室まで、運ばれた。



今思えば夢のような話。



「栄養はきちんと摂った方がいい」

そう桐山くんは言ったけれど。



ねえ、本当は。

貧血な訳ではなくて。



私がこんなに、倒れるくらい、眠らないで勉強してるのは。



いい高校に入りたいからでもなく。



親に言われるからでも。

塾の先生に言われるからでもなく。



私は、桐山くんに少しでも近づきたくて。

そのために。

夜もろくに眠らずに勉強してるのよ?



誰にも言えない事だけど。


おわり