0">第6話・戦闘

 は息を殺して待っていた。

 桐山が灯台に付設する住居へと入って行ってからは、まだ五分も経っていないのだが、にはその時間が、何倍にも長く感じられた。

 …桐山くん、大丈夫かな。

 は灯台の方を仰ぎ見た。


 先ほど灯台に向かう途中、 は桐山と一緒に銃声を聞いた。

 「桐山くん!今の…!」
 「ああ」

 桐山は少し俯いて、考え込む様にしてから、言った。
 「…だいぶ近いようだが」

 銃声は、灯台の方角から聴こえた。

 それでも少しもしないうちに銃声はやんだので、桐山の判断で予定通り灯台を目指すことにしたのだった。

 灯台までは、何事も無く無事に来れたのだが、は不安を拭い去る事が出来なかった。
 その銃声を発した犯人が、あの灯台の中に潜んでいたら?

 でも、桐山くんなら―大丈夫。絶対、大丈夫。

 は不吉な考えを無理矢理打ち消した。





 は気がついていなかったのだが、桐山は明け方、三村信史と戦った時に爆弾を仕掛けられた影響で多少、聴覚に異常をきたしていた。音は聞こえても、方向感覚がずれていたのだ。近くに行かないと分からないほどに。

 先ほど織田からを救うことが出来たのは、桐山が三村を倒してから傍を通りかかったおかげだった。

 もっとも、灯台が安全かどうか確かめる他に、が考えたように潜伏していた敵と遭遇するのは桐山にとって想定の範囲内だっただろう。

「残った生徒は俺が片付ける」
 先ほどにそう言い放ったように。

 は桐山から渡された銃を再びしっかりと握り直した。
 大丈夫だよね?桐山くん―。

 が灯台の方を、もう一度ゆっくりと見た時だった。



 ぱらららら、と、独特の、壊れたタイプライターみたいな音が聞こえて来た。
 はその音にびくりと反応する。

 これは―桐山くんの…。

 聞き間違える筈が無かった。
 それは確かに、イングラムM10の撃発音。

 桐山は、誰かと戦っているのだ。
 の鼓動が跳ね上がった。

 またぱららら、という音が響いた。
 それと前後してばん、がちゃん、と何かが割れる様な音が聞こえ、その後再び響いてきたぱららら、という撃発音。

 は銃を握り締めて、震えていた。
 銃声がやむと、今度はがたん、ばさっ、という、何か争っている様な音が聞こえて来た。
 その音が暫く続き、やがて、マシンガンの音では無い、銃声が響いて来た。

 は息を呑んだ。

 一発、二発、

 続け様にその音は聞こえて来た。

 八発目の銃声の後、あたりは急に静まり返った。

 ―戦いが、終わったのだ。

 では、誰かが、このドアの向こうで、―死んでいる?

 は背筋が凍る様な気持ちを味わった。

 桐山は。
 桐山は、勝ったのだろうか?

 そう思って居た時、また銃声が響いた。
 やはりマシンガンの音では無かった。

 ばん、という音とともにドアが開いた。

 思わず は身を乗り出しかけ、やめた。一瞬で視界に飛び込んで来たのは桐山では無く、杉村弘樹の姿だった。

 弘樹は脇腹を押さえながら、走って逃げて行った。その後に、点々と紅い痕が残されていた。

 は、悲鳴を上げそうになるのを、必死にこらえた。
 桐山は杉村弘樹に―負けたのだ。

 頭がその事実を受け入れるのを拒否していた。

 ―どうして?
 すぐ戻って来るって、言ったのに。

 桐山くん…

 どうして?

 の瞳から、涙がどっと溢れた。
 それでも立ち上がるだけの気力は、どうにか保っていた。

 桐山は、まだ生きているかも知れない。
 酷い怪我をしているのかも知れないけれど。

 は木の陰から出た。
 そのまま、住居に入って行こうとした時、

 「…

 懐かしい声がした。
 開いたままのドアの向こうから、学生服を着た桐山が、姿を現した。



 「桐山くん!」

 桐山の姿を認めると同時に、 の大きく見開いた目からぽろぽろと涙が零れた。
 安堵感が一気にこみ上げて来て、 は思わず、その桐山に抱きついた。

 「よかった、桐山くん。生きてて良かった。本当、無事でよかった…」
 は涙声になりながらそう言い、桐山の胸に顔を埋めて、また泣いた。


 本当に、不安だった。
 桐山が戻って来なかったら、どうしようと思っていた。
 自身、気付かないうちに、桐山の存在は の中でかけがえの無いものになっていた。
 桐山は、そんな を見て、僅かに目を細め―、そして、そっと両腕を の背中に回し、優しく抱きしめた。

 少しの間、そうしていた。

 が顔を上げると、桐山の下あごが少し切れているのが見えた。

 「桐山くん、怪我してる」
 「ああ、杉村と、戦ったから」



 は先程の激しい物音と、銃声を思い出した。
 最悪の事態は避けられたとはいえ、やはり、桐山も無事ではいられなかったのだ。

 手当てをしなければと思い、 が桐山から離れようとした時、左手が何かのはずみで桐山の腹にぶつかった。

 「…くっ」

 桐山は低く呻いた。
 ははっとした。オールバックの髪、桐山の頭が、目の前でがっくりと落ちた。

 「ごめん桐山くん、大丈夫?」

 声をかけたが、桐山は腹を押さえ俯いたまま、力なく頷いただけだった。

 「桐山くん?」

 少しぶつかっただけなのに、桐山の痛がり方は尋常なものでは無かった。
 は再び不安に襲われた。

 さっき桐山にぶつかった時、左手に感じた違和感は―。

 桐山を見た。
 腹を押さえる桐山の手の隙間から、少し覗いているだけだったが、桐山の学生服のボタンが弾けとび、黒い布地が破れているのが、わかった。

 「桐山くん!」

 は思わず悲鳴に近い声を上げた。

 桐山はさっき響いた銃声の中の―どれかの弾に、当たったのだ。


 つづく

 次へ

トップへ


2007/05/12