0">第4話・理由

 「 は殺さない」
 桐山の答えに、 は暫く戸惑っていた。

 ―私は、殺さない?

 その答えは、矛盾してはいないだろうか。
 このゲームに乗ることにした、桐山自身が今そう言ったではないか。

 このゲームに乗る、それはすなわち、自分以外全てのクラスメイトを殺すという事。

 聞いた限りでは―いや、実際、 の目の前で―桐山はそれを忠実に実行している様に見えた。
 いつもと変わらない、冷たい目で。

 以前から違和感は感じていたのだ。
 が記憶する限り―桐山がその顔にはっきりと喜怒哀楽の変化を見せる様な事は、一度も無かった。
 それがまた不気味に思えて、は桐山を避けていたとも言える。

 どうして?桐山くんて一体―。

 「
 はびくりと身体を震わせた。桐山が、すぐ目の前に居たからだ。

 桐山は、先程織田に見つかった恐怖で腰が抜けてしまい、今は立つ事すら出来ずに家具の陰に座り込んでいると向かい合う様な形で、腰を下ろした。

 「俺は、さっき、分校を出る時、 を待っていようかどうか、悩んだ」
 「え?」
 「だが、充達と南の端で会う約束をしていたし、わざわざ危険に身をさらす必要も無いと思った。だから、その時は行く事にした。その時は、どうでもいい事だと、思っていたんだ」



 桐山の漆黒の瞳が を真っ直ぐに射抜いた。
 は一瞬怯えた様に目をそらしたが―ゆっくりと視線を戻すと、桐山が、僅かに目を細めているのに気付いた。

 錯覚だろうか。
 その目がとても優しそうに見えたのは。

 はますます戸惑った。私を、待とうとした?
 桐山くんが、どうして?
 日常生活で仲の良かった友達でさえ、 を待つ事無く逃げてしまったというのに。

 「ゲームに乗ることを決めて―充たちを殺した後、なんだか、落ち着かない気持ちになった。 の顔を、思い出したんだ。南の端から、北の端を目指した。何となく がそっちに居るような気がした。俺は走った。 の姿が遠くで一瞬だけ見えた様な気がした。それを追いかけた。途中で を見失って、少し迷った。とりあえず北の断崖を目指した。そこで を見つけたんだ」

 昨日、断崖から落ちかけた時の事だろう。桐山は、機械の様に淡々とそう説明した。

 は複雑な気持ちになった。―そこまでして、私を追いかけて来てくれた?

 少し冷静になって来た頭で、考えた。
 二度も命を救ってくれたのだ。桐山は。

 理由はよくわからないけれど、とにかく、 の事だけは、殺さないと。
 桐山は、そう言った。
 それは、不謹慎かも知れないけれど、少し嬉しかった。

 でも、プログラムで生き残れるのは、一人だけ。
 それなのに、何故?

 桐山は、このゲームに乗る、と言ったのに。それが引っかかった。
 が手放しに桐山を信用出来ない理由でもあった。



 「でも、桐山くん!」
 「どうした?」
 その声も、心なしか穏やかに聞こえる。桐山に対する警戒が緩んだせいもあるだろうが、実際、桐山の声は、いつもと微妙に調子が違った。

 「プログラムは、一人しか生き残れないんだよ?」
 「ああ、わかっている」

 少しも動揺の色を見せない桐山に、 は戸惑った。

 「ここで私を殺さなくても、そのうち―」
 「俺と 以外の全員を殺したら、俺は自殺する」
 は一瞬、声が出せない位、そのことばに衝撃を受けた。
 「桐山くん、今なんて―」

 「俺と 以外の全員を殺したら、俺は自殺する、と言ったんだ」

 桐山はそう繰り返した。
 淡々と。

 全く変わらない表情で。
 自殺する、と。

 「生き残る事に、特に興味は無いんだ。俺にとっては、生きる事も死ぬ事も、大した違いがあるようには思えない。だから、どうでもいい。ゲームに乗ると決めたから、そうしているに過ぎない」

