答えを探していた。 決して出るはずの無い答えを。 救いの手を。

撮影:香川県高松市
「焼け野が原」
夕焼けの空が眼前に広がっていた。
血で塗りたくったように紅い空。
―血。
もう、数え切れないほどの人間が血を流すのを見てきた。
足を止めた。
学生服はしっとりと湿って重い。
錆びた鉄の匂いがした。
もう随分とその匂いが染み付いてしまった様な気がした。
だからと言って、どうと言う事はない。
このゲームが終わったら、新しいものを買えば良い。
それだけの事。
ふと考えた。
帰った時の事。
俺の選択は正しかった。
少なくとも、法律上は。
ただ、家にはもう帰れないかもしれない。
父は新しい養子を迎えるだろうから。
プログラムで優勝した者を財閥の後継者に迎える事は出来ない。
俺の帰る場所は消えているだろう。
だが問題は無い。
優勝した者には、それなりの保障があると言う事は知っている。
新しいどこかで、新しい生活を始める事になるのだろう。
少しだけ足元が覚束ない。
防弾チョッキ越しでも何発か銃弾を喰らった影響で、身体のあちこちに内出血が起こっている所為だ。
ずしりと腹に響く痛みは内臓の損傷を伝えていた。
不思議とそれでも身体を休める気にはならなかった。
プログラム開始以来ずっと、誰かを探していた。
誰なのかはわからなかった。
いつもどうしてか俺について来たがった琥珀色の髪の男。
いつも俺をボスと呼んでいた。
その後ろにも三人居た。
何が可笑しいのか、彼らは俺の傍らで良く笑っていた。
そして俺が必要なのだと言った。
何故自分が必要とされるのかがよく分からなかった。
ただ、別に拒む理由も無かったから、彼らと共に過ごした。
今日は誰もいない。
笑顔の彼らを思い出そうとすればそれは真っ赤な血に染め上げられた断末魔の表情に変わった。
信頼しきった眼差しで自分を見詰めていた彼らの表情が、みるみる恐怖の色に染め上げられていく過程を。
今でも忠実に脳の中で再現する事が出来た。
既にこの世のものではなくなった彼らの事を思い出した理由は良く分からなかった。
不必要になったはずの記憶が捨てられずに残っていた事。
俺には時々、何が正しいのかよくわからなくなるよ。
何が正しい?
一体俺はどうすればよかった?
―どうして。
誰も俺に答えをくれないんだ。
探していた。
もうほとんどのクラスメイトが息絶えた今でも。
ひとりきりで探していた。
答えをくれる誰かを探し続けていた。
「きっとできるよ」
ゲーム中、仮眠を取っている時に夢を見た。
教室の夢。
教室は今と同じオレンジ色の光に照らされていた。
セーラーの後姿が見えた。
肩までかかる髪がオレンジ色の光を受けて、少しだけ茜色に染まっている様だった。
その女生徒はひとりきりで泣いていた。
顔は見えなかったが、肩の震えとしゃくりあげる声で―それと理解できた。
手を伸ばし、その肩に触れた。
とても苦しそうに見えたので。
―何故、泣いているんだ?
ごとっ、と彼女はその身を俺のほうに横たえた。
このゲームが始まって、一番最初に金井泉を殺した事を思い出した。
金井泉の細い首を締めて、大人しくさせて。
頚動脈を引きちぎるのには意外と力がいらなかった。
ただ、ちょっといつもより力に加減を加えなければ良かった。
噴出した鮮血。
血液が噴出す様はまるで紅い花が咲いている様だった。
鮮やかな、赤。
黒長も、
笹川も、
そして刃ではなく冷たい鉛の弾で屠った充も。
同じ様に紅い血を流していた。
女生徒は―金井泉ではなかった。
どうしたかったのかを考えてみた。
どっちでもよかったのだ。
決める基準がない。
正しいのか正しくないのかなんて、
どうやって判断したらいいのかわからない。
時々、
ほんの稀な事だが、
ひどい焦燥感に襲われる事があった。
理由は分からないけれど。
こめかみが強く疼いて。
俺は自覚する。
俺には何かが足らないのだ。
充もー他の誰もが持っているものが、俺には足らない。
それを手に入れなければいけないような気がした。
俺は欲しかった。
どうすれば手に入れる事が出来るのか。
答えを知りたかった。
目の前に転がっている女生徒を見詰めた。
以前彼女は微笑んで、俺に言った。
「笑ったら、楽しくなれるよ」
「わからない…」
どうしても、俺にはわからなかった。
楽しいって、どんな気持ちなんだ?
