桐山くん、どうして?
私を助けてくれたのに。
どうして、雪子たちを、殺したの?
は必死に逃げた。桐山から。今はただ、桐山が恐ろしくて仕方が無かった。
桐山が追いかけて来ないと知ると、ほっとして近くの木にもたれて休んだ。
冷静になって考えれば、桐山がを殺そうと思えば、いつだって殺せたのだし、あの時助ける必要も無かったのだという事に気がつけただろう。
は酷く混乱していた。
目の前で起こった、恐ろしい出来事に。
仲が良かった友達を、殺された事に。
桐山の冷たい目を思い出して、は恐怖に震えた。
容赦の無い瞳。
まるで人形の様な。
どうして?
さっき、一緒に居た時は、怖くなんてなかったのに。
また一人になってしまった。
せっかく一緒に居た桐山から自分が逃げて来たのだけれど。
それでも、一瞬でも信じていた者に裏切られた様な気持ちだった。
涙が出て来た。
心細かった。また誰かが襲ってくるかもしれない恐怖に苛まれながら、はそれでも歩みを止めなかった。
丸一日歩いただろう。クラスメイトの影に怯えながら。
途中何度か危ない場面はあったが、どうにかやり過ごすことができた。
聞き慣れた生徒の名前が放送で呼ばれる度に胸が痛んだ。
少し落ち着くと、は桐山の事を思い出した。
―桐山くんは一体、何のつもりで、私を追いかけて来たんだろう?
何となく、 の顔を見たくなった、と桐山は言った。
そうして、暫く一緒に居た。
その時は、彼の事を怖いとは思わなかったのに。
助けてくれたのに、私を。
なのに彼は雪子と友美子を殺した。何も感じていないような顔をして。
どうして?
やっぱり、わからない。怖い。
桐山くんは怖い。
五月二十三日。ゲーム開始から二日目。
時刻は午前三時三十分を回ろうとしていた。まだ辺りは暗い。日が昇る時間でも無かった。
日付が変わって間もなく、遠くで何かが爆発するような音が聞こえた他は、島はしんと静まり返っていた。
は西の集落に居た。
は相変わらず何も武器を持っていなかった。誰かが来たらすぐに殺されてしまう。だから、民家の一つに息を殺して隠れていた。そうして、禁止エリアを避けて徐々に移動していくことしか出来なかった。
がちゃっとドアが開く音がして、ははっとした。誰か、来たみたいだ。
集落の民家の鍵は、一つ残らず壊されていた。専守防衛軍が意図的にそうしたのだろう。は高鳴る心臓を押さえた。
武器は持っていない。
相手が武器を持っていたら、逃げるしか無い。
けれど、こんな狭い民家の中、逃げ道は限られている。
見つからないようにするしか無い。
相手が気付かない事を祈った。
家具の物陰から恐る恐る見ると、どうやらやって来たのは男子生徒、しかもかなり背の低い―だとわかった。
彼はきょろきょろと辺りを見回していた。
一瞬だけ顔が見えた。
ヘルメットを被った織田敏憲(男子4番)だった。
その手に銃を持っていた。彼もやはりゲームに乗っているのだろう。
織田はだんだんと の居る方へと近づいて来た。
心臓が弾けそうに高鳴った。
お願い、来ないで……。
織田はにやりと笑った。
の方を、見ていた。
は恐怖に震えた。
「中々君は上品な女だと思ってたんだが―まあ、悪く思わないでくれたまえ」
すっと銃口を に向けた。無駄だとわかりつつもは逃げようとした。
「おっと、逃げても無駄だよ」
ヘルメットの下の目が無気味に光った。
はもう動けなかった。
―殺される!
その時、背後で再びがちゃっ、という音が響いた。
織田がそちらへぎょっとしたように身体を向けた時だった。
ぱららららら…と、壊れたタイプライターの様な音が響いて、織田の身体が小刻みに震えた。
―え?
