「今日は、皆さんにちょっと、殺し合いをしてもらいまーす」
陽気な男の声とともに、「それ」は何の前触れも無く訪れた。
本来なら楽しい思い出を作る事が出来たかもしれない修学旅行は、一転して悪夢に変わった。
見慣れない教室で起こされて、半分覚醒していなかった頭は、目の前で起きた一連の出来事に対する恐怖で、半ば強制的に目覚めさせられた。
怖かった。
人を殺す事も。殺されるかも知れない事も。
クラスメイト同士で殺し合いをする。その現実に成す術もなく追い詰められていった。
美しき日々
「女子番、 さん。」
(城岩町立城岩中学校3年B組女子番)は震える手でデイバックを受け取り、走り出した。
逃げなければならなかった。
殺すのも殺されるのも嫌だ。
だから。出来るだけ遠く、遠くへ―。
は暫くの間走り続けて、そして北の端まで来ていた。何故その方向を目指したのかはわからない。ただ、そっちの方が安全だ、と直感的に思っただけかもしれない。
漸く立ち止まり、はそこに腰を降ろした。息が切れていた。苦しかった。
そうして急に心細くなった。
仲の良い友達―女子主流派の女子たちは自分より出席番号が前の生徒も居たので、もしかしたら入り口で待って居てくれるかも知れない、と淡い期待を抱いていたのだが、それも空しく裏切られた。
当然の事かもしれなかった。危険を冒してまで待っている必要がどこにある?それに、相手を信用出来る?
はひどく悲しい気持ちになった。これが、現実なのだ。「プログラム」という―。
その時、目の前の断崖の方から僅かな話し声が聞こえてきた。
―え?だれか。だれかいるの?
は思わずそちらを見た。そして、次の瞬間には走り出していた。プログラムと言う状況下、そんなの行為はひどく無謀と言えたが、相手が誰でも、その時は良かったのだ。
ただ、ひとりでいたくなくて。
走るのを止め、ゆっくりと近づいて行って、ようやく相手が誰か判別できる距離まで来た時、は信じられない光景を目にした。
そこに居たのは小川さくら(女子4番)と山本和彦(男子21番)。
クラスでも公認のカップルであった。
その二人は、幸せそうに見つめ合い―そのまま、手を繋いだまま海へと飛び込んだ。
「―あ!」
止める間すらない、一瞬の間の出来事だった。
目の前で、二人の人が死んでしまった。
はショックで、暫しその場に立ち尽くした。
さくら…山本くん…。
それでも。
それは恐ろしい光景では無かった。
二人は身を投げる直前まで満ち足りた顔をしていた。
大好きな人と、一緒に死ぬことが出来たからだろうか?
こんな…ところで…
は二人が消えた海を覗き込んだ。
深い深い闇が、ただ広がっていた。
二人を飲み込んだばかりとはとても思えない程、そこは穏やかだった。
「………」
暫く海を眺めているうち、は急速に疲れてきた。
―殺し合いなんて、出来るはずないよ。
いっそ、目の前の海に飛び込んでやろうかという衝動に駆られた。
ゆっくりと、足を踏み出した。
きっと、怖くない。すぐ、終わる。そう思っていたのだけど。
足元が揺らいだ途端、急に恐ろしくなった。
足ががたがたと震えた。
そうだ。さくらと山本くんは、二人だったから、怖くなかったんだ。
私は今、ひとりだ。
一人で死ぬのは怖い。
怖いよ。
それでも、足は勝手に傾斜に沿って動いた。
「あっ…」
足が滑った。
は思わず悲鳴を上げた。
「やだ…助けてっ…!」
涙声で叫んだ。でも、誰も居ない。助けが来るはずがない。
―そのはずだったのに。
ひやっとした感触が、の左手を掴んだ。
「え…?」
は恐る恐る上を見上げた。
そこには、一人の男子生徒の姿があった。
その顔を見て、は驚きを隠せなかった。
「き…桐山…くん…?」
とても綺麗な顔をした、しかし冷え切っていてどこか作り物じみた印象の瞳を持つ、不良グループのリーダー。
―桐山和雄(男子6番)が、そこに居た。
「しっかり掴まっているんだ、 。今、引き上げる」
「え?」
桐山のよく通る声が耳に響いた。
そして次の瞬間、もの凄く強い力では上へと引っ張り上げられた。
じゃりっと音がした。
は桐山の手を、ぎゅっと握り締めた。
桐山はそのまま、を引き上げてくれた。
は岩の上に膝をついた。息が乱れ、体が震えていた。
怖かった。凄く、怖かった。
じわりと涙が滲んだ。あともう少しで、は海に沈んでいたのだ。
「大丈夫か、。」
そう言われて、はっとしては桐山の方を見た。
「あ…ごめ…ありが…」
ごめんねとありがとうを同時に言おうとして、声が詰まった。
桐山は無表情のままを見詰めていた。
彼はそうして、視線を少し下に移した。その視線を追うと、桐山の手を握ったままだった事に気付く。
「…あっ…ご、ごめん…」
慌てて手を離した。混乱して、凄く失礼な事をしてしまったかもしれない。
は痺れている手を見つめた。血がついていた。
いつの間に切ったんだろう?
