あとがき



 私がこの小説を最初に書き始めたのは、2003年の4月でした。
 漠然としたイメージとして、桐山がもしプログラムで優勝して帰ってきたらどうしていただろうという疑問を、そのまま話にしたいと考え始め連載化しました。
 タイトルの「Castle Imitation」は鬼○ちひろさんの曲からです。友人が歌っていたのを聴いて桐山にぴったりだと思いタイトルとして採用しました。
 原作で典子が「どうか生きて」と話すくだりが非常に好きな私は、桐山にも「生きて」欲しかった。そして大切な何かを、彼自身で見つけて欲しかった。原作で無言のまま静かに死んでいった彼に何かを語らせてみたかった。資料集めに奮闘しながらも筆は思いのほかスムーズに進みました。

 連載当初は夢小説として書いていたこのお話、夢主人公との繋がり以外に桐山と桐山ファミリーの絆についても掘り下げたいと考えました。桐山が彼らの死後一軒一軒彼らの家を巡るシーンはそんな思いから入れました。彼は「知ること」ができなかっただけで、多くのものを持っていた。原作では悲しい結果に終わった桐山ファミリーですが、何かしら桐山に影響を及ぼしていたと信じたいです。

 もうひとつ、桐山の義父と桐山の関係についても。歪んだ愛情を表現することは難しかった。桐山を主人公として書くに当たって、桐山の人格形成に大きく影響を及ぼした桐山の義父は当初非情な悪役として位置づけていました。

 しかし、連載を終わらせる寸前になってその考えは変わりました。連載の中では上手くかけませんでしたが、彼もまた桐山に対して特殊教育を施すにいたった「理由」があったこと。連載小説として再度改稿した「Castle Imitation」外伝「うたかたの夢」では彼の心情を思うがままに表現し、私は一度バトロワの小説を書くことを辞めました。夢小説としての要素を排除し冷静に改稿した後のこの作品は、自画自賛になりますが非常に私は気に入っています。

 あれから一年、やはりこの小説は私にとって後にも先にもこれ以上のものは書けないと言う代表作になりました。

 桐山はプログラムで死んでしまいました。覆されることのないその事実。しかし私は敢えて「もしも」に挑戦しました。そして強く完璧な彼よりは、儚く脆い彼の一面を掘り下げ、そして自立していくまでの過程を書きたいと考えました。それが成功したかどうかは読者様の感想にお任せします。

 月村佳澄と言う少女を通して、私は桐山に「生きて」と言いたかったのかも知れません。彼女はおせっかいで、感情表現豊かで、一途で、私にはないものをいっぱい持っているけれど、考えていることは一緒でした。私は桐山に「幸せに」なって欲しかったのです。
 私の小説の中だけでも、彼が救われ、生きていく希望を持ってもらえたらと思います。
 

 2007/03/24