第2話・ゲーム開始

「はい。これで平気かな」
「すまない」

北の断崖を離れて少ししたところで、は桐山の擦り傷の手当てをした。手当てと言っても、軽い傷なので、消毒して絆創膏を貼っただけなのだが。

の支給武器は、簡単な救急セットだった。いわゆる「はずれ武器」の部類に属するのかもしれないが、この時は助かった。

「桐山くんの武器、何だったの?」
「これだ」

 桐山がデイバックから取り出した武器を見て、 は息を飲んだ。

 「それ……」
 「イングラムM10サブマシンガン、という物らしい」

 持ってみるか、と言われて、 は恐る恐るそれを桐山から受け取った。それはカステラか何かの箱に少し手を加えたような無骨な形をしていて、ずしりと重かった。

殺傷力は充分にある、と桐山は言った。

 「…ありがとう」
は桐山にマシンガンを返しながら、思った。
映画でしか見た事が無いような武器だけど、いつか目の前でこれが使われる時が来るんだろうか。 それを考えると、何だか背筋が凍るような気分になった。
 
 「、どうした」
 「ううん。…何でもない。これから、どうするの?」
 桐山は間を置かずに答えた。
 「もう少し、このまま様子を見るつもりだ」
 「そっか…」

 「誰かが襲ってくる可能性も充分にある、油断はしない方がいい」
 桐山は付け加えた。

 「うん…」
 は小さい声で答えた。誰かが襲ってくる。考えただけでもぞっとした。同じ教室で机を並べていたクラスメイトたちが。

 「は、怖いのか?」
 桐山は抑揚の無い声で訊いた。
 「…うん」
 は頷いた。
 桐山は「そうか」と言って少し目を伏せた。

 「桐山くんは、怖くないの?」
 今度はが聞き返した。
 桐山はそれでゆっくりと視線をのほうに戻した。

 彼はいつもと変わらない無表情だった。
 さっきを助けた時も、今も、全く変わっていない。
 それが少し怖い気もした。

 「よく、わからない。」

 桐山は少し間を置いてから答えた。

 しばらく歩いて、 と桐山が木陰で一休みしている時の事だった。
 「みんな、聞いて―!」

 え?

 聞き覚えのある女の子の声がした。

 あれは確か…。

 「私たち、殺し合いをする気は無いのー!」
 別の声もした。

 ―雪子?
 それに、友美子?

 それは北野雪子(女子6番)日下友美子(女子7番)の声だった。 
 聞き間違える筈が無かった。
 は、雪子と席が近かったし、その関係で友美子とも話す仲だったのだから。

 「どうしたんだろう?」
 何か雑音が混じっている様に聞こえた。

 ハンドマイクでも使っているんだろうか。
 だとしたら、何て命知らずなんだろう。
 でも、あの二人ならやりかねない。そういう子たちだもん。

 「やめさせなきゃ…!」
 は腰を浮かせかけた。

 しかしそれより早く、隣に居た桐山がすっと立ち上がった。
 「桐山くん?」
 声をかけた。どうしたの、と。
 返事は無かった。

 ただ、 の前をもの凄い速さで、黒い影が駆け抜けていった。

 「待って…桐山く…」

 桐山の足はとても速くて、必死に追いかけたけれど、見失ってしまった。はとにかく、声が聞こえた方へと急いだ。
 
 必死に走った。
 何か嫌な予感がした。

 桐山くんは、雪子達を止めに行ってくれた…?

 ううん。きっと、違う。
 よくわからないけど、きっと、違う。

 さっきの顔。
 雪子たちの声を聞いた時の、桐山くんの目。

 あの目は。
 とても、冷たかった。

 何の感情も籠もっていない目。

 ぞっとした。

 さっき助けてくれた時と同じ無表情、でも、何かが違う。
 何かが、違った。

 ぱらららら……

 聞いた事の無い音が響いた。

 何?何の音。

 「きゃああああ!」

 引き裂かれるような悲鳴が聞こえてきた。

 今の声…雪子?

 ぱらららら、ぱらららら、という奇妙な音はそれから何度も響いた。その度に、悲鳴は弱々しくなり、そして、何も聞こえなくなった。

 不気味な程の静寂。寒気がして、は自分で自分の体を抱きしめて震えた。本能的に、頭が「そっちへ行っては駄目だ」と命令していた。

 怖い。行きたくない。

 そっちへ行ったらきっと、見てはいけないものを見る事になる。
 それでも、身体はそちらを目指していた。

 少し歩いた。
 見晴らしのいい山頂が見えた。
 おぼつかない足取りで、上へと登って行く。

 途端に生臭い臭いがたちこめてきた。
 噎せ返るような。
 錆びた鉄のような。

 分校で嗅いだ、あの臭い。
 ―血。
 血の臭い。

 「…っ…」

 口を押さえた。
 本当に怖い時は、きっと声なんて出せない。それを身を持って知らされた。

 目の前に赤い塊が二つ、転がっていた。
 黒いセーラー服も真っ赤に染まっていた。

 雪子と友美子だった「モノ」がそこに、転がっていた。

 それを見下ろす、黒い学生服を纏った、桐山。
 手には先程 も持った、イングラムM10サブマシンガンがしっかりと握られていた。

 「殺傷能力は充分にある」
 さっき、桐山は、そう言った。

 それはその通りだった。
 それは、 の友達二人の命を、奪い去ったのだから。

 桐山がふいに、こちらを振り返った。

 「ひっ…!」
 は恐怖に顔を引きつらせて、そして全速力で走り出した。
 恐怖の対象ー桐山和雄から逃れるために。

 桐山はそんなを追いかけもせず、ただその後ろ姿を無表情で見ていた。
 もう友美子と雪子の死体には目もくれなかった。

 ただ、マシンガンを握っていない右手の甲― が絆創膏を貼った箇所にそっと手を当てた。
 そこを桐山は少しの間見つめていた。そうして、僅かに眉を寄せた。


 つづく



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2007/04/05