でも、痛くない…?
じゃあ…。
桐山の方を見た。
桐山も同じように自分の手を見つめていた。彼の手の甲は擦りむいたように切れていた。
「すまない、手を汚してしまったな」
桐山はの方に視線を移して、そう淡々と言った。
「き…桐山くん…わたし…」
どうしよう。
助けてもらった上に、怪我までさせちゃって……。
はまた泣きそうになりながら、桐山に言った。
「ごめん…ごめんね…」
「何故謝るんだ?」
「だって…助けてもらったのに…怪我させちゃって…」
「のせいじゃない。少し、引き上げる時力を篭め過ぎて、岩に擦れただけだ」
「でも…」
「気にする事は無い。かすり傷だよ」
桐山はまだ気にするを制するようにそう言うと、またじっとをを見つめた。
は息を呑んだ。
綺麗な顔。完璧なまでに整った顔。
は同じクラスメイトでありながら、今まで彼を「怖い」人としてしか認識していなかった。
不良なんて大嫌いだった。
だから、当然近づきもしなかった。
なのにどうして?
大して親しくない私を助けてくれたの?
桐山は無表情だった。
言葉にも、全く感情が籠もっていない。
冷たい目。
思わずは固まった。
「。」
桐山はすっと立ち上がった。そして、怪我をしていない方の手をの方に差し出して、言った。
「立てるか?」
「え?」
は桐山の突然の行動に戸惑った。桐山は、抑揚のない声で淡々と言った。
「ここはもうすぐ禁止エリアになる。」
それではやっと我に返った。
そう言えば、忘れていた。
その事にまで頭が廻らなくなっていた。
もし、桐山が来てくれていなかったら、はここで首輪の爆発とともに死んでいただろう。
背筋に寒気が走った。
でも、それより前に、さっき助けてもらえなかったら?
そう考えると、桐山への感謝の気持ちでいっぱいになった。
桐山くんて、こんなに優しい人だったんだ…。
不良グループのリーダーだからと言う理由で、彼に偏見を持っていた自分を少し恥ずかしく思いながら、は桐山の差し出された手を取った。
桐山はが立ち上がるのを手伝ってくれた。
「桐山くん、ありがとう。本当にありがとう…」
「大した事はしていないよ」
は嬉しかった。こんなゲームの中でも、助けてくれる人が居た事が。
その時、は正常な判断が出来なくなって居たのかも知れない。
殺人ゲームに参加させられた事。友達に置いていかれた事。目の前で人が死んだ事。
そんな条件が重なって。
誰かに縋りつきたい気持ちでいっぱいだった。
もっと、強くなければいけなかったのに。―そう思うようになったのは、もう少し後の事。
は桐山について行った。桐山が、自分をどこか安全なところへ導いてくれるような気がした。
そこでふと、浮かんだ疑問をは口に出した。
「―桐山くん、どうしてここまで来たの?」
はただ思いつきで来ただけなのだけれど、桐山には何か理由があるように思えた。
頭の良い彼の事。
ここから脱出する方法だっていくつか考えているのかも知れない。
ここに来たのは、そんな意図があってのことではないだろうか。
けれど、の予想は、外れていた。
問いかけられて、少し思案するようにした後桐山が口にした答えは、とても意外なものだった。
「…が…」
「え?」
「 が、こっちへ走って行くのが見えた。だから俺は、 の後を追いかけた」
「私を…?」
どうして?
は驚いて桐山に聞いた。
自分のような特に何の役にも立ちそうにない女子を見て、追いかける気になった。
…それには一体、どんな理由があるのだろうか。
「どうして、私を?」
桐山は黙っていた。
ただじっとを見つめていた。あのとても冷たい瞳で。
「…何となく」
桐山は目を伏せた。そしてすぐにその視線をまっすぐの方へ戻して、言った。
「何となく… の顔を見たい、と思ったんだ」
はその答えに拍子抜けしたけれど、今にして思えば、彼はその「何となく」の為だけに、わざわざ危険を冒してまでここへ来てくれたのだ。
桐山とは朝の眩しい日差しの中、北の端の断崖を後にした。そこにはまださくらと山本の遺したデイバックが投げ出されていた。
つづく
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2007/04/05
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