第5話・小休止

 腰が抜けて上手く歩けないは、桐山に肩を貸してもらいながら、まだ禁止エリアになりそうもない灯台の方へと歩いていた。
 先程まで居た集落はあと数十分で禁止エリアになってしまうので、ゆっくりもしていられなかったのだ。

 途中疲労の目立ってきたを気遣った桐山が「少し休むか」と言ったので、も頷き、禁止エリアを外れて少しした所にある民家に入って休息を取る事にした。



 椅子に座り、支給されていた水で喉を潤し一息ついた後、は桐山に問いかけた。

 「桐山くん」
 「どうした?」
 「これから、どうするの?」
 「もう、ほとんど生徒は残っていない。後は俺が片付ける」
 「でも…ねえ、みんなも話し合えば、分かってくれるよ、きっと。ここから逃げ出す方法、一緒に考えてくれるよ」

 桐山は じっと を見た。その顔はやはり無表情だった。しかしは段々と桐山の微妙な変化に気付くようになって来ていた。
 少し、彼が躊躇っている様にには見えた。



 「―それは無理だな。俺がこのゲームに乗っているという事は、もう知れている。話し合いに応じるとは思えない」
 「そんな…」

 それは、確かにその通りなのだろう。
 しかしは桐山にこれ以上クラスメイトを殺して欲しくなかった。まだ生き残っている幸枝や典子たち、それに少しだけ気になっていた秋也の顔を思い浮かべた。悲しくなった。

 「…
 桐山の静かな声が聞こえた。
 「え?」
 「やはりまだ、俺を疑っているか?」

 桐山の顔は、やはり変わらない。
 だが、少しだけ、澄んだ瞳の中に映る光が、揺れていた。

 「どうしてそんな事―」
 「まだ生き残っている、内海達や、中川や、七原―それに川田も―、話せば、 を信用すると思う。特に川田たちは、何人かで集まっている所を見ると、もしかすると、脱出する手段を知っているのかも知れない」
 「………」

 は桐山の一歩先のことを踏まえた考えを聞いて、ただただ目を丸くした。漠然とクラスメイトたちと合流できればと思っていた自分とは全然違う。

 「俺は の後ろから、見ているから、もし話して―仲間になれそうだったら、入るといい。襲って来た時は、俺がそいつらを殺す」
 「桐山くん…」
 「俺は、 が生き残れるのなら、それでいい」

 桐山は をじっと見つめた。は、また胸が締め付けられるような気持ちになった。
 桐山は のことだけはどうでもよくないと言った。
 だから。

 どうにかして を生き残らせたいと。

 ―疑ってるわけ、ないよ。もう、痛いほど、わかったもん。

 「桐山くん、私は、桐山くんと一緒にいるよ」

 がそう言うと、桐山は僅かに眉を持ち上げた。

 「………」
 「桐山くんの足手まといにならないように頑張るよ。…だから…」

 桐山は黙って を見ていた。左手を、こめかみに当てた。
 ゆっくりとその手を外した。

 そして、今度はもう一方の手、さっき、 に手当てしてもらった手を、桐山はじっと見ていた。
 何度か瞬きをした。

 はその桐山の手を取った。桐山は、少し驚いた様だった。

 「一緒に、いるよ」

 はもう一度そう言って、笑ってみせた。

 でも、作った笑いでは無かった。
 桐山に、笑顔を見せたかった。

 どうしてだろう。
 ―何となく。



 「…足手纏いには、ならない」

 桐山はぽつりとそう言った。
 手に力が籠もった。

 「俺は、 を邪魔だと思った事は、ない」

 桐山の瞳はまた少し揺れているようだった。彼は相変わらず無表情なのに、どこか必死そうな面持ちをしていた。

 「桐山くん…」

 はまた苦しくなった。
 そんな桐山の事を見ていると、胸が苦しかった。

 桐山を愛しいと思っているから?
 それも、きっと違う。

 確かに惹かれ始めては、いるけれど。

 もっと別の。
 何か。




 「そろそろ、行こう、

 桐山が思いついた様にそう言った。
 
 「うん」

 また、桐山が肩を貸してくれた。
 それが嬉しかった。

 桐山は温かかった。
 もっと早く、気付いていればよかった。
 
 平和な時に。

 まだB組の教室に居られた時に。
 こんなに桐山が温かい人なのだと。
 気付いていれば、良かった。





 暫く歩いた。
 灯台が、そびえ立っていた。

 「 は、ここで待っていてくれ。ここが安全かどうか、確かめて来る」

 桐山がイングラムを始めとする武器を全身に装備しながら言った。
 足首にまで銃を括り付けていた。
 何もそこまで、と は言ったが、「誰がどんな武器を持っているか、わからない」という桐山の答えに納得した。
 しかし、そんな危険な場所に桐山を一人で行かせる事が、急に不安になった。

 はぎゅっと桐山の腕に掴まった。
 無意識に。そうしたくなった。

 桐山はそんな を少しの間見つめていたが、やがて「大丈夫だ」と言い、一つの銃を差し出した。
 は瞬きをして、差し出された銃を見つめた。

 「これ…」
 「すぐに戻って来るが、俺のいない間に何かあった時は、これで自分の身を守るんだ。使い方は―」

 桐山は に、銃の撃ち方を教えた。
 反動は軽いから、すぐ使えるようになる、と桐山は言った。出来るだけ、使いやすい武器を選んでくれたようだ。

 は頷いた。覚悟はしなければならない。

 どんなに人を殺すのが嫌だと思っていても。

 ぎゅっと銃を握り締めた。
 桐山はそんなをまた少しの間、見つめていた。



 「
 「え?」
 ふいに呼ばれて、 が顔を上げた時には、目の前にもう桐山の胸があった。

 優しく抱きしめられた。

 こうして抱きしめられるのは、二回目だ。

 「すまない。少しだけ、こうしていてもいいかな」

 桐山の腕の中は、やはり温かかった。
 
 「いいよ」

 はそのまま桐山の胸に顔を寄せて、目を閉じた。
 こうしていると、落ち着けた。

 「気をつけてね」
 「ああ」

 桐山は灯台に付設された、レンガ作りの平屋建ての住居へと、入って行った。

 は灯台近くの木陰から様子を見つつ桐山を待っていた。
 桐山から渡された銃をしっかりと握り締めながら。

 ―桐山くん、無事に帰って来てね。お願い。

 はそう祈らずには居られなかった。



つづく


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2007/05/12