悲鳴ひとつ上げずに織田は倒れた。黒い学生服にいくつもの穴が空いていた。しかし、血は流れていない。
はその音の主を、知っていた。
半開きになったドアから、やはり黒い学生服を着た桐山和雄が、足音も立てずに部屋に入って来た。
その手にはあの雪子と友美子を殺したイングラムM10サブマシンガンが下げられていた。
はまるで金縛りに遭った様に動けないでいた。桐山がつと視線を の方へと向けた。
桐山と の目が合った。
その目は相変わらず冷たかったが、 にはそれが、昨日桐山と一緒に居た時の、そう、あまり怖くないと感じたそれ―である事に気づいた。
その時だ。
の視線の端に―銃を桐山の方に向けていやらしい笑いを浮かべている織田の姿が映った。
「後ろ…!」
がそう言うのと、桐山が振り向きざま織田の頭に向けてイングラムの引き金を引くのとが、ほぼ同時だった。
ぱららららっ、と小気味良い音がして、織田は再び小刻みに震えながら倒れた。
倒れた織田の穴だらけのヘルメットの隙間から、どろりと赤い液体が流れた。
「あ…」
は思わず口を押さえた。
吐き気がした。
血の臭い。
雪子と友美子の、あの血塗れの死体を思い出した。
そう。
それを作り出したのは、彼。
けれど。
また、助けてくれた?
桐山は、 に銃口を向ける事無く、すっとイングラムを下ろした。そうして
の方へと近づいて来た。
身体が強張った。
「…」
桐山のさしてトーンが低い訳では無いのに、どこか威圧感のある声がりんと響いた。
「何故、逃げたんだ?」
桐山は静かな調子で言った。
は、その質問に、声を震わせながら、答えた。
「だ…だって…!」
桐山はじっと を見ている。
「桐山くんは…雪子と友美子を…殺し…」
最後は声がうまく出せなかった。
桐山はその答えを聞くと、またそっと目を伏せた。
「あれが、初めてではなかったんだ」
「え?」
桐山の脈絡の無い答えに、 は訝しげに桐山の方を見た。
「俺は、あの時、 に会う時までに、四人殺した。充と笹川と、黒長と、それに、金井を」
桐山はただそう淡々と、何かの台本を機械的に読み上げる様に、答えた。
は今度こそ戦慄を覚えた。
桐山は「殺した」と言った。顔色ひとつ変える事無く。
沼井充(男子17番)、笹川竜平(男子10番)、黒長博(男子9番)。それは、彼を慕う集団―桐山ファミリーのメンバーの名前では無いか?
特に彼らと親しそうに見えた桐山が、なぜ、彼らを?
それに―金井泉(女子5番)。泉は の幼馴染だった。
幼稚園、小学校、中学校と、何でも話せる友達として付き合ってきた―そんな子だったのに。
そう、泉の死を告げる放送が流れた時、 は涙を流した。
それが桐山の手によるものだったなんて。
ショックで呆然としている に、桐山はやはりいつもと変わらない調子の声で、言った。
「 、俺はどっちでもいい、と思っていたんだ」
「え?」
―どっちでもいいって…?
「だから、コインで決めた。表が出たら坂持と戦う、裏が出たら、このゲームに乗ると。」
桐山の瞳が冷たく光った。
「…コインは、裏だったんだ。だから俺はこのゲームに乗る事にした」
コインで?
コインで、決めたの?みんなを殺す事を?
は震えた。
そんなただの気まぐれで、人を殺すなんて。
そんなの、許される事じゃない。
気まぐれ。そう、ただの気まぐれ。
―それが何より恐ろしい気がした。
いつ殺されるかわからない。
怖い。
怖い。
再びゆっくりと桐山が近づいて来た。
「こ…来ないで!」
は必死に叫んだ。
桐山はぴたりと足を止めた。
「なぜだ?」
無表情の眉をほんの僅かに持ち上げて、桐山はに尋ねた。
「ゲームに…乗ったんでしょう?だから、私も殺すんでしょう?」
は半ば半狂乱になっていた。
桐山は少しの間、黙って を見つめていた。
重苦しい沈黙。
その間に逃げようかとも思ったけれど、身体が思い通りに動かなかった。
「…殺さない」
「え?」
少し間を置き、桐山は相変わらず静かな声で言った。
「このゲームには乗ることにした。だが、 は、殺さない」
は信じられないと言った表情で桐山を見詰めた。
いつのまにか朝日が差し込んできて、桐山の端正に整った顔を明るく照らしていた。
つづく
次へ
トップへ
2007/04/05
|
|