机から赤い液体が伝ってはぽたぽたと床に零れ落ちた。
中川典子の流した、血が。
血液を流し横たわる中川はもう動かない。
きっと充と同じ様に、ほとんどの血を吐き出して冷たく硬くなっていく。
もう中川は笑わない。
彼女が死んだら、俺は笑う事も泣く事も永遠に出来ないのだろうと思った。
笑顔の意味を。
涙の意味を。
俺に教えてくれるのはもう彼女しかいなかったのだから。
そうなったら生きている意味なんてあるのだろうか。
死ぬ理由もなかったが。
わからない。
俺が生きている理由が。
そこで夢は醒めた。
夢だったと理解するのに数瞬の時間を要した。
何故か呼吸が乱れ、心拍数が上がっていた。
目の前で人が死ぬのには、もう慣れきって居た筈なのに。
誰が死のうがどうでも良かった筈なのに。
俺の選択は。
ゲームに乗ると言う俺の選択は、間違っていたのか?
…わからない。
中川を殺す事が出来れば俺の選択は正しい。
だから中川、…教えてくれないかな。
俺は正しいのか、間違っているのか。
再び足を止めた。
耳を澄ませた。
…バードコールが聴こえる。
中川が、いる。
「秋也くん…好きなひと、いるの。すごく、素敵なひとよ」
「あたしなんかじゃ勝てないって、わかってるんだ」
「格好悪いでしょう?あたし」
「好きな事なら、一生懸命できるの。少しでも目標に近づきたいって、思うの」
俺は中川の様になりたかったのかもしれない。
いい成績を取る事も、
喧嘩で相手を打ち負かす事も、
どうでも、いい。
そんなことができなくてもいい。
中川の様に。
何かを感じて。
まだわからない事をわかろうとして。
涙を流したり、笑ったり出来る様になってみたい。
出来る様に、なってみたかったんだ。
程なく三人を見つけた。
杉村の死を告げる放送が流れ、俺は三人を不意打ちする機会を失った。
今までで一番激しい戦闘となった。恐らくは、これで最後。
容赦無く撃った。
今までに手にしてきた武器全てを駆使して。
全てはゲームに優勝するために。
答えを手にするために。
身体を撃たれた。
その中の何発かは防弾チョッキに受け止められず腕や足を抉り、或いは防弾チョッキの上から間接的に内臓を傷つけた。骨も何本か折れたようだ。
痛みは感じたが、そんな事に思考を巡らせている余裕は無かった。
致命傷だけは避けた。
まだ…答えは出ていないから。
…容赦無く撃っていたつもりだった。
それなのに俺は自分がいつのまにか七原と川田ばかり狙っていたのに気がついた。
動作の鈍い中川を狙う方が、人数減らしには効果的であると。
理性ではわかっているのに。
銃口を中川に向けた。
途端にこめかみに強い疼きを覚えた。
それは痛みすら伴うほど激しいものだった。
思わず銃口を逸らした。
…どうして?
こんな事は、初めてだった。
撃たれた部分が痛んだ。
でもそれよりも―こめかみが痛かった。
痛みを感じたのは初めてだった。
そこに触りたかったが、油断すればすぐに弾に当たってしまう。
こめかみが痛い。
俺は中川を殺せないのだと思った。
中川で無ければ、もう誰も俺に教えてくれない。
腹を強く殴られたような、大きな衝撃を受け、俺は吹き飛ばされた。
激しい痛みに思わず気を失いかけた。
地面に叩きつけられてやっと我に返った。
俺は死ぬのだろうか。
今の一撃も防弾チョッキに阻まれて、俺に致命傷を与えるまでには至らなかった。
だがかなりのダメージを受けた事は、確か。
動きに支障が出てくるだろう。
頭部に銃弾を受ければ、それで終わりだ。
一瞬の油断が命取りになる。
俺はどうしてこんなにも生きようとするのだろう。
考えた。どっちでもよかったはずなのだ。
ただわざわざ自分で命を絶つ理由が見当たらなかったから。
俺は―生きたいのだろうか。
俺が殺してきた生徒達には何か生きたい理由があったのだ。
生への執着が彼らを支えていた。
三村や杉村や相馬などがいい例だ。―特殊な教育を受けている俺に対してあれほどの抵抗をして見せたのだから。
そして―目の前の三人も。
俺には生きて居たい理由が無かった。
強いて言うならば、理由を欲して、今まで生きて来たのかもしれない。
俺に足りないものは―きっと、それだ。
…中川。
中川が、生きていたい理由は何だ?
体の節々に軋む様な痛みを感じながら、身を起こした。
目の前を塞ぐ様に、川田の広い背中が見えていた。
重い腕を持ち上げて―引き金を引いた。
崩れ落ちる川田。呆然と立ち尽くす七原。
俺は七原の方へとまっすぐ銃口を向けた。
ずきん、と心臓が高鳴った。
人を好きになるというのは、どんな感じなんだ?
