「チョコレート、作って来たんだ。良かったら食べてね」
義理チョコのように。
気楽に渡す事ができたらどんなにいいだろう。
結局今年も典子は本命のチョコ―七原秋也のために作ったチョコを
渡す事が出来なかった。
溜息をついた。
「一生懸命、作ったんだけどな」
朝、秋也が下駄箱の前で、
「うわっ、こんなに入ってる、俺甘いの苦手なのに」
そう辟易した様子で国信に言っているのを見てしまってから、
典子の気持ちはずっと沈んだままだ。
もちろん、典子が差し出したなら、優しい秋也は嫌な顔一つ
せずに受け取ってくれるだろう。
それでも。
ほんの少しの勇気が、出せなかった。
あげられないなら、捨てるしかない。
チョコの入ったピンクの紙袋を少し名残惜しそうな目で見つめてから、
典子は教室の前の方―黒板のすぐ横にあるくずかごに向かって歩き出した。
くずかごの前まで来た。
意を決して、それを放り込もうとした時。
多少節くれだった手が、それを阻止した。
「おいおい、勿体無い事するなよな、中川サン?」
典子はびっくりして顔を上げた。
「…三村くん?」
そこに居たのは、この城岩中の女子の間でも絶大な人気を誇る
「第三の男」三村信史。
三村はいたずらっぽく笑って、言った。
「捨てるんなら、俺がもらうぜ?」
初めて間近で見る顔は、知里が夢中になるのがよく分かるほど整っている。
典子は三村の顔がまともに見れずに、視線を逸らした。
「そ、それは―」
典子は戸惑いを隠せない。
三村に捕まれたままの手に視線を移して、
さらに顔を紅くした。
どうして三村くんは、あたしなんかのチョコを欲しがるんだろう?
チョコなんて、いくらでももらってるはずなのに。
困っている典子を、三村は優しい笑みをたたえたまま見ていた。
三村がこんな行動に出たのは、無論きまぐれなどではなく、
典子が秋也にチョコを渡すタイミングを逃してしまった事に
何となく気付いていたからだ。
え、なんで中川サンが秋也好きって事知ってるかって?まあ、見てれば
わかるし、それにー中川サン、なかなか可愛いし、な。
三村も典子に少なからず好意を持っていたのである。
典子は「じゃあ」と、躊躇いがちに三村にチョコを渡そうとした。
一度は捨てようとしたチョコだけれど。
一生懸命、作ったのだし。
欲しいと言ってくれる人に受け取って貰った方が、嬉しい。
「ちょっと待った」
「え?」
少し低い、落ち着いた感じの声がした。
典子も、チョコを受け取ろうとした三村もびっくりして、
声のした方を振り向いた。
そこには、川田章吾がいた。
三年生になってから転校してきた、
眉の上に切り傷のある男。
「俺にくれないかな、典子サン。今年は誰にももらえそうになくて、寂しいと思ってたんでな」
彼はあまりクラスに馴染もうとしなかったのだけれど、
川田を怖がらず気軽に話し掛けて来た典子とだけは親しい仲だった。
それだけに、三村が典子のチョコを受け取る事に、多少なりとも複雑な気持ちを抱いたのだろう。
「何言ってるんだよ、俺が先に言ったんだぜ?」
少しの間ぼんやりとしていた三村だったが、はっとした様に、川田に向かって言った。
その眼光はきつくなっていた。
川田も負けていない。
「こういうのに先とか後とか関係無いんじゃないか、三村?要は典子サンの気持ちだろ?」
「………」
暫し二人は黙り込み、睨みあいが続いた。
…どうしよう。
秋也くんに渡すはずのチョコで、こんな事になるなんて。
典子はおろおろと二人を見ているばかりだった。
そこに、更にこの事態をややこしくする様な男が、割って入って来た。
「そのチョコレート、俺にくれないかな、中川」
彼は独特の威圧感のある、りんと響く声で言った。
「桐山?」
睨みあっていた川田と三村は、僅かに虚を付かれた様な顔をして、
そちらを振り返った。
典子も驚いた顔をしている。
桐山和雄だ。
この地域一帯でほぼ伝説となっている、不良のカリスマ。
女子の多くは彼を「怖い」と言って敬遠しがちだった。
彼自身も自分から誰かに話し掛けるような事はごく稀だったのだが、
なぜか典子には興味を示した様だった。
典子は、桐山ともそこそこ親しい関係と言えた。
けれど、この桐山こそ、バレンタインチョコには
不自由していない様に見えるのに。
三村はちょっと意地悪そうに桐山に訊いた。
「お前どうせ食いきれない位貰ってるんだろ?」
―まあ、俺も人の事言えないけど。
机の上に山積みになっている本日の収穫の事は、考えない事にした。
「ああ」
三村の問いに、桐山は悪びれる事なく答えた。
じゃあどうして、と言いかける三村に、桐山は特に感情の篭もらない声で言った。
「だが俺は、中川が作ったチョコレートが食べたいんだ。他のものに興味は無い」
川田と三村は開いた口が塞がらなかった。
典子も桐山を、あっけらかんとした表情で見つめる。
何がおかしいんだ?と言わんばかりの顔で首を傾げる桐山。
まるきり欲しいものをねだって駄々をこねる子どもと変わらなかった。
「中川、駄目かな」
桐山は典子をその澄んだ瞳でじっと見て、言った。
典子は顔を真っ赤にした。
桐山を初めて、「可愛い」と思ってしまった。
「ごめんね…川田くん、三村くん」
典子はそう呟くと、桐山の方に駆け寄り、持っていた紙袋を差し出した。
「ありがとう」
桐山は紙袋を受け取り、淡々とした口調で典子に言った。
「あーあ、振られちまったな」
川田は独り言の様にそう言ったが、残念そうな顔ではなく、どこか
優しい表情で桐山と典子を見つめていた。
三村の方は、僅かに悔しそうな顔をしていた。
少なからず、同じ天才として―ライバル視していた桐山に、負ける形に
なってしまったので。
そんな二人の思惑を知らない典子は、幸せそうな顔をして微笑んでいた。
秋也にチョコを渡せなかった後悔よりも、今は桐山にチョコをあげられた
嬉しさの方が強いようだった。
桐山は無表情だがどこか満足げな顔をして、
典子の持って来た可愛らしいピンク色の紙袋を
片手に提げて自分の席へと戻っていった。
桐山の席の周りには、充たちがいた。
今年はまだ、彼らの中にチョコを貰った者はいないようだ。
充は戻って来た桐山を見て、少し驚きながら、訊いた。
「ボス、どうしたんすか、それ」
「貰ったんだよ」
桐山はそれしか言わなかった。
充は暫く呆然とした様に、桐山を見ていた。
「…どうした?」
「いや、何かボス…すげえ、優しそうな顔、してるから」
おかしいっすね、こんな事思うの、と慌てて顔を紅くしながら弁解する
充の方は見ずに、桐山は目を細めて紙袋を見ながら、言った。
「…こういうのも、悪くないと思ったんだ」
紙袋からは甘い香りがした。
おわり
後書き:p-ko様のリクで、桐山と川田と三村が典子サンのチョコを取り合うと言う話だったのですが、
こんなになってしまいました(汗)。ごめんなさい。桐山おいしいとこ取りですね。
三村が分校で典子サンを救った場面がありますから、三典は不可能ではないと思います(え)。
これは、プログラムが無かった場合を想定したパラレルなんですが、そうするとこの時期受験真っ只中なはず(笑)。
ギャグっぽい桐典書いたのは初めてですが、楽しかったですvありがとうございました。
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