 桐山は続けた。
 「今まで」
 そっと桐山は目を伏せた。
 「毎日、変わり映えのしない毎日を、ただ過ごして生きて来たような気がするよ」

 その時の桐山の顔は、無表情なのに、何故かとても哀しそうに見えた。
 は胸が詰まるような気持ちになった。





 「ただ、の事を見ていると、俺の中の何かが変わっていくような気がした。それが 何なのかはわからないが…何と言えばいいのかな……」

 は驚きと悲しみとが入り混じった様な顔を桐山に向けた。
 桐山はその の顔を見つめて―そして、言った。

 「に会ってから、毎日が同じ事の繰り返しだとは思えなくなったんだ」
 桐山はそっと の手をとった。

 最初 は戸惑ったが―、なんとなく必死そうな桐山の様子に気付き、そのまま桐山のしたいようにさせた。
 もう桐山を怖いとは感じなかった。

 「俺は、 を見ていたかった。」

 ひやりと冷たい桐山の手。
 あの時助けてくれた手。

 そして、たくさんのクラスメイトの命を奪った手。
 さっきは、怖くて仕方が無かった。

 ―でも、今は違う。
 気付いてしまったから。

 どうでもいい、と桐山は言った。
 人の命を奪う事も、
 自分が生き残る事も、
 恐らくは死ぬ事も。

 桐山にとっては等価値で、何の意味も持たない事なのだ。



 けれど、それに悪意は無い。
 桐山のせいでは無いと。
 その事に何となく、気付いてしまった。
 さっきの哀しそうな桐山の顔を見た時。

 「他の誰ともは違った。 の事だけは、どうでもいい、とは思えなかった。だから、俺は」

 桐山は静かに言った。

 「には、死んで欲しくないと思ったんだ」

 冷たい手にぎゅっと力が籠もった。
 もその手を握り返した。
 「ねえ桐山くん、私も」



 桐山の顔を見た。
 相変わらずの、無表情。
 しかし硝子玉の様に澄んだ瞳は真っ直ぐ の方を見ていた。

 「私も、桐山くんには、生きてて欲しいと思うよ。だから」
 声が詰まった。
 ああ、このゲームが始まってもう何回目だろう。
 私ってこんなにしょっちゅう泣く方じゃなかったのに。

 「どうでもいい、なんて言わないで」

 自分の命も、人の命も、どうでもよくなんて、ないんだよ?
 そんな当たり前の事を、桐山は理解できないのだ

 それでも、 には死んで欲しくない、と桐山は言った。
それは、嬉しい。でも―。

 また涙が零れて来た。





 桐山は相変わらずの無表情で、暫くの間 を見つめていた。また少し、手に力が籠もった気がした。
 痛くはなかったけれど。

 「…わかった」
 桐山は相変わらず静かな声で言った。
 そうして、そっと桐山はを抱きしめた。
 「きり…やま…く…」

 は涙で歪んだ視線を桐山に向けた。
 そこには桐山の胸があった。

 「今はどうでもいい、とは思わない」

 そうして男の子に抱きしめられたのは、初めてだった気がする。
 不思議な感覚だった。

 でも、何だかとても温かくて、安心した。
 このゲームの間中、ずっと気を張り詰めて来た。
 それが、ようやく緩んだような気がした。

 「生きていれば、を見ていられる」

 桐山は穏やかではあるが、少し強めの声で、そう言った。



 桐山の温かい胸が目の前にあった。はその胸に顔を埋めた。



 「あったかいね」
 「そうか」

 は桐山を好きになってしまったかも知れない、と思った。
 このゲームに参加するまでは、ただの「怖い人」としてしか認識して居なかった、桐山を。
 いや、先程までも確かに「怖い」と思っていたのに。

 今は。
 どうしてだろう。
 助けてくれたから?
 自分だけは特別だと言われたから?
 ―きっとそれもあるけれど。

 には、桐山が酷く危うげな存在に見えた。
 まるでこのまま消えていってしまいそうな。
 漠然とした不安を掻き立てられた。


 その気持ちを払拭しようとするかの様に、はしっかりと桐山に抱きついた。
 桐山の腕がそっと の背に回った。


 つづく


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2007/04/05