以前俺は中川にそんな質問をした事があった。
「とても、温かくなるの。心が。その人の事を考えると」
…それは一体、どんな感じなんだろうな。
中川がこちらを見ていた。
傷ついた頬から紅い血を流して、険しい表情をしている。
両手で銃を構えていた。
その銃口は、俺に向けられていた。
防弾チョッキに守られた腹ではなく、
恐らくは俺の顔を撃ち抜く為に。
俺が死んだ後、中川と七原はどうするんだろう。
そんな考えが頭をよぎった。
生き残れるのは、一人だけの筈。
「本当に、大好きな人のためだったら。あたしはきっと、何だって、するわ」
死を選ぶ事になってもか。
そう尋ねた俺に中川は頷いた。
中川は、七原の為に死ぬのだろうか。
…目を閉じた。
そうしてみようと思った。
それだけの、事だった。
俺の胸は遂に温かくはならなかったけれど。
「中川…」
俺は中川になりたかった。
だが…もうそれも出来ないんだな。
答えは手に入れられないまま。
俺には何かが足りないまま。
目が熱かった。
ひどく、熱かった。
耐えられなくなって閉じた。
何かが頬を伝って流れていくのを感じた。
中川。
最後に、教えてくれないか。
これは…何だ?
もう、何もわからなくなった。
もう…何も。
おわり
後書き
「Dearest」の桐山視点。そして、私なりの二人の最後です。
できることなら、他の全ての桐典小説(URL請求含み)を読んだ上で、もう一度読んでいただけたら嬉しいです。
桐山と典子の関係は、私にとっては「片想い」の究極の形として表現するしかなくなっていました。
私の話しの中で、ですが。
そして桐山を幸せにしたいと言う私のポリシーをいつのまにか離れた世界として展開してしまいました。
シリアスサイドの「桐山と典子の関係」はこれで終わりです。
典子が七原を好きという気持ち。
それは誰にも責められるものではないと思います。
一番大切な人を守るために、典子は引き金を引きました。
そういう意味ではあまりに救われない関係かもしれません。
生きている七原と典子の関係に叶うことは無いのです。
典子が「できる」と言った感情表現。
桐山がいくら望もうとそれができなかったように。
桐山の不幸は、生まれて来るときに、命と引き換えに大切な器官を喪失したこと、
そして一番彼に無償の愛を注いでくれる筈だった存在ー両親も失ったことです。
裕福な家庭で何不自由なく育ったとしても、彼にとってそこが良い環境であったとは私は思いません。
むしろあそこで命を落とすことで、彼は救われたのかもしれません。
彼の感情喪失を見過ごしながらも特殊教育を強いた「桐山家」が、プログラムで優勝した彼を、
はたして暖かく迎えてくれたのかどうか。
そして感情が無いまま、周りに彼を心から想ってくれる人がいないまま、彼が幸せになれたのかどうか。
桐山の救いになる可能性のあった人たちは、桐山が自らの手で殺めてしまいました。
私は彼が本当に「生きたい」と望んでいれば、彼は生き残れたのではないかと想います。
彼が典子に撃たれたのは、戦闘による疲れもあるけれど、本当に「何も変わることの無い」「何も感じることの無い」世界に生きること自体に疲れてしまったから。−少なくとも、私の桐典での桐山は。
桐山が最後の最後に持つことが出来た望みは、最後の最後で叶いました。
典子に眠らせてもらうこと。典子に終わらせてもらうこと。休ませてもらうこと。
悲しいことだけれど、この二人の関係の行き着く先はここにしかありませんでした。
彼を最後に看取った典子が、彼の不幸を知っていた訳ではないけれど。
典子には生きている限り、彼が存在していたことを覚えていて欲しい。
クラスメイトを容赦なく殺した悪魔としてではなく、少しでも暖かな繋がりのあったクラスメイトの一人として。
プログラムの無い世界に生まれ変わった時には、もっと幸せな関係で二人が出合えていたらと思います。
恋人である必要はない。―ちゃんと心を交し合うことができて、御互いに命を奪い合うような関係でないのならば。
2002年8月より書き続けてきた私の桐典小説は、ここで書きたいものは全て書くことができました。
「やめる」何度も言っても戻ってきた、その果てに行き着きました。今度はきっと戻らないと思います。
少なくとも、もう典子が桐山を殺す、桐山が典子に殺される場面を、私は書きたくありません。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
2004/08/12 華月葵(月乃宮玲)
戻
|
|